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01.乙女ゲーム…とは?

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 白い世界から意識が浮上する。

 眩しさに開けかけた目を一度閉じて、数度瞬きをしてからまた開けた。
最初に見えたのは、見た事も無い様な複雑な形の照明だった。
こんな形の照明、家にあったかな。いや、そもそもウチの天井こんなに広くないし。
どこだ?会社……?はこんな煌びやかじゃないな。

…………ホントどこだ!?


 そこでガバリと体を起こして、辺りを見回す。
 10畳はあるであろう部屋は、柔らかそうな白い絨毯を敷かれ、大きめの窓にはレースのカーテンが付いている。
そして俺が起き上がった場所は、ダブルサイズのやわらかいベッド。
シーツもサラサラと手触りの良く上質な事が伺える。

 本当にどこだ?
ホテルにしても高級すぎる。こんな高級ホテルに泊まる金など、俺は持ち合わせていない。
 ひとまずベッドから出ようと、布団を剥いで床に降りる。
ベッドは結構な高さで、裸足のつま先を伸ばして着地すると、思った通りの柔らかさで絨毯に迎えられた。
 立って見渡すもやはり見覚えの無い場所で、窓から見える景色も見覚えが無い。
 部屋の中には、タンス……と言うには高級すぎる……チェストか?
それにこれまた装飾の付いた高そうな鏡台…ではなくドレッサーがあるだけだ。
その奥に扉が見えて、ひとまずそこから出てみようと、ドレッサーの前を通ろうとした。
 
  その時。
 
「…………え?」
 
 口から出たのは高く可愛らしい声。
 そして、ドレッサーの鏡に映ったのは……縦ロールの金髪美少女。


 誰?


 コンコン、ガチャ

「失礼します」
 その時、静かなノックと声で扉が開いた。
 入ってきたのは、黒いブラウスとスカートの上に、白いエプロンを着た……メイドさん?
 うん、どう見てもメイドさんだな。しかもメイド喫茶とかアイドルのコスプレとかではなく、ロングスカートで中世ヨーロッパとかにいそうな正統派メイド衣装だ。
 肩より少し上の黒茶の髪の20代中盤位のメイドさんは、目がクリッとして可愛らしかった。
「お嬢様!お目覚めになられたのですね!
 もう起きられて大丈夫なのですか!?」
 
 おじょうさま?
 
 キョトンとする俺に、メイドさんは痛ましそうな顔をして俺の肩にそっと手を置いてベッドへ誘った。

「事故の衝撃で、少し記憶が飛んでいるのかもしれませんね。もう少しお休みください」
「事故?」

 あ、何か思い出してきた。
 そうだ、確か俺は会社帰りに駅の階段で足を踏み外して…………

「学校の階段を落ちられたのですよ」
「学校?」
「はい、頭を打たれていて、すぐに病院に運ばれて精密検査を受けられ、異常はないという診断だったのですが、その後もお嬢様は目を覚まされず……」
 
 オーケー、ちょっと情報を整理しよう。


 俺の名前は、|上村育人(うえむらいくと)。25歳。男。
 9歳下に妹が1人。名前は|未生(みお)。生意気盛りの高校一年生だ。
 父親が早くに亡くなり、その上友人の借金の肩代わりをしていた事が判明し、おまけに両親の両親とも既に亡くなっており頼る身内もいなかった。
と言っても母は看護師をしていたので、収入はある程度安定しており、生活費だけなら何とかなったのだ。

 ただ父の借金が生命保険だけでは払い切れず、その分は節約と俺のバイト代で賄っていたので、なかなか苦労をした。まぁ若い頃の苦労は買ってでもしろと言うからな。
そう思うと父の残した借金は、俺を強く育てるための苦労代だったのだろう。
 おかげでお金の大切さや人との繋がりを学べたし、母がどうしても大学は出てくれと言うので入った国立大でも、勉強とバイトの両立で体力も付き、おまけにその時のバイト先の1つの会社に気に入られ、就職難でもスルッと安定した会社に就職出来た。
 
 大学時代に頑張ったバイトのおかげで、どうにか父の借金も払い終え、俺は就職の為一人暮らしを始めた。
給料から実家への仕送りとは別に、妹の進学費用と結婚費用をこっそり貯めていた。
 
そんな矢先、仕事を終え帰宅しようと電車に乗り、アパートのある駅構内で酔っ払いの男性がフラフラ歩いているのを見た。
危ないなぁと思いつつも、帰りにスーパーの見切り品を買う事を優先した俺は、そのまま通り過ぎ階段を降りようとして……酔っ払い男性がその背中に倒れこんできた。

 う―――ん。あの駅の階段って段数なかなかあったしな。
 これ多分死んだな!
 
