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第一章:魔導人形(オートマタ)を口説く嘗ての恋した方(愚者)

嘗ての“執行人”は今の母の“再婚相手”

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 「お母様…」
31歳のアリアスフィアと21歳のジャック・スタンリー(※前世アルティナをギロチンに掛けた執行人)は…相性が良さそうで…アルティナは内心ホッとした。
そこまでやさぐれていない彼は…爽やか好青年騎士っぽい。
王国軍のいち騎士の一人でしかなかった「彼」を母アリアスフィアの再婚相手に、と望んだのは彼の上官…アリオストロ・ワイズマン王都近郊守備隊総司令の。
アリアスフィア含めアルティナも失敗もあり、慎重に慎重に機を熟す必要がある…に、彼の人からの面会許可申請があった。

 「ジャック様は休日に冒険者ギルドの依頼を受けに行かれるとか。…その、休日まで戦いの場に赴くのは…大変ではありません?」
 「いえ。“王都近郊守備隊”と名が着いているからと言ってそうしょっちゅう争い事の起きている場所に呼ばれる訳ではありませんよ」
 「そう、なのですか…?」
 「ふふ…アリアスフィア様は邸からめったに出ないのだとティナから聞かされてましたから知らなくとも無理はないかと思われますよ」
 「…え?ティ、ティナ…って。あの子の愛称あだな…?!」
 「ふ、ふふ…っ。ティナの言った通りだ。アリアスフィア様は突発的なアドリブに弱い、と。お可愛らしい顔が見れた…。これはティナに感謝しなくてはいけませんね」
 「──・・・ッ!~~ッッ!?あ、あの子ったら…っ!!今度しなくてはいけませんね…っ!もうっ!!」
ポカーンとした顔から赤みを帯びた照れを誤魔化すようにこの場に居ないアルティナへとやる場のない怒りを向けたアリアスフィアの手を取る。
 「…緊張が取れたようで…良かった。出来ればの前では自然体で居てください。元から俺は貴族とは言え所詮は次男坊です。アリアスフィア様は俺より年上ですけれど…俺の前では普通に自然体で居て欲しい…」
 「…ぁ、ぅぅ……っ!?は、はい……では私の事も“フィア”と。敬語も…その、苦手なのです…普通に話してくれると嬉しい…かな?」
終始赤い顔で目を合わせないように照れる姿は…何処までも弄らしく…可憐な乙女を思わせる。
クスクスと忍び笑いを噛み殺しながら、ジャックは目の前の“可憐な乙女”のような年上の淑女の手の甲にチュッと唇を落としてびっくりして正面を向いたアリアスフィアに
 「ああ、分かった。俺の婚約者フィアンセ、フィア?かわいいお前の為ならば」
…と、ジゴロのような口説き文句を鷹のように鋭い深緑色の眼がアリアスフィアの瞳を真っ直ぐに見詰めた。
 「…ッ!あ、あの…ジャック様…?」
 「ん、どうした?フィア」
 「ち、近い…ですっ!?」
腰を抱かれ、至近距離で目と鼻が今すぐにでも触れ合いそうな…そんな二人は今マテリアル公爵邸領主館の中庭にある東屋のベンチ…に隣同士で座っている…訳であるが。
 「…そうか?俺としてはこのままフィアにキスしたいのだが……嫌だったか?」
 「キ、キキキ……っ!?」
ボン、と音がしそうな31歳アラサー女子、アリアスフィアの顔は更に赤一色になった。
首元まで真っ赤な淑女を笑ったりはせず真っ直ぐにアリアスフィアを見詰めるジャック…。
 「い、いやでは…ありません…っ!…ぁ、そ、その…。元夫は…私にそのような言葉は仰有りませんでしたから…。私のような引きこもりの女は…誰にも好かれないのだと…」
 「…良かった。
…フィアは美人だ。しかも摺れていないから仕草がいちいちオーバーでかわいい女だぞ。…これからは「俺の女」になるんだから…いつまでも昔の男と比べるな」
 「ジャック様…は、はい…ぁ、…え、ええ」
 「おぅ。それでいい…」
 「…ッ!」
チュッ、と唇が触れるだけのキスをした。
瞬きすらも忘れてカチンコチンに固まったアリアスフィアを抱き締めてクスクスと笑うジャック…“ちょっと”ゲスい、やさぐれていた前世過去の、表情で忍び笑いを浮かべていた…。



 「…お母様…元夫がだったから…。口説き文句とか殺し文句には弱いものね…。良かった。上手く行きそうで。」
 「…そうですね。奥様は奥手でいらっしゃいますから。“深窓の令嬢”で居られるのは子供の時分だけ、ですからね。としては──“それ”では困ります。」
 「ええ、マルカの言うとおりよ。外に──…外交と宣伝を任せたのだもの。
屑男の干渉ももうないのだから…お母様はもっともっと“外”を知るべきなのよ。マルカ、お母様の事、わね?」
 「御意に…御主人様マスター
 「止めて。貴女、人間でしょうが。…それは魔導人形あの子達の台詞よ…」
 「おや、いけませんでしたか?」
 「…騎士の“忠誠”までしなくても良いわよ、マルカ」
跪きこうべを垂れる姿は…堂に敵っていたが。…メイド服でやるものじゃないだろう。
スカートからチラチラと覗く生足とガーターベルトの取り合わせセクシー過ぎて…目を赤くしている従僕の、警備の、庭師の…多いこと多いこと多いこと。

