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フレンドリー・ジェニファーズカフェ

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 スマートホンでルートを確認すると、渋山峠へ向かうルートとほぼ変わらない。違いは国道の交差点を山の方へ行くか、南に行くかだけだ。

「三十分もあれば行けるわね」

「ちょっと早いランチってとこかしら」

 ハルカとルナが楽しそうに話している横でトシヤとマサオは、それぞれの愛車に跨ってハンドルを下げて変わったポジションに慣れようとしていた。

「じゃあ、ハルカちゃんに先頭お願いしようかな。私は一番後ろに着くから」

 ルナが言うとハルカは頷いてクリートを嵌めると、ゆっくりと走り出した。それにトシヤが続き、マサオがその後ろ。ルナは保護者の様に最後尾に着けた。
 ハルカとルナにとっては走り慣れた道、ハルカはすいすいと走り、トシヤとマサオはその後を追って走る。トシヤの前ではハルカのお尻が揺れているが、マサオの前にはトシヤのケツが見える。それが悪いとは言わないが、やはりルナの後ろが良かったな……などと考えてしまうマサオだが、そんなマサオを責める事なんて誰も出来る筈が無いだろう。

 暫く走ると国道との交差点に出た。そう、トシヤが初めてのロングライドの時に避けて通った広い国道だ。いつもならここを東に行き、渋山峠に向かうのだが、今日は交差点を南に曲がり、広い国道を四人は進んだ。
 国道と言うだけあって車通りは多く、路肩は広いが砂利やゴミが多量に落ちていて、お世辞にも走っていて快適とは言えないが、目的の『フレンドリー・ジェニファーズカフェ』は交差点からほんの数分走ったところに在った。

 駐車場にエモンダを乗り入れたハルカが店の入口にスロープがあるのを見つけ、ギアを落としてゆっくりと上るとタッチセンサーの自動ドアが待っていた。ハルカが手を翳すと自動ドアが開いた。
 倉庫を改装した様な梁が剥き出しの広い店内には古いクロモリのロードバイクが飾られている。それもコルナゴ、デ・ローザ、チネリと言った往年の名車ばかりだ。また、二階に上がる長いスロープが伸びていて、ロードバイクを押して上がると実際にレースに使用されたと言うメリダリアクトが展示されていた。古いクロモリには興味を示さなかったトシヤとマサオだったが、このリアクトには食いついた。車名こそトシヤのと同じリアクトだが、全くの別物だ。ピカピカに磨かれてはいるが、歴戦を語る無数の傷やシートポストに付けられたゼッケンプレートが凄みを感じさせる。

 何台も置かれたサイクルラックには先客の愛車が掛けられていた。トシヤ達もエモンダ二台とプリンス、そしてリアクトをラックに掛けると店内をキョロキョロ見ながら一階へ降り、セルフ式の注文カウンターへと向かった。
 ココの売りはバウムクーヘンらしいが、ランチと言うことで四人共スパゲティとアイスコーヒーのセットを頼み、食べ物を受け取るとまた二階へと上がった。
 四人掛けのテーブル席が空いていたのでそこに座り、愛車を眺めながらの優雅なランチタイム。しかも正面にはルナが座っている。マサオにとって幸せな時間だった。いつぞやの渋山峠のヒルクライムとは正に天国と地獄と言ったところだ。
 トシヤはトシヤで海の近くのカフェでスパゲティを幸せそうな顔で食べていたハルカを思い出した。もちろん今日も幸せそうにスパゲティを食べているハルカを見てかわいいなと思ったのは言うまでも無いだろう。そんなトシヤにハルカが尋ねた。

「乗ってみてどう? ポジションに違和感とか無いかしら?」

「うーん、少しペダルを踏みやすくなった様な気がするかな」

 ハンドルを下げた事により前傾姿勢が深くなり、サドルにどっかりと座ってしまう事が無くなったからだろう。だが、その分上体には負担はかかるし、ハンドルにのしかかる形になってしまって前荷重になり過ぎたりもするので下げ過ぎには注意しなければならないが。もっともトシヤの場合、まだステム下にスペーサーが二枚入っているので下げ過ぎという事は無いだろうが。

「それで、手首の方は大丈夫なの?」

 ハンドルは、高さだけで無く角度も大切だ。

「うん。良い感じだ」

 停止状態では良い感じでも、走ってみると何か違う事が多い。だが、今のところはトシヤもマサオも良い感じに仕上がっている様だ。

「こればっかりは納得いくまで何度も調整するしか無いものね。まだ買ったばかりだったら、ショップでハンドル角の調整ぐらいだったら無料でやってくれると思うから」

「いえ、やり方は覚えましたから、自分でやってみますよ」

 ルナが言うと、マサオが調子に乗って言い出した。

「でも、締め付けトルクの管理をしっかりしないとフルブレーキでズレちゃったり、最悪壊しちゃうわよ」

「俺も買いますよ、トルクレンチ」

「まあ、トルクレンチなら持ってるから、家に来てくれれば貸してあげるけど」

 マサオとの会話の中でルナが口にした言葉こそ、マサオが望んでいた言葉だった。

「本当っすか! じゃあ、その時はよろしくお願いします!」

「いやいや、買おうぜトルクレンチ」

 無邪気に喜ぶマサオをトシヤが諌めるが、ルナはポジションは一度決まったらそんなにしょっちゅう変えるものでは無いからと優しく笑った。

 話をしているうちにスパゲティの皿は空になり、アイスコーヒーも氷が溶けてコーヒーの香りがする水となってしまった。

「そろそろ行きましょうか」

 ルナがトレイを手に席を立とうとすると、マサオが「俺が行ってきますよ」と、ルナのトレイと自分のトレイを手にトレイの返却場所へと向かった。さすがはマサオ、ポイントはしっかり押さえている。となればトシヤの取る行動は一つしかあるまい。

「じゃあ、ハルカちゃんのは俺が持って行くよ」

 トシヤもマサオに倣い、ハルカのトレイを返却場所に持って行こうと手を伸ばすと、ちょうどトレイを持とうとしたハルカの手と触れてしまった。正にお約束の展開だが、当人同士はそんな事を考える余裕など無く、
「あっ……」と小さな声を出すと、固まってしまった。

「ご、ごめん……」

 王道を行く反応を示すトシヤと、「ううん」と顔を赤く染めるという、これまた王道の反応を示すハルカ。どうやらハルカの乙女スイッチが入ってしまった様だ。もちろんトシヤの厨二男子スイッチも。

「じゃ、じゃあ行ってくるよ」

 ハルカと自分のトレイを手に、返却場所へ歩くトシヤの後ろ姿と赤くなっているハルカを微笑ましい目でルナは見ているが、自分もハルカと似た様な境遇にいると理解しているのだろうか? まあ、マサオの事など後輩としてしか見ていないのだろう……可哀想なマサオ。 


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