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マサオの限界
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ハルカを先頭にトシヤが二番手、マサオが三番手でルナが最後尾を努めて峠の入口である交差点まで走り、少し広くなった所にハルカはエモンダを停めた。
「さあ、今から地獄の始まりよ。呼吸は整ってるかしら? コンビニで水分補給は済ませてるわよね?」
麓のコンビニから峠のスタート地点まで走るだけでも結構な坂を上らなければならない。ハルカが停まった所はヒルクライマー達の調整ポイントで、トシヤが初めてハルカとルナの姿を見た場所でもある。トシヤとマサオはボトルケージからボトルを引っこ抜き、少しだけスポーツドリンクを口に含むとボトルをケージに戻した。
「ああ、いつでもOKだ」
またマサオが格好付けて答えると、ハルカはすっと走り出した。
「じゃあ着いて来てね。遅いんじゃ無くってゆっくり走ってるんだから、それを忘れない様にね。調子に乗って追い抜いちゃったら後でどうなるか……トシヤ君は解ってるわよね」
悪戯っぽい笑顔で言うハルカを見てマサオは前を走るトシヤに言った。
「ああやって見ればハルカちゃんも可愛いじゃないか。学校でもあんな感じだったら良いのにな。ああ、もったいない……」
前を走るトシヤに聞こえる声で言ったのだから、後ろを走っているルナの耳にもその声は聞こえたらしく、マサオの後ろから声がした。
「マサオ君もそう思うでしょ? 私も言ってるんだけど、ハルカちゃんったら素直じゃ無いから」
とんでもない一言をルナに聞かれてしまった。だが、幸い先頭を走っているハルカにまでは聞こえていないみたいだ。となると、ここは少しでも話の方向を変えておきたい。マサオはほんの少しだけ顔を後ろに向け、トシヤに聞こえない程度の声でルナに話しかけた。
「やっぱそうっすよねぇ。俺、トシヤとハルカちゃんってお似合いだと思うんすけど、ルナ先輩はどう思います?」
これはマサオにとって賭けでもあった。ルナがそれを肯定すれば、トシヤとハルカをくっつけて、そして自分はルナ先輩と……などと考えたのだが、ルナの答えは期待外れなものだった。
「ふふっ、どうかしらね? それよりマサオ君、そんな事を言ってる余裕が有るのかしら? ほら、トシヤ君が離れていっちゃうわよ」
ルナの言葉にマサオが視線を前に戻すと、確かにトシヤとの距離が少し離れてしまっている。このまま千切れてしまってルナと二人きりというのも悪く無いが、さすがにそれは格好悪い。今日はルナに良いところを見せなければならないのだ、千切れてしまう事だけは何としても避けなければ! マサオはサドルから尻を上げ、ペダルに体重を乗せた。『ダンシング』とは言えたものでは無い単なる立ち漕ぎだが、それでもプリンスは加速し、トシヤとの距離は一気に詰まった。
「へえ、なかなか元気ね。でも、坂はまだまだこれからよ」
ルナはサドルに座ったままケイデンスを少し上げ、ゆっくりと前を行く三人との距離を詰めていった。
「はぁ……はぁ……いつまでこの坂は続くんだよ?」
「知らねぇよ。解ってんのは、まだまだ先は長いって事だけだ」
緩やかに右に左にとカーブを描いて続く坂道を上る事数分、早くも弱音を吐くマサオにトシヤが吐き捨てる様に答えた。そう、トシヤは知っているのだ。今はまだ舗装も綺麗で、センターラインも引かれているが、この先のキツい左カーブ、通称『第一ヘアピン』を越えると舗装は荒れ、センターラインが無くなり、そこからがヒルクライムの本番だという事を。すると先頭のハルカから答えが返ってきた。
「まだ三分の一も来て無いわよ。それに、上はもっと斜度がキツくなるから覚悟しといてね」
『覚悟しといてね』という無慈悲な言葉を楽しそうに言うハルカにマサオは呟いた。
「アイツ……絶対ドSだ……」
バカな事をほざきながらもペダルを回し続けるマサオだったが、体力の限界はもうすぐそこまで来ていて、道に沿って走る事すらおぼつかなくなり、遂にはフラフラと蛇行し始めた。
「危ないわね。マサオ君、大丈夫かしら……」
心配そうに呟くルナの目の前でマサオは大きくふらついたかと思うと、側溝に吸い寄せられる様に道から外れかけ、落ちる寸前でなんとか立て直した。
「これはちょっと……もう無理かもね」
ルナは慌ててマサオの前に出ると、右手の掌をマサオに向けて停車を促し、見せつける様な大きな動作で左のクリートを外してゆっくりと足を着き、停車した。前で止まられたのだから、マサオも必然的に止まらざるを得ない。やはり左のクリートを外して足を着くと振り向いてマサオを見ているルナに向かって言った。
「どーしたんすか、ルナ先輩? 俺なら大丈夫、まだイケますよ」
息も絶え絶えなクセに強がって言うマサオにルナはにっこりと微笑みかけた。
「だいぶ疲れてるんじゃない? ちょっと休憩しましょ」
マサオの安全を気遣った優しい言葉だったが、それを甘んじて受ける事はマサオにとって耐え難かった。
「何言ってるんですか、大丈夫っすよ。さあ、行きましょう!」
走り出そうとするマサオをルナが厳しい声で止めた。
「何言ってるのは私のセリフよ! そんなにフラフラしてるのに、走らせられる訳無いでしょ!」
初めて見るルナの厳しい顔にマサオの動きが止まった。全てが台無しだ。せっかくルナに良いところを見せようと意気込んでいたのに、逆に恥ずかしい姿を見せる事になるとは……だが、落ち込んでハンドルに突っ伏して項垂れるマサオにルナから優しく問いかけた。
