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茜の言う『酷い話』
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浩輔が茜に連れられたのは、高そうなレストランだった。支払いの心配をする浩輔をよそに茜がドアを開けると、受付が茜の顔を見るなり恭しくお辞儀をし、二人を個室へと通した。茜が予約をしていたのだろう。
「稲葉さん、凄いな。こんな店で顔を覚えられてるんだ」
「親と一緒によく食事をする店だからな」
さすがはお嬢様と感心する浩輔に軽い調子で茜は言った。そして意味ありげに一言付け加えた。
「親以外と来るのは初めてだけどね」
こんな高そうな店に親以外と初めて来る相手が自分だとは! すっかり恐縮してしまった浩輔に茜は説明した。
「この時間はレストランにとってアイドルタイム、暇な時間だ。だから個室も簡単に取れるって寸法だ。まだ夕食には早いから簡単なモノしか注文はしてないけど、追加してくれても構わないぞ」
追加してくれても構わないと言われても、高校生が出せる値段では無かろう。何も言えないでいる浩輔に、支払いは自分が持つから心配するなと茜が言う。だからと言って女の子に奢られるのは……更に悩む浩輔に茜が重苦しい口調で言った。
「これから酷い話をしなければならないんだ。それぐらいはさせてもらえないだろうか」
『酷い話』と聞いて、浩輔の頭は混乱した。こんな店の、しかも個室に連れて来られたのだ。良い話を期待するなと言う方が無理な注文だ。しかし今からするのは酷い話だと茜は言う。もう何が何やら解らなくなってしまうのも当然だろう。するとノックの音がして、飲み物と料理が運ばれてきた。アイスコーヒーとフライドチキンにポテトフライ、そしてサンドイッチ。先日プールで茜が浩輔達に持たせたモノとほぼ同じメニューだ。しかし、それらはプールのそれとは比べ物にならない程クオリティが高く、サンドイッチにはローストビーフなどというシロモノが挟まれている。
「まあ、とりあえず冷めないうちに」
茜が促すと浩輔はポテトフライに手を伸ばした。
「まるで子供だな」
茜がポツリと言った。しかし馬鹿にした様な口調では無い。浩輔が茜の顔を見ると、彼女の顔は慈愛に満ちていて、それでいて何か少し悲しそうな目をしていた。
「そりゃ、稲葉さんに比べたら誰だって子供みたいなモノじゃないか。で、話っていうのは?」
ペット扱いの次は子供扱い。浩輔が不貞腐れながら言うと茜は何故か顔を赤くしながら答えた。
「これから話す事は私にとっても覚悟が必要な事なのだ。だから、少し心の準備をさせてくれないか」
茜が、いつも堂々としていて怖い物など何も無いとまで思っていた稲葉茜が心の準備が必要とまで言う話とは? 思わぬ茜の態度に浩輔が戸惑っていると、茜は呟く様に言った。
「私とて女なのだからな」
茜が女の子だなんて、言われなくても解っている。何故ここへ来てそんな事を宣言する必要があるんだ? もはや完全に理解不能となってしまい、ポテトフライを口に咥えたまま固まってしまった浩輔。その姿を見た茜は覚悟を決めたのだろう、優しく微笑むとポツリポツリと話し出した。
「私の父があのプールの経営会社の社長だと言う事は真白に聞いただろう?」
「うん、凄いね。稲葉さんってあの稲葉グループの社長令嬢なんだ」
「それは違う」
「えっ?」
「私の父はあくまであのプール、まあ他にもレジャー施設を経営はしているが、とにかく稲葉グループ内の一つの会社の社長に過ぎない」
確かに真白はあの時『うちの系列の会社』と言った。つまり、茜の父は稲葉グループのトップでは無いと言う事だ。そして茜は驚きの事実を浩輔に告げた。
「稲葉グループのトップは私の父の兄……真白の父だ」
「真白ちゃんの……お父さんが稲葉グループのトップ?」
「ああ。私には兄弟がいない。だから父の会社は私が継ぐ事になるだろう。婿養子でももらってな」
茜が『婿養子』という言葉を口にした時、浩輔の顔を愛おしそうに見つめた様に思えたのは浩輔の思い過ごしだろうか? 茜は続いて真白についての話を始めた。
「真白には兄がいる。だから将来、稲葉グループのトップには真白の兄が着く事になるだろう」
「じゃあ、真白ちゃんは普通のお嫁さんになれるって事だね」
呑気に浩輔が言うと、茜の顔が険しくなった。
「逆だ。真白は……」
茜はテーブルの上の拳を握り締めた。
「真白は数社の企業の社長から息子の嫁にとずっと言われて来ている。そして真白の両親もその内のどれかに応じるつもりでいる」
「それって……」
喉から絞り出す様な声で話す茜の話に浩輔が絶句した。茜は不愉快そうに頷くと、浩輔が聞きたくない言葉をはっきりと口に出して言った。
「ああ。いわゆる政略結婚と言うヤツだ。今時……と思うかも知れんが、やはりそういうのは根強く残っているのだよ」
浩輔の頭の中は真っ白になった。まさか真白にそんな話が……だが、冷静になって考えると付き合ったところで結婚出来るとは限らない。もちろん浩輔としては真白を弄ぶ気など全く無いのだが、未来の事など解る筈が無いのだから。すると茜が妙な事を浩輔に質問した。
