風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)

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19.不良生徒は羞恥に固まる

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 巨大スクリーンに映し出される可憐な容姿の中央に、観衆は釘付けであった為、
あの放送委員の判断は間違っていなかったのだろう。
『このままで終わってたまるか!』
 画面の中で大きな目をキリッとさせて立ち上がる中央も、それは健気で可愛かったが、見ている者ははてと首を傾げた。
『いや、もう終わってるんですけどね、中央君は』
 視界の右佐美の声が届くはずも無く、再び走り出した中央を、放送委員は慌てて追う。
『何をするつもりでしょうか?』
『さぁ。とりあえず、彼はルールをよく聞いていなかったみたいですね』
 上総の言葉通り、中央は縦野と幹春のいる2階渡り廊下までたどり着き、そして案の定乱入…しようとして転んだ。何だコントか。
 既に縦野が脱落したアナウンスも流れたはずな事もあり、ただの茶番にしか見えなかったが、2年を代表するイケメン縦野に抱き留められる美少年、という図はなかなか講堂内を沸かせた。
 あと1人は捕まっても捕まらなくても、十分盛り上がった。そう誰もが思った瞬間、突然3人の絶叫が響き渡る事となった。

『『『えええぇぇぇぇぇ!!!????ガシャンッ』』』

『は?』
「え、なに?」


 そして突然の暗転。
 スイッチャーをしている放送委員により、すぐに画面が切り替わったが、そこに映し出されたのは手摺りの一部が欠けた渡り廊下と、呆然と立ち尽くす風紀委員3人の後ろ姿だった。

『え!?何!?一体何が起こったんだ!!?』
 慌てる右佐美の問いに、画面のカメラを持つ放送委員の声が響く。
『す、すいません、僕もいまさっき着いたばかりで…っ』
『ああああすみません!!カメラ壊しちゃいましたああああああ!!!』 
2階の幹春達を映していた放送委員のカメラは、どうやら落として故障されたらしい。しかしインカムがあるだろう、説明しろと指示を出す。

『そ、それが、長谷が、落ちてき『凜太郎―――――――!!!!』』
 放送委員の声を遮る様に、中央の声がこだまする。
『は!?落ちた!?大丈夫なのか!!?』
『そこ渡り廊下だろ?2階で上から落ちて来るって事は、立ち入り禁止の渡り廊下に入ったのか!』
『すみませんすみません、た、多分…っ』
 右佐美たちの詰問と、混乱する放送委員の声に、講堂内がザワザワとざわつき始めた。
同時に、静観していた生徒会も教師陣も立ち上がる。

『落ち着いて!状況を教えろ!
 あと1階にいる放送委員、広報委員は確認を!』
 右佐美の指示が飛ぶ中、放送委員の困惑しきった声が返ってきた。

『そ、それが、長谷が落ちて来るのが見えて、その、風紀委員長が、と、飛びました…』
『『は?』』

『1階放送委員です!画面切り替えてください!!』
 右佐美と上総の間の抜けた声と講堂内の人間の心が同化したと思ったら、再び他の放送委員からの声が響き、それを受けてスクリーンの画面を切り替えられた。

 暗い校舎の方から、ゆっくりと現れるシルエット。
 長身の姿に、何か持っている。

『え』
『うわ…』

 画面の向こうから聞こえる声に、風紀委員副委員長の日下部の声も混じる事から、ここは正面玄関近くなのだろう。

 そしてようやく光を受けて、詳細まで映し出された姿に、全員が一瞬息をのんだ。

『無事でした!長谷君も東海林委員長も無事です!!

 長谷君は東海林委員長に、お姫様抱っこされてます!!!!』

 そう、学園の荒くれ者。一匹狼と呼ばれる赤髪で強面でガタイも良い長谷凜太郎は、幹春の腕に柔らかく抱かれ、髪どころか顔まで真っ赤に染まって固まっていたが元気そうであった。

「しにたい…」
 本人の精神はともかく。
「腰が抜けて歩けなかったんだから、仕方ないだろう」
 自分よりも少し身長が低い1年上の先輩、にっくき相手だった幹春に淡々と答えられ、そういう事じゃ無いと言い返したいが、そんな元気も無い。これが全校生徒に見られているのだ。羞恥で人は死ねる。長谷は冗談抜きでそう思った。
「せめて他の運び方とか…」
「見えない箇所を負傷してる可能性もある。この運び方が一番体に負担が無いだろ」
 一方の幹春は、全く意に介さず、そして自分よりもガタイの良い相手を負担にも思わず、軽い足取りで正面玄関に集まる生徒達の元へと歩く。
 悔しい事に、幹春の腕は微動だにせず、寄せられた肌の温かさは妙な安心感がある上に、ちょっと何か良い匂いもして、それがまた長谷の精神を削り取った。


 手摺りが折れ、宙に投げ出されたあの時、思考は完全に停止したものの時間の流れは遅く、ただ恐怖に体を固まらせた長谷。しかしその体は地面に叩きつけられる前に、空中で“何か”にぶつかる様に受け止められ、そのままその“何か”に包まれて茂みに落ちた。
 思っていた衝撃は無く、どこも痛みはしなかったが、何せ3階から落ちたのだ。無事と分かっても、長谷の体の硬直は解けなかった。
 そして長谷を空中で抱き留め、そのまま衝撃を殺して茂みに自分の体をクッションに着地した“何か”、東海林幹春は少し乱れた髪を掻き上げ、印象的な切れ長の瞳で長谷を覗き込み、「ケガは無いか?」と聞いたのだった。

