上 下
1 / 7
序章:シャイナと言う娼婦の話。

寝耳に水のお貴族様の名を語る男

しおりを挟む
「シャイナ、公爵様がお待ちだ──いつまでもこんなところに居ないでこの手を取って下さい」

…いきなりやって来て何を言っている?

  「──えれ」

…自然と低い声になるのも無理はないだろう。

  「………はい?」

男は理解出来ないのか、すっとぼけたような声を漏らす…だが、知ったこっちゃない!

  「帰れ。欺瞞に塗れた蛆虫が!貴様にこの場所の何が分かる!?私が、私が…ここまで生きてこれた『居場所』を──貴様ごときが!!分かる訳ない、分かる訳ないんだ…ッッ!!!」
……。



娼婦に──…いや。
最初は母子二人隠れるようにして辺境の村で暮らしていたんだ…けど。
母は流行り病で帰らぬ人となった──そこにきての数百年に一度…の頻度で起こる日照りによる、飢饉。
少女──“シャイナ”は口減らしと幾ばくかの食料と水と引き換えに…女衒の男に預けられた。
…この時、シャイナ6歳。
いやはや、人生何が起きるかわからないなーと孤児となったシャイナは思ったものだ。

……そこから女衒ぜげんの男を養父として引き取られ、娼館『華桜かおう』の見習いとして下働きの侍女として読み書き計算、社会通念や法なんかは母が博識だったのか…申し分ないほどに教えられた為に…座学のほとんどは“侍女”としての知識だったり、実地で学んだ。
この世界──“ラタトリア”は剣と魔法とファンタジー世界。
人間もいれば、エルフもドワーフも精霊も妖精もいるし、“神様”も居たりする──そんな世界。
なんと!そんな世界に私シャイナは──シングルマザーの母ダリアの元に産まれ育てられた。
流行り病で亡くなる直前まで貧しいながらも愛情を注いでくれたお人だ。

…燃えるような深紅の髪にキリッとした釣り上がった目元、蒼の瞳…は唯一私の中に残された父の証。
…母ダリアは事の他、父の事は一切口にしなかった。
“いい”とも“悪い”とも言わず──ただ、身分違いの恋をしてしまった…とだけ言って寂しそうに微笑んだだけが──今でも胸に残っている。

まあ、それは置いといて。

──この無礼な男をどうしようか。

 「…番頭さん、、『丁重に』ご案内差し上げて」

訳:塩でも撒いて追い出して!二度とこの男が私の前に姿を見せないように面会謝絶して!!

…と言う最大限の拒絶だ。

 「──はっ!お嬢の言うとおりに。」
 「お、おい…っ!?話はまだ──」
 「……。」
にっこり。
口は笑みの形、瞳は一切微笑まず…冷めたもの。
絶対零度とはこの事である。
さる貴族(=公爵様)の代理とやらは『迷惑な酔っ払い』のように華桜の外へと追い出されて行った…。

ガチャンッ、と閉め切った重い鉄扉は内側から厳重に鍵を掛けられ、閂までされる始末…御愁傷様。
因みにこの鍵は手動アナログの鍵と魔法的外因の“魔法錠”の双方で閉じられている。
…因みに発案者はシャイナだ。
彼女が“侍女だった”時に手習いで習った魔法で掛けてみたのがきっかけ。
…今では娼館全体に結界が張られ、悪意ある者を弾いている。
…だから、普通に『利用者常連客』は入って来れる。
娼館は「春」を売る場所──偽りの恋に花を咲かせる場所。
断じてあの男のように激昂する場所ではない。
“こんなところ”──あの男が言った言葉には確かな侮蔑があった、嘲りがあった。
だから──嫌だったのだ。
もう一分一秒とも耳障りな言葉は聞きたくない。
まるで…私が不幸かのような──いや、片親で娼館に売られたなら…まあ、確かに?『不幸』ではあるのだろう。──世間一般的には。

 「…今では『華桜ここ』は私の居場所なんだよ…なのにっ!何も知らない癖に…ッッ!!勝手な事ばかり……ッッ!!」

憤懣遣る方ない、と拳を握ってギリギリと奥歯を噛み締める此処は…シャイナ用に用意された私室だ。
解放感のある広々としたリビング、閉じられたドアの向こうは寝室と浴室、書斎や作業部屋までそれぞれ独立してある。
私室であり、プライベート空間であり──誰も入って来ない個人部屋。
与えられるのは店の人気上位3名のみ。
4位以下は二人部屋、10位以下は四人部屋で…20位~30位までは大部屋(10人くらい一度に寝れるくらいの)だ。
そんな彼女達も…「仕事部屋」と「寝室」はきちんと別に分かれている。
その場所は…外からやって来る「客」としか行けない部屋──。

…時計を見上げると『お仕事』の時間だ。
忌々しい男の事は一端脇に置いて。

化粧室パウダールームへ化粧を直しに向かい、改めて衣装に乱れがないか…、と鏡の前確認した。

 「…よしっ!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...