「さあ、今から地獄の始まりよ。呼吸は整ってるかしら? コンビニで水分補給は済ませてるわよね?」
麓のコンビニから峠のスタート地点まで走るだけでも結構な坂を上らなければならない。ハルカが停まった所はヒルクライマー達の調整ポイントで、トシヤが初めてハルカとルナの姿を見た場所でもある。トシヤとマサオはボトルケージからボトルを引っこ抜き、少しだけスポーツドリンクを口に含むとボトルをケージに戻した。
「ああ、いつでもOKだ」
またマサオが格好付けて答えると、ハルカはすっと走り出した。
「じゃあ着いて来てね。遅いんじゃ無くってゆっくり走ってるんだから、それを忘れない様にね。調子に乗って追い抜いちゃったら後でどうなるか……トシヤ君は解ってるわよね」
悪戯っぽい笑顔で言うハルカを見てマサオは前を走るトシヤに言った。
「ああやって見ればハルカちゃんも可愛いじゃないか。学校でもあんな感じだったら良いのにな。ああ、もったいない……」
前を走るトシヤに聞こえる声で言ったのだから、後ろを走っているルナの耳にもその声は聞こえたらしく、マサオの後ろから声がした。
「マサオ君もそう思うでしょ? 私も言ってるんだけど、ハルカちゃんったら素直じゃ無いから」
とんでもない一言をルナに聞かれてしまった。だが、幸い先頭を走っているハルカにまでは聞こえていないみたいだ。となると、ここは少しでも話の方向を変えておきたい。マサオはほんの少しだけ顔を後ろに向け、トシヤに聞こえない程度の声でルナに話しかけた。
「やっぱそうっすよねぇ。俺、トシヤとハルカちゃんってお似合いだと思うんすけど、ルナ先輩はどう思います?」
これはマサオにとって賭けでもあった。ルナがそれを肯定すれば、トシヤとハルカをくっつけて、そして自分はルナ先輩と……などと考えたのだが、ルナの答えは期待外れなものだった。
「ふふっ、どうかしらね? それよりマサオ君、そんな事を言ってる余裕が有るのかしら? ほら、トシヤ君が離れていっちゃうわよ」
ルナの言葉にマサオが視線を前に戻すと、確かにトシヤとの距離が少し離れてしまっている。このまま千切れてしまってルナと二人きりというのも悪く無いが、さすがにそれは格好悪い。今日はルナに良いところを見せなければならないのだ、千切れてしまう事だけは何としても避けなければ! マサオはサドルから尻を上げ、ペダルに体重を乗せた。『ダンシング』とは言えたものでは無い単なる立ち漕ぎだが、それでもプリンスは加速し、トシヤとの距離は一気に詰まった。
「へえ、なかなか元気ね。でも、坂はまだまだこれからよ」
ルナはサドルに座ったままケイデンスを少し上げ、ゆっくりと前を行く三人との距離を詰めていった。
「はぁ……はぁ……いつまでこの坂は続くんだよ?」
「知らねぇよ。解ってんのは、まだまだ先は長いって事だけだ」
緩やかに右に左にとカーブを描いて続く坂道を上る事数分、早くも弱音を吐くマサオにトシヤが吐き捨てる様に答えた。そう、トシヤは知っているのだ。今はまだ舗装も綺麗で、センターラインも引かれているが、この先のキツい左カーブ、通称『第一ヘアピン』を越えると舗装は荒れ、センターラインが無くなり、そこからがヒルクライムの本番だという事を。すると先頭のハルカから答えが返ってきた。
「まだ三分の一も来て無いわよ。それに、上はもっと斜度がキツくなるから覚悟しといてね」
『覚悟しといてね』という無慈悲な言葉を楽しそうに言うハルカにマサオは呟いた。
「アイツ……絶対ドSだ……」
バカな事をほざきながらもペダルを回し続けるマサオだったが、体力の限界はもうすぐそこまで来ていて、道に沿って走る事すらおぼつかなくなり、遂にはフラフラと蛇行し始めた。
「危ないわね。マサオ君、大丈夫かしら……」
心配そうに呟くルナの目の前でマサオは大きくふらついたかと思うと、側溝に吸い寄せられる様に道から外れかけ、落ちる寸前でなんとか立て直した。
「これはちょっと……もう無理かもね」
ルナは慌ててマサオの前に出ると、右手の掌をマサオに向けて停車を促し、見せつける様な大きな動作で左のクリートを外してゆっくりと足を着き、停車した。前で止まられたのだから、マサオも必然的に止まらざるを得ない。やはり左のクリートを外して足を着くと振り向いてマサオを見ているルナに向かって言った。
「どーしたんすか、ルナ先輩? 俺なら大丈夫、まだイケますよ」
息も絶え絶えなクセに強がって言うマサオにルナはにっこりと微笑みかけた。
「だいぶ疲れてるんじゃない? ちょっと休憩しましょ」
マサオの安全を気遣った優しい言葉だったが、それを甘んじて受ける事はマサオにとって耐え難かった。
「何言ってるんですか、大丈夫っすよ。さあ、行きましょう!」
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「何言ってるのは私のセリフよ! そんなにフラフラしてるのに、走らせられる訳無いでしょ!」
初めて見るルナの厳しい顔にマサオの動きが止まった。全てが台無しだ。せっかくルナに良いところを見せようと意気込んでいたのに、逆に恥ずかしい姿を見せる事になるとは……だが、落ち込んでハンドルに突っ伏して項垂れるマサオにルナから優しく問いかけた。
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