 ……………まっ、しゃーない!
 
 妹の花嫁姿が見られなかったのは残念だが、このご時世結婚するとも限らないしな。
 酔っ払いの人に関しても、俺が手を貸していれば良かったんだ。これは不幸な事故だ。
 
 ちゃんと生命保険の受取人は母にしていたし、もう借金も無いし、妹の為に積み立てていた貯金もある。生活に困窮する事は無いだろう。
 どうしても短命な血は俺に出たと思って、妹には是非幸せに長生きして欲しいものだ。以上。


 で、今この状況の方だ。

・どう見ても高級な部屋
・見覚えの無い景色
・金髪縦ロール美少女の俺
・俺を「お嬢様」と呼ぶメイドさん
・学校の階段から落ちたお嬢様

 こっちの方が断然難問だ。
 とりあえず分けて考えると、この体の女の子はお金持ちのお嬢様で、学校の階段から落ちて気を失い、病院に行った後部屋に運ばれ、今目覚めたと。
 で、それが俺。
 
 ……夢かな?ちょっと考えても正解が出ない。とりあえず死後の夢として扱っていく事にしよう。死んであの世に行くまでに、こういうボーナスステージがあるのかもしれない。 
死ぬの今回が初めてだから、無いとも言い切れないだろう。

「……お嬢様、お嬢様!大丈夫ですか?医者を呼びますか?」
 脳内整理をしている間呼び続けていたのだろう、メイドさんが困った顔で問いかけていた。
 言われてみれば、後頭部にたんこぶがあって触ると痛いが、その他は別に痛い所は無い。
このお嬢様は受け身が上手いのだろうか。
俺自身は幼少期に近所にあった道場に混ぜてもらって、剣道はやっていたが、柔道や格闘技の心得は無い。受け身を覚えておくのも大事だな。
階段から落ちるのにも、こうして生死の差があるのだから。

「いえ、大丈夫」
「そうですか……?」
 メイドさんは心配の為か疑わしげな視線を向けてくる。

「それより|私(わたし)……」
「わたし?」
 メイドさんの目が開く。

「……わたくし」
「あ、すみません。ちょっと聞き間違いを」
 ワタクシか!
お嬢様の一人称はワタクシが正解か!

 やばいな、言葉遣いももしかして「~ですわ」とかなのか?
その可能性大だな……。
もしかして時代背景も違うのかもしれない。
 しかしなるべく努力はするが、すぐには使いこなせそうにないので、とりあえず敬語で喋る事にしよう。
「です」「ます」付いていればとりあえず丁寧ではあるだろう。

「わたくし、どれくらい寝ていましたか?」
 ひとまず現状把握の為に事故の前後だけ確認しておく。

「事故に遭われたのが放課後でしたので、4時間ほどです。お腹は空かれていませんか?」
 て事は、今は夜の9時くらいか。
この部屋時計が無くて困ってたんだ。
広いけど、こんなベッドとドレッサーしかない部屋で、お嬢様は普段何をして過ごしているんだろう?
 そして言われてみれば空腹な気がする。金持ちって何食べてるんだろって好奇心からも「少し空きました」と答えた。

「それでは何か軽い物を、コックに作らせますね。お部屋と食堂、どちらでお召し上がりになります?」
 コック!?
コックいんの、この家!?
 しかも食堂!?会社かよ!!
 ちょっと今すぐに部屋の外に出るのは情報過多すぎるので、部屋でと答えたものの、この部屋でどうやって食べるんだろう。病院みたいにベッドテーブルあるのか?

「ではお部屋で少しお待ちください」
 そう言ってメイドさんは、唯一の扉を開けて、こちらを振り返って立ち止まる。
何だ?まだ用があるのか?と近付いて行くと、ドアを開け放たれた。
 その先には、今いる部屋より広く、高級そうな調度品と机などが並ぶ…………部屋?
……あっ!もしかしてここが俺の部屋!?こっち寝室!?
 お金持ちって1人1部屋以上あるのか!
俺なんて就職で家出るまで妹と同じ部屋だったぞ?
まぁ家が2DKのマンションなもんで、仕方ないのだが。
中学には行った位から妹がブーブー文句を言って面倒だった。

 メイドさんが今度こそ部屋からも出て行き、俺はひとまず部屋の中心部にあるソファに腰かけた。
 ……テレビでか。
 ソファふかふかそう。
 照明キラキラ。
 とりあえず現状に任せるとは思ったが、情報が少なすぎる。
 そもそも俺の名前何だ?
メイドさんも『お嬢様』としか呼んでくれないから分からん。
 見た目的には、妹と同じ高校生くらいだとは予想が付くが。
 そう思って部屋を見渡して、こっちの部屋にも会ったクローゼットを開けてみる。
 ズラッとならぶ高級そうな服。やけにヒラヒラしたのや原色な物が目立ち、目がチカチカすると思ったら、ふと目を引く白い服があってそれを手に取る。

