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マサオにロードバイクの楽しさを教える為に
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家を出て、まだ一時間ちょっとしか経っていない。マサオとの約束までまだ一時間以上ある。トシヤが峠の麓のコンビニで休みながら「一旦家に帰ろうか」などと考えていると、サイクルジャージの背中のポケットに突っ込んでおいたスマホが鳴った。画面にはマサオの名前が表示されている。
「おうトシヤ、今何やってるんだ?」
「うん? ああ、ちょっと一人で走ってた」
「一人で? 本当か? ハルカちゃんと一緒じゃねーだろーな?」
「バカか、てめーは。そん時はちゃんと誘ってやるから心配するなって言ってんだろーが」
「じゃあ、何でまた一人で走ったりしてるんだ?」
まったくマサオにも困ったものだ。もっともその為に五十万円以上するプリンスを買ったのだから気持ちは解らないでも無いが。
「ああ。ちょっと早く目が覚めちまったもんでな」
本当はマサオと一緒に走る、つまり初心者のお守りの前に一人で峠にアタックしていたとは言えはしない……って、トシヤも初心者だ。
「そうか、実は俺も早く目が覚めちまってな。じゃあ、俺も今から出るわ。ドコに居るんだよ?」
マサオが言うと、トシヤは自分が今居るコンビニの場所を伝えた。もちろんいきなりマサオに峠を上らせようというのでは無い。ここからならトシヤが初めて走った長距離ルートにすぐ出れる。本当は今日は軽く市内を流す予定だったが、山を迂回するルートならマサオでも着いてこれるだろう、トシヤはそう判断したのだった。
マサオがすぐ出たとしても、このコンビニに着くまでには数十分はかかるだろう。さすがにサイクルジャージでそんな長い時間コンビニに居る訳にはいかない。トシヤはリアクトに跨ると、ふらりとそこら辺を流して時間を潰す事にした。さすがにもう一度、途中まででも峠を上ろうという気にはならなかったのだろう。
トシヤは二十分程ふらふらとあてもなく走り回りコンビニに戻ったが、マサオはまだ来ていない様だ。
「アイツ、遅ぇな」
ボヤきながらスマホを確認するが、連絡は入っていない。おそらくまだこっちに向かってペダルを回しているのだろう。トシヤがリアクトをフェンスに立てかけ、地べたに座り込んで待つ事数分、一台のロードバイクが駐車場に入って来た。黒赤のド派手なピナレロプリンス、マサオだ。
「お待たせ。どうだ、早かったろ?」
マサオはクリートを外し、いけしゃあしゃあと宣った。トシヤは「遅ぇよ!」と突っ込みたいところだったが、いきなり初心者を一人でこんなところまで呼びつけた事を思うとそういう訳にもいかなかった。
「おう、まあまあ早かったな」
苦笑いしながらトシヤが答えると、マサオは調子に乗り出した。
「まあ、俺にかかりゃこんなモンだ。今度レースにでも出てみるかな」
ぶん殴ってやろうかと思いながらもトシヤはマサオが無事ここまでたどり着き、目の前で立ちゴケする事も無かった事にほっとした。
「どうする、ちょっと休憩していくか?」
トシヤがマサオに尋ねると、マサオはプリンスから降りた。
「ああ。ちょっと喉渇いたかな。それに今日のルートも確認しときたいし」
マサオの口からルート確認などという言葉が出るとは。どうせトシヤの後を着いて走るだけだというのに。だがまあ、前向きな姿勢な良い事だ。トシヤはスマホのナビを開き、今日走る予定のルートを説明した。
「おっけー。片道二十キロってトコだな。楽勝だぜ」
言うとマサオはスポーツドリンクを一気に飲み干しプリンスに跨った。どうやら行く気満々の様だ。
「とりあえず着いてこいよ」
