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12.風紀副委員長は信頼を乞う

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 その日の放課後、風紀委員室にやって来た幹春を見て、日下部は軽く目を瞠った。
「昨日結局働いてしまったから、今日休んでくださいって言いませんでしたっけ?」
「そういう訳にもいかないだろう。それにこれをお前に渡したかった」
 そう、昨日のいざこざがあったものの、仕事が減った訳では無い。
加えて幹春は、早い所中央のシャツを片付けたかった。
「私に?これは…」
「昨日の中央のシャツだ。ちゃんと洗濯してアイロンしてボタンも付けてある」
 ご丁寧に不透明の袋にキッチリと畳まれて入れられていたシャツを取り出し、日下部がしげしげと眺めている。
「貴方がしたんですか?」
「あぁ…いや、ちがう。寮監さんに言ったらしてくれた」
 肯定しかけた所で、もしかしたら普通の男子高生はしないのかも!?という疑心暗鬼で思わず否定した。実際は幹春が中央の、という部分に日下部は驚いたのだが、否定をしたがる幹春の目(クソダサ眼鏡)を見つめ、特に何も言わず受け取った。
「これを私から返せば良いんですか?…貴方からでは…」
「学校内の雰囲気からして、アレと俺は対立状態の様だし、俺からだと受け取らないかもしれないだろう?」
「…これも私を頼ったとみなすべきか…」
「日下部?」
「いいえ、何でも。分かりました。
 それで今日も働くなら、東校舎3階の渡り廊下の手すりに破損が見られるという報告が入ってましたので、一緒に確認に行ってもらえませんか?」
「分かった。報告書類はあるか?」
「はい。それと美化委員の上総もついでに呼んでおきました。手間が省ける」

 校内の秩序管理の為、日夜見回りを欠かさない風紀委員だからこそ、こういった建物の破損や設備の不備にもいち早く気付ける。
そして設備関連を管理しているのが、上総率いる美化委員の為、破損報告などは美化委員に回される。

「そんな人をついで扱いして…」
 その後すぐに件の渡り廊下で合流した上総が苦笑するも、美貌の風紀副委員長は微笑みながらも一蹴した。
「オリエンテーションにおける美化委員の仕事は、大体行事終了後で今は暇でしょう?
 効率的に働いてください」
「日下部はいつも無駄が無いからな」
 幹春の感心したような一言に、日下部の微笑みが一瞬止まる。
「…私の仕事に無駄が無いと…いつも思ってたんですか?」
「え、あ、あぁ。あとでやらなければと思った事は、大概いつの間にか済ませてくれてるし、仕事が早いなと…思ってたんだけど…」
 何かまずかっただろうかと内心オロオロしつつも答えると、日下部は真顔で数秒幹春を見つめた後、フイッと顔を逸らして破損報告を上総にし始めた。
その様子を楽しく眺めつつ、上総も手摺り点検を始める。

「ん~、こりゃ中が錆びてるな。すぐに業者に連絡するけど、オリエンテーションには間に合わないだろうな」
「3日後ですからね」
「オリエンテーション時は、ここの渡り廊下は使用禁止にしてもらうか」
「そうだねぇ、西校舎と東校舎を結ぶ渡り廊下は、各階にあるから、この階が使えなくてもまぁ大丈夫だろ」
 3人で頷き合い、必要事項を書類に書きこんで行く。
 風紀は報告確認で仕事はもう終わりなので、あとは美化委員長の上総の方から業者への連絡、学校への報告、それから生徒会、広報委員会へ3階渡り廊下の使用禁止を示唆して…
「超めんどい。生徒会へはミッキー頼んで良い?」
「美化委員は1人じゃないでしょう。手分けしてやれば良いでしょう」
 幹春が答える前に、日下部が即座に却下を下した。
 上総としては、幹春と生徒会メンバーがもっと絡んでほしいという企みがあったが、日下部のこの嫉妬顔だけでも十分美味いですありがとうございます状態だ。

