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メルヘンチックな名前に騙された! ~魔のフローラルロード~

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 おにぎりを食べ終えた二人はまたロードバイクに跨り、帰路に就いた。来た道をそのまま戻っていたのだが、途中の休憩ポイントのコンビニで言ったマサオの一言が二人を『えらい目』に遭う事になってしまう。

「来た道をそのまま戻るってのは芸が無いんじゃないか?」

 本来、長距離ライドのルート計画は円を描く様なコースを取るのが基本だ。そうすれば途中でトラブルが発生した場合等に円状のルートから外れ、直線的なルートを取れば戻る際のルートを短縮出来る、つまり少しは楽に帰る事が出来る訳なのだが、それはあくまで平地のみを走る時の話。今日の様に山を避けて迂回するルートを取っていた場合、直線的なルートを取るという事は、避けた山を上る事を意味する。それだけは男としても避けたいと思う
トシヤを尻目にマサオはスマホの地図アプリを開いてルートを検討しているのか一人でブツブツ言っていたが、

「これでどうだ」と言わんばかりにトシヤにスマホの画面を見せてきた。

「ほら、今ココだろ。この交差点を曲がって北に進んだら、ココで左に曲がって……」

 マサオが示したのは他でもない、トシヤが恐れていた峠越えのルートそのものだった。

「お前なぁ、自分の言ってる事が解ってんのか? 行きの緩い坂でヘバッてたヤツがこんなキツいルート走れる訳無いだろーが」

 トシヤが言うが、マサオは聞く耳を持たない。

「大丈夫だって。それに見ろよ、この道『フローラルロード』って言うんだってよ。きっと道沿いに花がいっぱい咲いてるサイクリングコースに違い無いぜ」

 呑気な事を言うマサオに押し切られる形でトシヤがルート変更を承諾すると、マサオは調子付いてペダルを踏み込んだ。

「ルートを決めたのは俺だからな、バッチリ先導してやるぜ」

 さて、その元気がいつまで続くものやら……トシヤは不安を抱きながらペダルを回して後に続いた。

 マサオはスマホの地図アプリで確認した交差点を曲がり、少し走ると山裾から新興住宅地が始まった。今走っている道はそこに住む人達の生活道路なのだろう、道幅は広く、整備されていて走りやすそうな道だった。ただ一つ、結構な坂だという点を除いては。
 必死にペダルを回すトシヤとマサオの横をスクーターに乗ったおばさんが抜いて行った。

「くそっ、やっぱりバイクには敵わねぇな」

 マサオが吐き捨てる様に言うとトシヤが熱い言葉で応えた。

「バカ野郎、バイクでだったらこんな坂、誰でも上れるってんだ。自分の力で上る事に意義が有んだよ!」

 それはまさにローディーの矜持だ。しかしそんなモノ、ロードバイクに興味の無い人からすれば何の意味も無い。一般の人からすれば、こんな坂を自転車で上る事など愚行以外の何でも無い。すると今度はジーパンにTシャツの中学生の自転車がレーシングパンツにサイクルジャージ、ヘルメットにSPDペダルとフル装備のトシヤとマサオを追い抜いた。

「うわっ、地元の少年、凄ぇ!」

「バカ野郎、アレは電動アシスト付だ!」

『電動アシスト付自転車』山間部に住んでいる人の生活必需品だ。これがなら非力な者でも坂道をスイスイと上る事が出来る。昔はママチャリみたいな形ばかりだったが、今ではE‐スポーツバイクとか言ってMTBの様なタイプが増え、ロードバイクでも超高額で、日本にはまだ導入されていないがピナレロも『ナイトロ』と言う電動自転車を発売、イタリアの有名な自転車レースの『ジロ・デ・イタリア』では『ジロ‐E』と言う電動ロードバイクのクラスも開催されてたりする。