トシヤは黙っていれば前を走りかねない勢いのマサオを抑える様に言うと、リアクトに跨った。さあ、マサオをロードバイクの世界に引きずり込むライドの始まりだ。ハルカやルナという不純な目的では無く、本当のロードバイクの楽しさを知ってもらうべく、トシヤは軽快に走り出した。
コンビニを出て旧街道を南へ走る。ちょっと西に行けば広い国道もあるのだが、そっちは交通量が多い上に舗装が荒れていて、砂が沢山浮いている為ロードバイクでは非常に走りにくい。旧街道は片側一車線しか無いが、交通量はさほど多く無く、舗装もそこまでは荒れていないのでこっちの道の方が走りやすいのだ。トシヤは後ろを走るマサオを気遣いながら走った。やがて川沿いの道に出ると山を迂回して東に進み、緩い上り勾配に入った。これぐらいの坂ならマサオでも景色を楽しみながら走れるだろうと思ったトシヤだったが、どういう訳かマサオが少しずつ遅れ始めた。
「おいおい、マジかよ……」
トシヤがペダルを緩めるとマサオがどうにか追いついてきて後方からボヤく様に言った。
「トシヤ、速ぇーよ。ってゆーか、この坂、キツく無ぇか?」
――キツい? この程度の坂が? コイツ、どんだけ体力無いんだ……――
唖然とするトシヤにマサオはハアハアと呼吸を荒げながら着いてくる。幸いにも山を迂回するコースなので坂はすぐに終わり、平坦路に変わった。
「頑張れ、もうすぐ休憩ポイントだ」
トシヤの声が効いたのか、それとも単に登りが終わって楽になったからなのか、マサオのペースが少し上がった。そして下りになると息を吹き返した様に加速してトシヤに並びかけた。
「こらっ、危ねーだろ。並走すんな!」
「大丈夫、すぐ抜くから並走じゃねーから」
調子に乗ったマサオはトシヤを追い越し、前に出るとそのまま加速を続けた。
「俺はスプリント脚質なんだよ!」
ネットで憶えたであろう言葉を口にするマサオ。
「何が『スプリント脚質』だ、登りが苦手なだけだろうが。謝れ、全国のスプリンターに謝れ!」
心の中で叫ぶトシヤの気も知らず、マサオは気分良く走り続け、休憩ポイントのコンビニへとプリンスのフロントタイヤを向けた。
「おうトシヤ、今何やってるんだ?」
「うん? ああ、ちょっと一人で走ってた」
「一人で? 本当か? ハルカちゃんと一緒じゃねーだろーな?」
「バカか、てめーは。そん時はちゃんと誘ってやるから心配するなって言ってんだろーが」
「じゃあ、何でまた一人で走ったりしてるんだ?」
まったくマサオにも困ったものだ。もっともその為に五十万円以上するプリンスを買ったのだから気持ちは解らないでも無いが。
「ああ。ちょっと早く目が覚めちまったもんでな」
本当はマサオと一緒に走る、つまり初心者のお守りの前に一人で峠にアタックしていたとは言えはしない……って、トシヤも初心者だ。
「そうか、実は俺も早く目が覚めちまってな。じゃあ、俺も今から出るわ。ドコに居るんだよ?」
マサオが言うと、トシヤは自分が今居るコンビニの場所を伝えた。もちろんいきなりマサオに峠を上らせようというのでは無い。ここからならトシヤが初めて走った長距離ルートにすぐ出れる。本当は今日は軽く市内を流す予定だったが、山を迂回するルートならマサオでも着いてこれるだろう、トシヤはそう判断したのだった。
マサオがすぐ出たとしても、このコンビニに着くまでには数十分はかかるだろう。さすがにサイクルジャージでそんな長い時間コンビニに居る訳にはいかない。トシヤはリアクトに跨ると、ふらりとそこら辺を流して時間を潰す事にした。さすがにもう一度、途中まででも峠を上ろうという気にはならなかったのだろう。
トシヤは二十分程ふらふらとあてもなく走り回りコンビニに戻ったが、マサオはまだ来ていない様だ。
「アイツ、遅ぇな」