「ところで浩輔と真白はどこまで行っているんだ?」
「稲葉さん、凄いな。こんな店で顔を覚えられてるんだ」
「親と一緒によく食事をする店だからな」
さすがはお嬢様と感心する浩輔に軽い調子で茜は言った。そして意味ありげに一言付け加えた。
「親以外と来るのは初めてだけどね」
こんな高そうな店に親以外と初めて来る相手が自分だとは! すっかり恐縮してしまった浩輔に茜は説明した。
「この時間はレストランにとってアイドルタイム、暇な時間だ。だから個室も簡単に取れるって寸法だ。まだ夕食には早いから簡単なモノしか注文はしてないけど、追加してくれても構わないぞ」
追加してくれても構わないと言われても、高校生が出せる値段では無かろう。何も言えないでいる浩輔に、支払いは自分が持つから心配するなと茜が言う。だからと言って女の子に奢られるのは……更に悩む浩輔に茜が重苦しい口調で言った。
「これから酷い話をしなければならないんだ。それぐらいはさせてもらえないだろうか」
『酷い話』と聞いて、浩輔の頭は混乱した。こんな店の、しかも個室に連れて来られたのだ。良い話を期待するなと言う方が無理な注文だ。しかし今からするのは酷い話だと茜は言う。もう何が何やら解らなくなってしまうのも当然だろう。するとノックの音がして、飲み物と料理が運ばれてきた。アイスコーヒーとフライドチキンにポテトフライ、そしてサンドイッチ。先日プールで茜が浩輔達に持たせたモノとほぼ同じメニューだ。しかし、それらはプールのそれとは比べ物にならない程クオリティが高く、サンドイッチにはローストビーフなどというシロモノが挟まれている。
「まあ、とりあえず冷めないうちに」
茜が促すと浩輔はポテトフライに手を伸ばした。
「まるで子供だな」
茜がポツリと言った。しかし馬鹿にした様な口調では無い。浩輔が茜の顔を見ると、彼女の顔は慈愛に満ちていて、それでいて何か少し悲しそうな目をしていた。
「そりゃ、稲葉さんに比べたら誰だって子供みたいなモノじゃないか。で、話っていうのは?」
ペット扱いの次は子供扱い。浩輔が不貞腐れながら言うと茜は何故か顔を赤くしながら答えた。
「これから話す事は私にとっても覚悟が必要な事なのだ。だから、少し心の準備をさせてくれないか」
茜が、いつも堂々としていて怖い物など何も無いとまで思っていた稲葉茜が心の準備が必要とまで言う話とは? 思わぬ茜の態度に浩輔が戸惑っていると、茜は呟く様に言った。
「私とて女なのだからな」
茜が女の子だなんて、言われなくても解っている。何故ここへ来てそんな事を宣言する必要があるんだ? もはや完全に理解不能となってしまい、ポテトフライを口に咥えたまま固まってしまった浩輔。その姿を見た茜は覚悟を決めたのだろう、優しく微笑むとポツリポツリと話し出した。
「私の父があのプールの経営会社の社長だと言う事は真白に聞いただろう?」
「うん、凄いね。稲葉さんってあの稲葉グループの社長令嬢なんだ」
「それは違う」
「えっ?」
「私の父はあくまであのプール、まあ他にもレジャー施設を経営はしているが、とにかく稲葉グループ内の一つの会社の社長に過ぎない」
確かに真白はあの時『うちの系列の会社』と言った。つまり、茜の父は稲葉グループのトップでは無いと言う事だ。そして茜は驚きの事実を浩輔に告げた。
「稲葉グループのトップは私の父の兄……真白の父だ」
「真白ちゃんの……お父さんが稲葉グループのトップ?」
「ああ。私には兄弟がいない。だから父の会社は私が継ぐ事になるだろう。婿養子でももらってな」
茜が『婿養子』という言葉を口にした時、浩輔の顔を愛おしそうに見つめた様に思えたのは浩輔の思い過ごしだろうか? 茜は続いて真白についての話を始めた。
「真白には兄がいる。だから将来、稲葉グループのトップには真白の兄が着く事になるだろう」
「じゃあ、真白ちゃんは普通のお嫁さんになれるって事だね」
呑気に浩輔が言うと、茜の顔が険しくなった。
「逆だ。真白は……」
茜はテーブルの上の拳を握り締めた。
「真白は数社の企業の社長から息子の嫁にとずっと言われて来ている。そして真白の両親もその内のどれかに応じるつもりでいる」
「それって……」
喉から絞り出す様な声で話す茜の話に浩輔が絶句した。茜は不愉快そうに頷くと、浩輔が聞きたくない言葉をはっきりと口に出して言った。
「ああ。いわゆる政略結婚と言うヤツだ。今時……と思うかも知れんが、やはりそういうのは根強く残っているのだよ」
浩輔の頭の中は真っ白になった。まさか真白にそんな話が……だが、冷静になって考えると付き合ったところで結婚出来るとは限らない。もちろん浩輔としては真白を弄ぶ気など全く無いのだが、未来の事など解る筈が無いのだから。すると茜が妙な事を浩輔に質問した。
「ところで浩輔と真白はどこまで行っているんだ?」
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