無自覚な少女は、今日も華麗に周りを振り回す。

ユズ

文字の大きさ
上 下
4 / 55
前とは違う、新しい人生

人生とは、楽しむためにある。

しおりを挟む
「人生を楽しむということは大切だ」と、語っている名言はそう少なくない。

人生は楽しむべきだ。と、佐藤さんもよく口にしていた。

けれど、今の私はどうだろう。
私の今の状態を見たら、名言を考えた人たちは泣いてしまうんじゃないか。

私がこの世界での人生を歩み始めて2ヶ月が経った。
元の世界に戻る気配がないし、どういう原理かはわからないけれど、やっぱり私は転生したみたいだった。

少しだけ気にかかるのは、この世界で私がアイシャーナ・ウィステリアと名付けられたことと、今の私の母と父が、成長した私14歳の愛菜に顔立ちがそっくりだったということ。

「アイシャーナ」という名前は、「シャー」の部分を除けばアイナになる。
これは単なる偶然じゃないはず。

なら、私が愛菜という名前だからアイシャーナに転生したのか。

もしくは、私は元々本当のアイシャーナで、愛菜という名前は日本で生きるための仮の名前だったのか。
だとしたら、捨てられていた私と一緒にあったあの手紙の書き主は、一体何者なのか。

そして、今の私の母と父が私の顔立ちとそっくりだということは、後者の可能性が高い。
2人と私には、元から血の繋がりがあったということだから。

あーもう無理! 情報が少なすぎる!

これ以上考えれば頭が疲れるだけだ。
とりあえずこの話は置いといて、最初の話に戻ろう。

今の私は、それはもう疲弊ひへいしきっている。

ようやく視界がはっきりしてきて、普通ならば喜んでいたところだろう。
残念ながら、今の私はとてもじゃないけど喜べる気分じゃないが。

原因は大まかに言って3つある。

1つ目の原因は、今の私が赤ちゃんだということ。

まず、私はこの世界に来て、体力づくりと滑舌改善に励んだ。早めにしておいて損はないと考えたからだ。

―結果、少しハイハイが出来るようになり、少しだけ簡単な言葉は話せるようになった。

…お陰で体の全身が痛いけどね。

けれど、生後二ヶ月の赤ちゃんがハイハイが出来て喋るという光景は、当然大人たちにとって異様だったらしい。

そのせいなのか、私はここ最近毎日「天才」だと言われ、崇められている。

毎日崇められて頭が痛くなった私は、平和な未来のためにも「これからはちゃんと赤ちゃんらしくしていよう」と、心の中で誓った。

2つ目の原因は、私が公爵令嬢であること。

日本で普通の女の子だった私は全く、丁寧にお世話されることに慣れていない。

一日中私のそばにはメイドと騎士たちがいて、食事に関しては、赤ちゃん用の食べ物とは思えないくらい美味しいけれど、豪華すぎる。

おまけに、私がなにか行動を起こすたびに褒められる始末。

流石の図太い私でも緊張して、せっかくの美味しい食べ物だったのに最初の頃はあまり味がせず、最近になってようやく味わえるようになってきたところだ。

そして私が疲れている3つ目の原因は、私の家族にある。

私の家族のウィステリア家は、私をあわせて4人家族だ。両親2人と兄が一人いる。

私の父親のクリストファー・ウィステリアは、このライオール王国唯一の公爵だ。
だから忙しいはずなのだけど、ほぼ毎日、それも1-2時間ほど私のところに訪ねてきている。

そして時々執務室に同行させられ、いつも私の父は私を膝に載せながら、ごきげんな様子で仕事をしている。

理由は明白だった。

気づかないほうがすごい。
やっぱり、「変な人」だという私の父への初印象は間違っていなかった。

この父は、私を溺愛しているのだ。正確に言えば、愛する妻との間に出来た娘の私を、だけど。

さらに不思議なことに、私を溺愛しているのは父だけではなくて、母と兄もだった。

母は私に乳母がいるのにもかかわらず私の世話をしたがるし、兄も毎日おもちゃやらを持参して訪ねてくる。
2人とも公爵ほどではないにしろ、あまり暇がないはずなのに、だ。

慣れていない家族からの愛を受けて、私は疲労の毎日を過ごしている。

「はぁ、可愛い、うちの天使が今日も可愛すぎる…」

こちらを見ている父は頬杖をつきながら、そうつぶやく。

いつもは目がぼやけていたから気づかなかったけど、私を見るお父様のの表情って、これほどまでにデレデレだったんだね…

今は、家族4人揃って朝食をとっている。

そして私はというと、母に抱えられながらご飯を食べさせてもらっている真っ最中だ。

本当は私にご飯を食べさせるのは使用人の仕事なのだけれど、もうすでに三ヶ月後までの
「アイシャーナにご飯を食べさせる順番」を皆で決めていたから、今更の話であった。

「何を言うのです、クリス。アイシャが可愛いなんて、当たり前でしょう」

と、母のアナベルが言う。

ちなみにクリスというのは父、クリストファーの愛称で、アイシャは私の愛称だ。

私は母が私にご飯を食べさせる手を止めていたから、母の着ているドレスの裾を
くい、と引っ張った。

「まっま。うああべあいっ。」
(ママ、ご飯食べたい)

私は今、とてもお腹がすいていたのだ。

すると母は私が言いたいことがわかったらしく、
「まぁ!ごめんなさいね、アイシャ」
と言い私の頭を左手で撫でると、すぐさま右手で持っていたスプーンを私の口元に運んだ。

「…母上、僕ならアイシャにご飯を食べさせる手を止めることはありません。」
と、今まで静かだった兄のレイモンドが口を挟んだ。

今まですねていたのだ。私にご飯を食べさせたくて。

「…あぅ」

無意識に声が漏れてしまったのは、仕方ないと思う。

うーん…ウィステリアの血筋は赤ちゃん好きが多いのかな?

そう考えていると、いつの間にか3人が私の可愛さについて熱烈に討論していて、
私はその恥ずかしい討論を終わらせるために寝たフリをしたのだった。

その後、今度は「寝たアイシャも可愛らしい」、という話になり、討論はしばらく続いていたのだけれど、
フリのはずが本当に寝てしまった私は知らなかった。

人生とは、楽しむためにあるはずなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...