ボヤきながらスマホを確認するが、連絡は入っていない。おそらくまだこっちに向かってペダルを回しているのだろう。トシヤがリアクトをフェンスに立てかけ、地べたに座り込んで待つ事数分、一台のロードバイクが駐車場に入って来た。黒赤のド派手なピナレロプリンス、マサオだ。
「お待たせ。どうだ、早かったろ?」
マサオはクリートを外し、いけしゃあしゃあと宣った。トシヤは「遅ぇよ!」と突っ込みたいところだったが、いきなり初心者を一人でこんなところまで呼びつけた事を思うとそういう訳にもいかなかった。
「おう、まあまあ早かったな」
苦笑いしながらトシヤが答えると、マサオは調子に乗り出した。
「まあ、俺にかかりゃこんなモンだ。今度レースにでも出てみるかな」
ぶん殴ってやろうかと思いながらもトシヤはマサオが無事ここまでたどり着き、目の前で立ちゴケする事も無かった事にほっとした。
「どうする、ちょっと休憩していくか?」
トシヤがマサオに尋ねると、マサオはプリンスから降りた。
「ああ。ちょっと喉渇いたかな。それに今日のルートも確認しときたいし」
マサオの口からルート確認などという言葉が出るとは。どうせトシヤの後を着いて走るだけだというのに。だがまあ、前向きな姿勢な良い事だ。トシヤはスマホのナビを開き、今日走る予定のルートを説明した。
「おっけー。片道二十キロってトコだな。楽勝だぜ」
言うとマサオはスポーツドリンクを一気に飲み干しプリンスに跨った。どうやら行く気満々の様だ。
「とりあえず着いてこいよ」
トシヤは黙っていれば前を走りかねない勢いのマサオを抑える様に言うと、リアクトに跨った。さあ、マサオをロードバイクの世界に引きずり込むライドの始まりだ。ハルカやルナという不純な目的では無く、本当のロードバイクの楽しさを知ってもらうべく、トシヤは軽快に走り出した。
コンビニを出て旧街道を南へ走る。ちょっと西に行けば広い国道もあるのだが、そっちは交通量が多い上に舗装が荒れていて、砂が沢山浮いている為ロードバイクでは非常に走りにくい。旧街道は片側一車線しか無いが、交通量はさほど多く無く、舗装もそこまでは荒れていないのでこっちの道の方が走りやすいのだ。トシヤは後ろを走るマサオを気遣いながら走った。やがて川沿いの道に出ると山を迂回して東に進み、緩い上り勾配に入った。これぐらいの坂ならマサオでも景色を楽しみながら走れるだろうと思ったトシヤだったが、どういう訳かマサオが少しずつ遅れ始めた。
「おいおい、マジかよ……」
トシヤがペダルを緩めるとマサオがどうにか追いついてきて後方からボヤく様に言った。
「トシヤ、速ぇーよ。ってゆーか、この坂、キツく無ぇか?」
――キツい? この程度の坂が? コイツ、どんだけ体力無いんだ……――
唖然とするトシヤにマサオはハアハアと呼吸を荒げながら着いてくる。幸いにも山を迂回するコースなので坂はすぐに終わり、平坦路に変わった。
「頑張れ、もうすぐ休憩ポイントだ」
トシヤの声が効いたのか、それとも単に登りが終わって楽になったからなのか、マサオのペースが少し上がった。そして下りになると息を吹き返した様に加速してトシヤに並びかけた。
「こらっ、危ねーだろ。並走すんな!」
「大丈夫、すぐ抜くから並走じゃねーから」
調子に乗ったマサオはトシヤを追い越し、前に出るとそのまま加速を続けた。
「俺はスプリント脚質なんだよ!」
ネットで憶えたであろう言葉を口にするマサオ。
「何が『スプリント脚質』だ、登りが苦手なだけだろうが。謝れ、全国のスプリンターに謝れ!」
心の中で叫ぶトシヤの気も知らず、マサオは気分良く走り続け、休憩ポイントのコンビニへとプリンスのフロントタイヤを向けた。
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