 「…ッ!ンンッ!ンン~~ッ!?」
 「なん…ッ、マルカ…ッ!?」
 「す、素敵なおみ足…ッ!!♡」
 「い、今…見えたぞ…っ!?パンツ──あーっ!?ごめんなさいごめんなさい何でもないです!!」
……。

 「…マルカ、ねぇ、マルカ。」
 「サービス、で御座います。わたくし、結婚しておりますので。粉骨砕身献身を尽くす限りに御座いますよ、お嬢様。」
抗議するように呼び掛けるアルティナに姿勢を正したマルカがしれっと無表情で答える。
マルカ・イェルガー、21歳…ジャックと、同年のチェリーブロッサム色の髪、黄金色の瞳のキリッとした目鼻立ちの美女は…である。
元はアスカム子爵令嬢であったマルカは同じく子爵家のイェルガー子爵嫡男、グレン・イェルガーと婚約したのは6歳の頃。
…婚姻してからも二人の仲は良好。
イェルガー子爵家を継ぐ事が決まっているグレンは領地から離れられない…その間暇なので…と、マテリアル公爵邸こちらのチラシに応募したのが彼女だった…。
因みに、採用したのは5年前の…ロー某とアリアスフィアの離婚直後。
===================
有給有り・高給・週2日の休暇・1日8時間以上の勤務は無し、二部交代制でシフト制。時間外労働は別途手当て至急。雇用保険・社会保険の加入義務化。賄い有り、住み込みか通いかの選択の自由。
昇進・昇給有り、経験未経験どちらも可。
=================
なんと言う厚待遇…!
なんと言う好機チャンス…!!
…チラシには他にも既婚か未婚かの有無や、貴族か平民の可否の記載はなかった。…つまりは!実力主義。
「決められたこと」を「決められた手順」でキチンと行えるかどうか…そこを面接では重視されていた。
マルカは採用されたその日から月の半分を「住み込み」、夫であるグレン・イェルガーがだけ「通い」か有給休暇昇華を選択している。
夫であるグレンと二人ゆっくりとする…ああ、二人の間には4人の子供が居るので…、今顔を真っ赤にしている男達は──…その、だ。
同時期に採用・勤務しているか…昔から居る者は気付いているし、知っている。
…毎日の“朝礼”や定例会議で自己紹介して…新入り彼等聞いている筈…なのだが。
……ラッキースケベは男の心を惑わすものなのだろうか。
 「…新入りを揶揄からかうのはほどほどにね、マルカ」
 「はい」
にっこり笑ってサッと空のカップに紅茶をサーブするマルカは…今日はこの中庭のオープンテラス担当のようだ。
5つある白の丸テーブル、ワゴン。
中庭には他にも事務員や雑務をしていた者が休憩がてらに寛いだ姿が見える。
メインテラスのこの屋根がどこぞの神殿のような白亜の丸いカーブを描く屋根、柱は鳥籠のようだ。
吹き抜けで気持ちいい春の風が頬を流れていく…。

おしどり夫婦の二人の間に入って行ける男は…残念ながら今の所一人も居ないのだ。

 「…桜の花が見事だものね」
恋の季節だもの、とアルティナは呟いた。…新入りも必死なのだろう…。
まあ、職場内恋愛も職場内結婚も自由だが…仕事はしてほしいものだ。
マルカはメイド見習いからスタートして僅か1ヶ月でメイドチーフ──『5人もの後輩メイドに指示を出す係』──になって、今はメイドリーダー…『後輩メイドなら15人までなら同時に指示を出して自分の仕事を割り振っていい係』にまで出世した出来る女。
それが──マルカ。侍女長になるのも時間の問題だろう…と、使用人達の間でも、アルティナやアリアスフィアの間でも話に挙がっている。
 「お嬢様は…ああ、失礼致しました。第一王子殿下の婚約者でしたね…ですが殿下でないなら──どなたが好みなのでですか?」
 「ジャック様ね」
 「は?」
 「…まあ、6ジャック様が私は好みなのよ」
「……それは…将来寝取られる、と?母君、奥様から」
 「マルカ…少しは言葉を飾りなさいな。…まあ、当たらずも遠からず、かしらね?」
 「…??」
よくわかっていないマルカにアルティナは苦笑を浮かべ、紅茶を一口含み、嚥下する。
 「…ジャック様はあと6年後……か、凄くやさぐれるの…私はその頃のジャック様に逢ったことがあるのよ…とても渋くて格好良いの。陰があるお顔が…眼差しが…少しでも私を目に止めてくれたら──そう思ってならないのよ。…まあ、6年後、ジャック様が…そのようになるとは限らないのだけど…思うだけは自由だから。」
ギロチンの刑の執行人…あの時の、あの頃の──ジャック・スタンリーの姿が今も瞼の裏に媚びりついて…離れないのだ──アルティナは。