 何度も足を着きながらもトシヤとマサオは新興住宅地のキツい上りを走り抜け、少し走ると標識が見えた。右に曲がる矢印と共に大きく『フローラルロード』と書いてある。

「見ろよ、いよいよお楽しみの『フローラルロード』だぜ!」

 現金なもので、マサオが元気になった。もっとも元気なのは声だけで、スピードは全く上がって無かったが。ともかく交差点を右に曲がるとフローラルロードだ。さぞ綺麗な花々に囲まれたサイクリングロードなのだろう。ただ、二人共気付いていなかった。その標識の文字、『フローラルロード』の下に『広域農道』と括弧書きがされている事に。

『広域農道』とは『広域営農団地農道整備事業による農業用道路』つまり広いエリアの農地を結ぶ農作業を行うトラクターやコンバイン等の大型だがスピードの出せない農機具が通行したり、農作物を運ぶトラックが走る道の事で、サイクリングロードでも何でも無く、道の横にはマサオが期待した花など植えられておらず、無機質な間地石が山の法面を崩れない様に覆っていて、その上には木々が生い茂っていた。しかも結構な上り坂が真っ直ぐに伸びているのが見通せる。

「何が『フローラルロード』だ! 花なんて全然咲いて無いじゃねぇか!」

 マサオが憤りを憶えて吠えるが、悪いのは勘違いしたマサオだ。『フローラルロード』に罪は無い。

「そんな事言っててしょーがねぇだろ」

 文句を言いたいのはトシヤも同じだったが、文句を言ったところで状況が変わる訳でも無い。出来る事はただ一つ、ペダルを回す事だけだ。だが、進んでも進んでも変わり映えのしない景色にトシヤの足と心は削られていくばかりだ。もちろんマサオはトシヤ以上に疲弊している。

「あっ、ヤベぇっ、トシヤ、ちょいストップ!」

 緩やかなアップダウンとカーブを幾つ抜けた事だろう、遂にマサオが情けない声と共にフラフラと路肩に吸い込まれる様に止まってしまった。ギリギリでクリートを外し、立ちゴケを免れたのだけが幸いだったと言えよう。

「ちょい休むか」

 マサオが止まってしまった事に気付いたトシヤもリアクトを路肩に寄せ、クリートを外し、左足を着いた。マサオは右のクリートも外してプリンスから降りると、肩で息をしながらトシヤが止まった所までプリンスを押して移動させると、間地石に立て掛け、地面に座り込んだ。

「誰だよ、こんなコース走ろうって言ったヤツぁよ」

 ボトルケージからボトルを引っこ抜き、すっかり温くなってしまったスポーツドリンクを口にしながら言うマサオに『お前だろーが!』と心の中で突っ込みながらトシヤもリアクトを間地石に立て掛けて隣に座り込んだ。

「まったく、思った通りキツいコースだよな。でもな……」

 例によって『自分の力だけで走る。それがローディーだ』と言おうとしたトシヤだったが、マサオはそれを遮る様に口を開いた。

「わーってんよ。ココまで来て後戻り出来っかよ。俺達はローディーだ、キツくても自分の力で前へ進まなきゃな」

 ここに来て遂にローディーの血が目覚めたのか、それとも単に自棄になったのか、マサオの口から力強い言葉が吐き出された。だがしかし、あらためて進行方向を見ると、無情にも道は空に向かって真っ直ぐに伸びている。だが、道の先に空しか見えないという事は……それに気付いたトシヤがマサオを元気付ける様に言った。

「見ろよ、道が真っ直ぐで、先が見え無いって事は、あそこが頂点だ」

「って事は、アソコまで行けば下りだな」

 トシヤの気持ちが通じたのか、マサオはボトルをボトルケージに押し込むと、プリンスに跨った。

「ああ。行こうぜ」

 それを見たトシヤもニヤリと笑ってリアクトに跨ったが二人は知らない。実はこれからが山越えの本番なのだという事を。


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