「制服……?」
 白いワンピース調で襟が大きめで焦げ茶色のそれは、どうもお金持ち学校の制服っぽい。
 ポケットをさぐると、あったあった。生徒手帳。
 

『私立子葉学園 
 2年A組 |西園寺彩華(さいおんじあやか)』


 名前ゲット。そして高校2年ね、了解した。
 
 あとは~とクローゼットを閉じて見渡すと、勉強机にしては豪華すぎない?て机の上にポツンと小さな宝箱が置いてあった。宝石でも入れてんのかな?それにしても不用心な。
ひとまず何でも開けて行こうと手に取り開こうとするも、鍵が掛かってる様で開かない。
 どうした物か、と思った時、チャリ、と俺の腰辺りで音がした。

 まさかと思いスカートのポケットを探ると、金色の鍵が…………。

「ちょっと怖くなってきたな」
 まぁでも何もしないよりはマシだろうと、鍵をその宝石箱に差し込むと、カチリと音がして開いた。
 中から出てきたのは……ゲームの説明書?

 16PしかないペラペラのB6サイズのフルカラー冊子は、どう見てもゲームの説明書だ。
 しかもタイトルは、


『恋愛ゲーム 私立子葉学園~セレブとトキメキ学園生活~』


 さっき見たな、その学校名。
 嫌な予感しかしないが、その冊子を開く。

あらすじ
 教師からの勧めで、私立子葉学園に進学したあなた(プレイヤー)。
 しかしそこは庶民のあなたには、思いもよらないセレブ学校で、見る物聞く物全てが驚き!
 その上、学園を代表する男子生徒達と関わり、学園の女帝と呼ばれるライバルに目を付けられてしまう!
 あなたは3年間無事に、そして真実の愛を得る事か出来るのか~~~~~!?


「何だコレ」
 恋愛ゲームで女が主人公……あ~何か最近そう言うのが流行ってるらしいな。妹もキャッキャ言いながらやってた。
 ペラペラとシステム説明などを見ると、なるほど高校3年間でステータスを上げながら、男子生徒と新密度を上げて卒業式で告白されればクリアなのか。

 うわ、学園内物価高っ!学食アイテム底値が3000円!?
アホか、一週間分の食費だわ!
 ふむふむ、ステータス上げにはアイテムは必須だが、値段は高く、しかもバイトをしても見つかるとゲームオーバー。
 なかなかシビアだな、このゲーム。
 しかも卒業式で告白って何でだ。好きなら早くくっついて、彼氏彼女の学園生活を楽しめば良いじゃないか。キャラ全員純情なのか?

 半分ほど進んだところで、『キャラクター紹介』ページになった。以下全てそれだ。

『主人公・|戸波鹿乃(となみかの)(名前変更可能)
 特待生として子葉学園に入学する、庶民の女の子。
あなたの分身となります。』

 桃色のボブヘアのカワイイ女の子が載っていた。
なるほど、男受け良さそうな女の子だ。
 その後の攻略対象らしい男ページを飛ばし読みしていると、最後のページ。

「うぼっ!?」

 そこに書かれていたのは…

『ライバル・|西園寺彩華(さいおんじあやか)
 あなたのクラスメイト。学園の女帝と呼ばれ、恐れられている。
 家柄が良く顔は美人だが、性格が歪んでいて庶民を見下す。
 |一条皇紀(いちじょうこうき)の婚約者であり、庶民であるあなたをイジメてくる悪役令嬢。
 |西園寺玲音(さいおんじれおん)の姉でもある。』


 こっちの部屋にもある全身鏡を見る。
 説明書を見る。

「同じ顔……」

 そして何より、生徒手帳で確認した名前とも一致。

 これは……偶然、ではないだろうな。
 おまけにこれ見よがしに置かれていた宝石箱の中に入っているのも、俺が鍵を持っていたのも、繋がりがあるのだろう。
 
【悪役令嬢】

 それが今の俺という事か。
 しかし女の子をイジめるのなんて出来ないし、そもそもそのルートに従わないといけないのか?
 俺が今この体にいるって事は、既にイレギュラーな訳だし、夢かもしれないし、自分で思う様に行動して良いよな?
 うん、よし!ヒロインちゃんはイジめない方向で、お金持ち学校での2度目の学園生活を楽しむ事にしよう。
何事も経験だしな!
もう死んでるけど!

