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梅雨 ~雨でロードバイクに乗れないという事は~
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梅雨。ローディーにとって嫌な季節がやってきた。トシヤはリアクトに乗れず憂鬱な日々を送っていた。ちなみにハルカとは何の進展も無い。加えて言うと雨の為にトシヤがリアクトに乗れないという事はハルカもエモンダに乗れないという事で、それは二人が学校以外で顔を合わせる機会が失われるという事だ。
憂鬱な日々を送っているのはハルカも同じだった。エモンダに乗れず、トシヤを走りに誘う事が出来無い。かと言って走りに行く以外でトシヤを誘うのは恥ずかしい。
トシヤとハルカはお互いに惹かれながらも学校で顔を合わせると、必要以上に意識してしまって上手く話す事が出来ずにいた。そんな二人の救いはマサオの存在だった。マサオが居るからこそ上手く話せないとは言えトシヤとハルカはコミュニケーションを取れているのだ。もしマサオが居なければ、トシヤとハルカが二人だけで遭遇したとしても、互いに声をかける事が出来ずにすれ違っていただけかもしれない。
そんな日が何日か続いたある日の事。
「トシヤ君、ちょっと良いかな」
トシヤは女の子に呼び止められた。
「ああ、カオリちゃんだっけ? ハルカちゃんの友達の」
トシヤを呼び止めたのは残念ながらハルカでは無く、ハルカの友達のカオリだった。ハルカも一緒かとトシヤは期待したが、カオリはどう見ても一人だ。
「ごめんね、ハルカが一緒じゃ無くって」
カオリがトシヤの心を読んだかの様に言った。もちろんカオリはエスパーでは無い。単にカオリが一人なのを見たトシヤの落胆が顔に出ていただけの事だ。
「べ……別にカオリちゃんが謝る事じゃ無いよ。それよりどうしたの?」
白々しく言うトシヤにカオリは妙な事を尋ねた。
「ハルカ、最近可愛くなったと思わない?」
確かにハルカは可愛い顔をしている。だが、ハルカと同中だったという同級生からトシヤはハルカが『男女』と呼ばれて女の子扱いされていないという情報を得ていた。だが、そんなハルカを友達のカオリが『最近可愛くなった』と言い出したのだ。もちろんトシヤはそれを否定出来る筈が無い。だが、素直に認めてしまうのも気恥ずかしい。
上手い返しが思い浮かばず、黙ってしまったトシヤにカオリはとんでもない事を言い出した。
「黙ってるってコトは、トシヤ君もそう思ってるってコトだよね?」
図星を突かれて狼狽えるトシヤにカオリは決定的な言葉を突き付けた。
「コレって、やっぱり誰かさんに会ってからなんだよね」
トシヤは点にも昇る思いだった。正直、ハルカが自分に対して少しは好意を持ってくれているだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは。だが、続くカオリの言葉にトシヤは青ざめてしまった。
「でも、ハルカが可愛くなったってクラスの男子達にも評判なのよね。うかうかしてるとハルカを取られちゃうわよ」
トシヤとハルカはお互いに淡い想いを寄せ合っているが、付き合っているわけでは無い。しかもトシヤとハルカはクラスが違う。ハルカと一緒に居る時間という点ではトシヤは圧倒的に不利なのだ。
「一応伝えたからね。どうするかはトシヤ君次第よ」
言い残してカオリは去って行った。残されたトシヤは呆然としながらカオリを追う様に歩き出した。と言ってもカオリの後を着けたわけでは無い。ハルカの教室の様子を覗おうとしたのだった。
トシヤが窓からハルカの教室を覗くと、幾つかのグループが談笑していた。その一つにハルカは居た。男子数人の中に女の子はハルカ一人。屈託の無い顔で笑っているハルカを見てトシヤの胸が痛んだ。だが、自分のクラスでは無い教室に足を踏み入れる事も出来ず、トシヤは溜息を吐いて逃げる様に自分の教室へと戻った。
「おうトシヤ、ドコ行ってたんだ……って、お前どうしたんだ? 凄い顔してるぞ」