「あ!日下部さんっ!!」
 さて仕事もひと段落ついたし、一度風紀委員室に戻るかと思った所で、幹春の一番聞きたくない声が聞こえてきた。
 振り向きたくはないが、声の主はお構いなしに幹春…正確には幹春の隣にいた日下部の元に駆け寄ってきた。
「中央君」
「こんな所で何してるんです?」
「風紀委員の仕事ですよ」
 日下部の答えに、中央が首を傾げた。

「風紀委員って普段仕事なんてあるんですか?」

 ピキッ

 その場の空気が一瞬凍った。
 が、中央は気付かず言葉を止めない。
「クラスの奴らも言ってたけど、風紀って普段は特に何もしてないし、行事事でも何もやってないのに、問題が起こると出て来て、やたらえらそうにしてるんでしょ?俺そういうのどうかと思うな」
「………」
「あっ!もちろん日下部さんがえらそうとかは思ってないぜ!?
 日下部さんは優しくて綺麗だもんな!」
「…クラスの人の、何人くらいがそういう話をしてたんです?」
 日下部が笑顔のまま、静かに問いかける。いつもの優しい口調…に見せかけてその声に温度は無い。
「何人って言うか、ほとんどの奴らが言ってた。
 でも俺ちゃんと日下部さん優しくて良い人だって言っておいたから!」
 
 風紀委員は、学内の委員会の中でもかなり多忙な分類に入る。
 日常的に校内巡査をし、トラブルを未然に防ぎ、それでも何か起きた時は即座に駆け付け対応をする。また、イベント時も校内警備を実地しており、人前で脚光を浴びる事は無いが、一番仕事が多いと言っても良い位だ。

「…っ」
 ギリ、と奥歯を噛みしめる力が増すのが分かった。
 幹春は別に、人から褒められたいとか、認められたいと思っている訳では無い。
 ただ1年時から無理やりとは言え風紀委員会入りし、ずっと真面目に仕事をしてきた先輩後輩を見てきた。だから風紀委員がそういう風に思われているなんて、夢にも思わなかった。
 2年の中央がこう言うという事は、今年入学したばかりの1年生達もほぼ同じ認識であろう。

(俺に原因が…あるんだろうか)

 幹春は自分の特異性を隠して周囲に溶け込む為、一際真面目にひっそりと仕事をしてきた。
 思えば2年前、幹春を風紀委員会に引きずり込んだ元委員長は、それはもう色んな意味で派手な人だった。
 そして去年の委員長も、周囲から恐れられる立派な体躯で強面な人だった。

 今こうして、風紀委員が舐められているという事は、どう考えても委員長である自分の責任であろう。
 風紀の仕事は裏方が多い。
 それでいて執務行使権を持っている為、生徒から疎まれやすい事も承知している。
 それを補う為に、『風紀委員の正しさ』を示さなければいけない。言い方を変えれば『風紀に逆らったらやべぇ感』だ。
 幹春の風紀委員会には、それが絶対的に欠けていた事を、今こうしてまざまざと見せつけられた。

(でも、だからって風紀委員はいつも真面目に仕事をしているのに…)

 幹春の中に、グルグルと渦巻く感情などつゆ知らず、中央が日下部の手にある手提げ袋に目を止めた。
「それ何ですか?」
「あぁ、ちょうど貴方に渡そうと思ってんだんですよ」
 そう言って差し出された袋を、日下部は嬉しそうに開けて、首を傾げた。
「あれ?これって…」
「貴方のシャツです。ちゃんと洗濯してボタンも直してありますよ」
「ええっ!?日下部さんが直してくれたんですか!?」
「いえ、私ではありません」
「なんだぁ。あ、でもいりません。
 シャツの替えならあいつ等に弁償させたし」
「…そうですか」
 上総の言う通り、中央は既に新しいシャツを入手していたらしい。日下部もそれ以上追及はせずに、素直に袋を受け取った。