『この者…あー、えっと…エロウィ──じゃなかった、エドウィン・パルテノン・グレンガリア王太子の情婦──じゃない、愛人…でもない、えっ?これ…言うの?マジで?!…チッ、こんな仕事遣りたくねぇぞ。…文句を言うな?非番だったのに俺、急に呼ばれたんだぞ!?…あーもう面倒だ!つまり、浮気を咎められた王太子がキレての本日の斬首刑となりました…!!
──こほん。では執り行います』

…会話ですらない、の司会進行…。
“それだけ”──
を知れなかった、過去前世

一目惚れ──なのだろうか。

 「……?には寝取られない、と…。お嬢様は時々大胆な発言をなさいますね…私には無理です。」
 「貴女には言われたくないわよ、マルカ。」
 「…おや?」
 「おや、じゃないわよ。マルカ…」
明け透けにアルティナ雇用主をディスる、マルカメイドにアルティナは苦笑してまたカップを傾けたのだった…。
……。


王都近郊守備隊のいち兵士であったジャックはアリアスフィアとの婚約に伴い公爵領主館付領軍へと異動する事になった…。
スタンリー侯爵家。王国の財務を担当する家系を“たかが”と称せるジャックも…結構イイ性格をしている。
嫡男は領主であるスタンリー侯爵に着いて執務と領地経営を実地で学んでいるのだとか。
王国のを握るスタンリー家…。
王国の“胃袋”を掴むマテリアル公爵家の広大で肥沃な農耕地帯を持つマテリアル公爵領と縁を築けるなら──息子くらい喜んで差し出すだろう。
両家の話し合いは円満の内に成り初顔合わせから即日婚約。
…あと半年で結婚、まで成った。
その時にアリアスフィアとジャックの間に子が出来ても…
マテリアル公爵位は嫡女である、長女のアルティナが、アルティナの子が継ぐものである、と。
魔法仕掛けの“誓約書”を、契約書を結んだ。
破れば互いの者が死ぬ…と言った強力な魔法が掛けられた“誓約書”だ。

 『これで良いだろう。…まったく。お前と言う娘はこの年齢としになってまでも…手間を掛けさせる』
とは、アルティナの祖父であり、アリアスフィアの実父である──クリストファー・クワトロ子爵の言葉だ。
(※因みに彼が時に様々な功績で貰った貴族位は、公爵の他に伯爵位が一つに子爵位が二つと男爵位が四つである) 

 『…っ!えへへ♡ごめんなさい、お父様』
とても嬉しそうにテヘペロと可愛らしい仕草をする母にジャックと共にアルティナもまた大きく目を見開いた。
──ぇ、誰…この“映え”とか言いそうな……ギャルは。

 『…まったく……ん?アリア、“猫”が取れている…戻しなさい。二人が面食らっている』
 『……あ。ごめんなさい♡でも…私はこの方が楽なの。ティナティナともこうやって砕けた口調で話したかったなぁ~♡』
──ティナティナ…
 『ティナティナ…』
アルティナは立ったまま固まっていた。
 『…アリア、猫』
 『もーぉぅ!お父様パパは硬いんだからーっ!』
──パパ…
 『お父様パパ…』
アルティナと同じく突っ立ったまま固まっているのは…言わずもがな、ジャックである。
…キャハッ☆とかウインクされた。
淑女然としていた昨日までのあれこれが脳裏を過る…。

((良くをずっと隠せていた(わね)な──…!!?))

再婚相手ジャックアルティナの心境はは──完全に一致したのである。

 『あらあら…。面白い事になっているわね♪うふふ…っ♡流石は私のアリアですわ…♪♪』
と、祖母のクリスティナがほほほ…と穏やかに微笑んでいた。

 『…まったく。お前といいクリスといい…何とも奔放が過ぎる。もっと真面目にだな……』
……。いや、“ギャル化”した?母を放置し、マイペースな祖母を呆れも、どちらもどこ吹く風なマイペース差に……アルティナが硬直から起動する。
 『──はっ!?い、今…お母様と良く似た“パリピ”な女性を見たような…っ!?』
 『──はっ!?い、今…フィアと良く似た“ナウなヤングの都会女”が目の前に…っ!?』
※都会女=王都近郊に住む流行りに敏感な若い女性の総称。流行り言葉。
(因みにこの言葉が『流行り』だったのは…ジャックが王立学院に学生として通っていた頃の流行)

義理の父となり、アリアスフィアの再婚相手──…、夫となる男はアルティナと仲良く二人揃ってポカーンと大口を開けて固まっている雰囲気が…“親子”の雰囲気を醸し出していた。


……思わずと、アルティナは3日前の祖父母立ち会いの下、話し合い?顔合わせ?を果たしていた時の衝撃を思い出していた…。


  
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