教室に入ったトシヤを見てマサオが言った。トシヤの様子がおかしい事に気付いたのだ。それだけトシヤは酷い顔をしていたのだが、迂闊な事をマサオに言う訳にはいかない。
「いや、何でも無いよ。ちょっと頭が痛いだけだ」
「ちょっとって顔じゃ無ぇだろ。保健室で寝てた方が良いんじゃないのか?」
マサオが心配して言うが、トシヤは「何でも無い」の一点張りだ。そんなうちに授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
「無理すんなよ」
マサオは言い残して自分の席に戻り、トシヤも自分の席に着いた。程なくして先生が教室に現れ、授業が始まったがトシヤは完全に上の空で授業の内容など全く頭に入らなかった。
授業が全て終わり、放課後となった。恨めしそうに雨空を見つめるトシヤの背中をマサオが叩いた。
「何を不景気な顔してんだよ。雨でロードバイク乗れないのは俺も同じなんだぜ。ルナ先輩もハルカちゃんもな」
マサオはトシヤが単に雨でロードバイクに乗れないから、ハルカと一緒に走れないから浮かない顔をしていると思ったのだ。しかしトシヤが直面している事態はそんな生易しいものでは無い。トシヤが生返事をして雨空を見続けているとマサオは大きな溜息を吐き、尋ねた。
「どっちが大きいんだ? ロードバイクに乗れない事か? それともハルカちゃんと一緒に走れない事か?」
核心を突いた質問だ。もちろん答えはすぐに出たのだが、それを口に出して言うのは恥ずかしい。トシヤが答えられずに黙ったままでいるとマサオが呆れた声で言った。
「自分でわからないのか? そんな訳無いよな。なら当然、お前が何をするべきかもわかってるよな?」
完全に逃げ道を塞がれたトシヤはマサオに低い声で言った。
「お前に俺の何がわかるんだよ?」
入学して以来ウマが合っていつも一緒に居るマサオに対してこんな事を言うなんて……トシヤは言ってしまってから後悔したが、一度口から出した言葉は引っ込められない。だがマサオは怒る事も無く、穏やかな顔で言った。
「わかるぜ。長い付き合いじゃんかよ」
「いや、出会ってからまだ半年ぐらいだろ」
思わず突っ込んでしまったトシヤをマサオは笑い飛ばした。
「何だ、突っ込む元気はあるのかよ……なら大丈夫だな。んじゃ、おっ始めるか。お前がやらなきゃなんねー事をよ」
マサオはトシヤを引っ張る様に教室を出て、ハルカの教室へと向かった。
憂鬱な日々を送っているのはハルカも同じだった。エモンダに乗れず、トシヤを走りに誘う事が出来無い。かと言って走りに行く以外でトシヤを誘うのは恥ずかしい。
トシヤとハルカはお互いに惹かれながらも学校で顔を合わせると、必要以上に意識してしまって上手く話す事が出来ずにいた。そんな二人の救いはマサオの存在だった。マサオが居るからこそ上手く話せないとは言えトシヤとハルカはコミュニケーションを取れているのだ。もしマサオが居なければ、トシヤとハルカが二人だけで遭遇したとしても、互いに声をかける事が出来ずにすれ違っていただけかもしれない。
そんな日が何日か続いたある日の事。
「トシヤ君、ちょっと良いかな」
トシヤは女の子に呼び止められた。
「ああ、カオリちゃんだっけ? ハルカちゃんの友達の」
トシヤを呼び止めたのは残念ながらハルカでは無く、ハルカの友達のカオリだった。ハルカも一緒かとトシヤは期待したが、カオリはどう見ても一人だ。
「ごめんね、ハルカが一緒じゃ無くって」
カオリがトシヤの心を読んだかの様に言った。もちろんカオリはエスパーでは無い。単にカオリが一人なのを見たトシヤの落胆が顔に出ていただけの事だ。
「べ……別にカオリちゃんが謝る事じゃ無いよ。それよりどうしたの?」
白々しく言うトシヤにカオリは妙な事を尋ねた。
「ハルカ、最近可愛くなったと思わない?」
確かにハルカは可愛い顔をしている。だが、ハルカと同中だったという同級生からトシヤはハルカが『男女』と呼ばれて女の子扱いされていないという情報を得ていた。だが、そんなハルカを友達のカオリが『最近可愛くなった』と言い出したのだ。もちろんトシヤはそれを否定出来る筈が無い。だが、素直に認めてしまうのも気恥ずかしい。
上手い返しが思い浮かばず、黙ってしまったトシヤにカオリはとんでもない事を言い出した。