 それが甘い見通しだった事を、俺はすぐに知る事になる。


◇◇◇

 あの後、メイドさんが持って来てくれたやたら味に深みのある玉子雑炊を食べ、部屋にあるお風呂に入って明日の為に寝た。
そう、この部屋何と簡易的な風呂とトイレと冷蔵庫完備なのだ!
簡易と言っても俺が生前住んでいたアパートの物より立派な事は、言うまでもない。


 そして翌日。
 そうそう、この彩華の髪はゆるい天然パーマであの縦ロールは朝時間を掛けてメイドさんが巻いていたらしい。
 早起きした俺は、ゆるパーマを生かしつつも学校に通うのにふさわしい位に編み込みをして制服に着替えた。だてに妹の髪を編んできてない。
あいつ「あーして、こーして」と次々に要求がエスカレートしてきたもんで、髪のアレンジに関しては俺はなかなかのものだと思う。
 うん、彩華もこっちの方が似合うよ。
ちょっとキツめの顔だから、下手に盛るよりスッキリさせた方が感じが良い。

 メイドさんに声を掛けられ、気を引き締めてメイドさんの後を付いて食堂に行くも、誰もいない。
「?」
 両親は?
あと弟がいるって書いてたけど。
 
メイドさんを振り返ると、少し目を伏せて「お坊ちゃまはもうお出かけになられました」と答えられた。
 えらく早いな。
朝練のある部活でもやってるのかな?
あと両親についてのコメントが無いって事は、両親とはもともと一緒に食事はしないのか。もったいない、食事は大勢で食べた方が美味しいのに。

 一脚一脚細かな装飾がされた椅子に腰掛けると、昨日と朝来たのとは別のメイドさんが食事を運んできた。給仕の人は別にいるって事か。
 並べられたのは、ホテルの朝食……をもっと豪華にしたようなイングリッシュメニュー。
 クロワッサンを手に取ると、外はカリッと中がフワフワであちっ。
えっまさか焼き立て……!?
 コーンスープもお湯で溶かすカップスープとは訳が違う。濃厚!
 サラダのレタスはシャッキシャキだし、トマトもみずみずしい。
注がれたオレンジジュースもパックジュースしか知らない俺には衝撃の味だった。
 あ~このご飯食べれるだけで、このボーナスステージ最高だわ。
 全部美味しくいただいて、最後に「ごちそうさまでした」と手を合わせてから、ふきんで口を拭う。
合ってる?

 なぜか呆然としている給仕のメイドさんにお礼を言って、食器を片づけ……は多分給仕さんがする。
お嬢様はしないはずだ。
でもコックさんにお礼は言わねばと、給仕さんが出てきたキッチンと思わしき方向に進み覗き込むと、正解だった。

「……えっ!? お嬢様!?」
 体格の良い50前後のコックさんの他にいた、若い男性2人のうちの1人が俺に気付き声を上げた。
「とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」
 目を丸くして硬直する3人に礼をして、さて学校だ。

 お金持ち学校ってどんなのかな~とあてずっぽうで玄関に行き外に出ると、黒塗りの車と初老の男性が。
「おはようございます、お嬢様」
 そう言って車の後部座席のドアを開ける男性。
 送迎車だ――――――――!!!


 でもって学校だ―――――!!!

 でかっ!
 豪華!!
 国会議事堂か!!!
 
そんなツッコミを入れたくなるほどのレンガ造りの門の奥に広がるセレブ空間!
 おまけに行きかう生徒達の挨拶が「おはよう」でも「おはようございます」でもなく、「ごきげんよう」!!
 ごきげんよう!!
お昼のトークバラエティのタイトルコールでしか聞いた事ねーわ、ごきげんよう!!!
 は~やばいな、馴染めるかな。と溜息を付きそうになってると、ふと違和感に気付く。
 
 誰も俺に挨拶してくれない。
 
 頑張って「ごきげんよう」と言ってみるも、目を逸らして小さな声でだけ答えてそそくさと去っていく生徒達。
 そして離れたと思ったらひそひそとこちらを見つつ話している。
 俺に聞こえない様に…と言う割には声が大きいから、聞かせたいのだろう。

「ねぇ……あれ……」
「え、アレ西園寺様?」
「西園寺様ってあの……でしょう?」
「あれって西園寺さんの命令だって聞きましたわ」
「昨日階段から落ちられたって……」
「まぁ、それって誰かが……」
「でも、当然の報いですわよね……」

 不穏な言葉と、俺に絡みつく嫌な視線に気付く。
 主人公と同級生の|彩華(おれ)は、2年生で今は秋。


 悪役令嬢断罪イベントが近いのだと、俺には分からなかった。



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