「あれ?そっちの人、こないだ弁当くれなかったイケメンだ!」
「ハハハ、相変わらず礼儀がなってないなぁ」
 ようやく上総の存在に気付いた中央が、思い切り指差した。
「えーと、えーと、何だっけ…かず…かずぅ~…」
「美化委員長の上総おさむだ」
「そう!かずさ!
 え!?かずさって名前じゃなかったんだ!」
「よく言われる」
 実際よく勘違いされる上総は、特に気にした風も無く頷いたが、中央の驚きは別の所にあったらしい。
「えっ!?七三風紀をミッキーとか親しげに呼んでんのに、自分は名字で呼ばれてんだ。え、めっちゃ壁無い?実は仲良くないの?」
 とつぜん『七三風紀』呼ばわりで話に巻き込まれた幹春は驚いた。
 上総と幹春は仲が良い。毎日一緒に過ごしてるし、1年の時から一緒だしで、超仲良しのはずだ。
 しかし日下部に「別に仲良くは無い」と言われた事もあり、一瞬動揺が生じた。

「超仲良しだわ。余計なお世話」

 あっさりと答えてくれた上総に、心の底から安堵した幹久だった。
「ええ?でもあだ名は無くても、せめて名前でしょう」
「関係無いだろ。別に俺はどう呼ばれようが気にならないし」
「え~?名前やあだ名で呼び合うって、親しさが倍増すると思うけどな」

(そうなのか!!?)

 中央の言葉に、幹春は素早く反応した。
 確かに、右佐美からあだ名で呼ばれた時は更に親しくなれた感があって嬉しかった。
(俺も上総を名前で呼んだ方が良いんだろうか?
いやでも今更急に名前呼びとか何か恥ずかしいな…。てゆーかどのタイミングで言えば良いんだ?)
「東海林?そろそろ教室に戻りませんか?」
またしてもグルグル悩み始めた幹春は、日下部の声に我に返った。

そうだ、今は名前なんかよりも大事な事があった。
どうすれば風紀の威厳を取り戻せるか。頑張ってくれている他の委員達の為にも、それが重要事項だ。

それにはやっぱり、人前で風紀の力を見せつけるのが一番だろう。

(あ…)

 ふと、幹春の頭にある1つのアイデアが浮かんだ。
(いやでもそれは…)
 考え込む幹春を日下部がジッと見ている。
 それを上総がニヨニヨ見ている。


 渡り廊下で中央と別れ、風紀委員室と生徒会室のある棟へと移動している間も、幹春は思案していた。

「東海林」

 声を掛けられて振り向くと、少し離れた場所で立ち止まっている日下部が、夕日に照らされていた。
「何だ?」
「もっと私を、頼りなさい」
「え?」

 紡がれた言葉に、幹春は瞠目した。
 日下部を頼ってない時なんて、ほぼ無い。いつだって賢く効率的で社交的な日下部は幹春の頼りだった。

「考えている事があるのでしょう?
 私には言えない事ですか?」
「いや…言えない訳じゃないけど…」
 仕事のこと以外で、こんなに押しが強い日下部は初めてで、幹春の声が戸惑いに震える。
「じゃあ言いなさい」

 真っ直ぐに見つめられ、幹春のぐるぐるとした思考が、ピタリと止まった。



◇◇◇◇◇◇


「新北!話がある」
 勢い良く生徒会室に乱入してきた風紀委員長と副委員長に、新北始め生徒会面々の眉が顰められる。

「何だ騒々しい」
 それに構う事無くツカツカと真っ直ぐに生徒会長執務机の前に歩み寄った幹春は、椅子に座る新北を見下ろして口を開いた。

「風紀も新入生オリエンテーションに参加するぞ」

「今更何を…。警備の手筈はもう済んでいます」
 不快感をあらわにする西条に対し、幹春の斜め後ろに従っていた日下部が、迫力の増した美麗な笑みを向けた。
「警備ではありません」
「警備じゃない…?じゃあ何に…」

 バンッ!と勢い良く幹春の手が執務室を叩く。もちろん幹春的には手加減はしたが、十分な音が注目を集めた。


「風紀は、『新入生歓迎鬼ごっこ』の

 鬼として参加を表明する」



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