 今思い出しても、この状況(お姫様抱っこ)を含め、訳が分からない、理解を脳が拒否をする長谷をよそに、周囲は盛り上がっていた。
 そして流れるアナウンス。

『2-B 長谷凜太郎 アウト
 これにて、【逃げ手】全員が脱落の為、【新入生歓迎鬼ごっこ】を終了します』

 長谷を抱く幹春の手には、しっかりと、長谷のハチマキが握られていた。



◇◇◇◇◇

『いや~~最後はどうなるかと思いましたが、無事に終わって良かったですね、かずっち!!』
『そうだねぇ、立ち入り禁止だっつってんのに入るバカがいるとは思わなかったけど、まぁ無事で良かった』
『辛辣!まぁ長谷君は立ち入り禁止区域に入った時点で失格なんですが、東海林委員長はしっかりハチマキも取っていたから、これは風紀の完全勝利となりましたね』
『ミッキー意外と負けず嫌いだからね』
 撤収してきた生徒が講堂に集まるのを待っている間、興奮冷めやらぬ観衆を見つつ、右佐美と上総のトークが流れる。

『東海林委員長は本当に大活躍でしたね。
 最後の長谷君の救出も、どうやったのか後でちゃんとインタビューしたいですね!』
 聞いた所で理解出来るとは思わない上総は、右佐美の言葉にハハハと乾いた笑いを返した。
 そろそろゾロゾロと1年生達が戻って来て、講堂内がそちらに意識を向けている隙を見計らい、右佐美はマイクの電源を切り、小声で上総に話しかけた。

「で、本当のとこ、かずっちってどうなの?」
「どうって、何が?」
 好奇心を隠そうともしない右佐美の目に、嫌な予感もしつつ、上総が何事も無い様に聞き返した。
「いやだって、あのミキティのだよ?素顔も素の性格も2年以上かずっちだけが知ってた訳でしょ?それって、誰にも知られたくなかったんじゃないの?」
「いや別に?俺はずっとミッキーにはもっと素を出せって言ってたよ?
 今回の格好だって俺プロデュースじゃないか」
 そうなんだけどー、と右佐美は口を尖らせる。
 右佐美が言いたい事は、何となく分かる。
 なぜなら上総も、腐っているから。

「俺とミッキーは、そういうんじゃねーよ。
 俺腐ってるけど、普通に女の子好きだし」
「いや、そこはほら、『好きになったのはお前だけ』的な…」
「それ薄い本で100回は読んだ。違うっての。純粋な友情」
「え~、あのミキティがずっと傍にいて、ご飯作ってくれて、頼ってきて、グラッと来る事の10回や500回はあったでしょ」
「桁が多い!
 無いし、あったとしても、それは自分にだけ素を見せてもらえるっている、自尊心とかが擽られてるだけで、恋愛じゃないだろ」
「ちぇー、つまんねーの」
「俺、腐男子カプノーサンキューだし、ノーマルだもん」
 
 そこまで話したところで、会場内がワッと再び盛り上がった。
 視線を向けると、入り口に黒い集団…風紀委員が固まって入って来たのが見えた。

 生で見る黒服軍団に畏怖の視線はあるものの、それと同じ位、素顔で肌を晒す幹春に視線が集まるのが、壇上からでも分かった。

(ほら見ろ、素のミッキーはすごいんだ。もっともっと、皆にミッキーの魅力を知らしめたい)
 恋なら、独り占めしたくなるだろう。
 だから違う。
 そう思って上総は笑顔で幹春達が壇上に来るのを見守った。
 勝者である風紀委員は、この後壇上で表彰され、捕獲数1位の幹春は報酬を貰う。
あの愉快な親友が欲しがる物は何か、上総には想像がつかないが、きっと面白い結果になる。
 これからの学園生活もだ。
 幹春がやっと少しでも素が出せたのだ。残りの学園生活を、思い切り一緒に楽しみたい。
そんな思いで幹春に再び視線をやると、幹春も上総を見ていた。
 改めて、我がセットながら素晴らしい出来である。
幹春は自分の目付きが悪いと言っていたが、すこしツリ目気味の切れ長な黒い瞳は、理知的で威圧感がないと言えば嘘になるが、だからこそ魅力的であり、怖いとは思わない。
 そのクールな顔立ちの幹春が、上総と目が合った瞬間、パッと子供の様な華やいだ笑顔になった。
「え」
「…っ!」
「っ!!」
 上総の下の名前を、喜色を隠そうともしない声で呼んだ幹春は、更に子供っぽく笑い、上総に向かって思いっきりVサインをして見せた。
「やってやったぜ!」そう言いた気なその得意げな笑顔は、上総1人だけに注がれた。
 そう自覚した途端、上総の心臓が大きく高鳴った。

「これも、友情?」
「友情、だ、ろ」
 横で余波を食らった右佐美がニヨニヨしつつ聞いてくるが、“自分だけに向けられた笑顔”に自尊心が擽られているだけに、変わりは無い。

 上総は再び、自分にそう言い聞かせた。


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