「黙ってるってコトは、トシヤ君もそう思ってるってコトだよね?」
図星を突かれて狼狽えるトシヤにカオリは決定的な言葉を突き付けた。
「コレって、やっぱり誰かさんに会ってからなんだよね」
トシヤは点にも昇る思いだった。正直、ハルカが自分に対して少しは好意を持ってくれているだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは。だが、続くカオリの言葉にトシヤは青ざめてしまった。
「でも、ハルカが可愛くなったってクラスの男子達にも評判なのよね。うかうかしてるとハルカを取られちゃうわよ」
トシヤとハルカはお互いに淡い想いを寄せ合っているが、付き合っているわけでは無い。しかもトシヤとハルカはクラスが違う。ハルカと一緒に居る時間という点ではトシヤは圧倒的に不利なのだ。
「一応伝えたからね。どうするかはトシヤ君次第よ」
言い残してカオリは去って行った。残されたトシヤは呆然としながらカオリを追う様に歩き出した。と言ってもカオリの後を着けたわけでは無い。ハルカの教室の様子を覗おうとしたのだった。
トシヤが窓からハルカの教室を覗くと、幾つかのグループが談笑していた。その一つにハルカは居た。男子数人の中に女の子はハルカ一人。屈託の無い顔で笑っているハルカを見てトシヤの胸が痛んだ。だが、自分のクラスでは無い教室に足を踏み入れる事も出来ず、トシヤは溜息を吐いて逃げる様に自分の教室へと戻った。
「おうトシヤ、ドコ行ってたんだ……って、お前どうしたんだ? 凄い顔してるぞ」
教室に入ったトシヤを見てマサオが言った。トシヤの様子がおかしい事に気付いたのだ。それだけトシヤは酷い顔をしていたのだが、迂闊な事をマサオに言う訳にはいかない。
「いや、何でも無いよ。ちょっと頭が痛いだけだ」
「ちょっとって顔じゃ無ぇだろ。保健室で寝てた方が良いんじゃないのか?」
マサオが心配して言うが、トシヤは「何でも無い」の一点張りだ。そんなうちに授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
「無理すんなよ」
マサオは言い残して自分の席に戻り、トシヤも自分の席に着いた。程なくして先生が教室に現れ、授業が始まったがトシヤは完全に上の空で授業の内容など全く頭に入らなかった。
授業が全て終わり、放課後となった。恨めしそうに雨空を見つめるトシヤの背中をマサオが叩いた。
「何を不景気な顔してんだよ。雨でロードバイク乗れないのは俺も同じなんだぜ。ルナ先輩もハルカちゃんもな」
マサオはトシヤが単に雨でロードバイクに乗れないから、ハルカと一緒に走れないから浮かない顔をしていると思ったのだ。しかしトシヤが直面している事態はそんな生易しいものでは無い。トシヤが生返事をして雨空を見続けているとマサオは大きな溜息を吐き、尋ねた。
「どっちが大きいんだ? ロードバイクに乗れない事か? それともハルカちゃんと一緒に走れない事か?」
核心を突いた質問だ。もちろん答えはすぐに出たのだが、それを口に出して言うのは恥ずかしい。トシヤが答えられずに黙ったままでいるとマサオが呆れた声で言った。
「自分でわからないのか? そんな訳無いよな。なら当然、お前が何をするべきかもわかってるよな?」
完全に逃げ道を塞がれたトシヤはマサオに低い声で言った。
「お前に俺の何がわかるんだよ?」
入学して以来ウマが合っていつも一緒に居るマサオに対してこんな事を言うなんて……トシヤは言ってしまってから後悔したが、一度口から出した言葉は引っ込められない。だがマサオは怒る事も無く、穏やかな顔で言った。
「わかるぜ。長い付き合いじゃんかよ」
「いや、出会ってからまだ半年ぐらいだろ」
思わず突っ込んでしまったトシヤをマサオは笑い飛ばした。
「何だ、突っ込む元気はあるのかよ……なら大丈夫だな。んじゃ、おっ始めるか。お前がやらなきゃなんねー事をよ」
マサオはトシヤを引っ張る様に教室を出て、ハルカの教室へと向かった。
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