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第1式:神前の悪魔
第1式-21-「そーでごぜーますねぇ」
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それから、僕の日々はめまぐるしく過ぎて行った。
田上さんに本物の飾りを見せてもらったり、幼稚園近辺の駐車場を押さえたりと、初めてのことが多かったが、忙し過ぎて考える暇もなかったからか、不思議と苦にはならなかった。
「園長から正式に許可が下りたんで、予定通り式はあの幼稚園で行うでごぜーますよ」
レンタルドレスを選びに来た夫妻に、田上さんは淡々と段取りを説明した。
式まであと10日。
ご馳走の準備や進行の計画などを急いでしなければならないのではないかと僕は焦っていたが、田上さんにそれを聞くと、肩をすくめて首を横に振った。
「お前が心配してんのはきっと披露宴のことでごぜーますな。結婚式っつーのは、神の前で愛を誓う、割とシンプルな部分のことでごぜーます。今回、いわゆるてめーが思ってる豪華な披露宴の類はばっさりカットでごぜーますよ」
ちょきちょきと両手を動かした田上さんは、そのまま夫妻に向き直る。
「い、いいんですか?大事なところを切ってしまって」
泣き所の新婦の手紙などは、その披露宴とやらに入っているイメージだ。阿形さんのお父さんを感動させようと思うなら、そこは削らない方がいいのではないだろうか。
夫妻も披露宴をしないことに不安があるのか、少し眉根を下げていた。
「新婦の手紙はまあ、あるならあるで別に構いやしねーんですが」
田上さんは言葉を切るとチョキにしていた手を解きトントントン、と目の前の空間を切るようにテーブルを手のひらの側面で叩いた。
「他がバッサリいらねーんです。新郎の上司挨拶とか、新婦友人のてんとう虫のサンバとか。熱帯夜に見る気だるい夢でももうちょっとマシなプログラム組んでくるでごぜーますよ」
吐き捨てるようにそう言い、テーブルを叩いた勢いそのままに腕を組む。
「手紙を読むなとは言ってねーんです。式が終わったあとに待合室かなんかで読んでやりゃあいい。披露宴なんかない分、親子でゆっくりもできるでごぜーましょう」
彼の一言に、阿形さんはこくりと頷いた。
「おい、そういえばよぉ」
山田さんは決まりが悪そうに声を上げる。
「招待客はどうすりゃいいんだ」
いつもより声が小さいのは、山田さんが田上さんに遠慮しているからではない。
あの後、正確には、式をうちでやると決まってすぐ。意気揚々と山田さんは知人縁者に結婚式の日取りを伝え、ぜひ出席して欲しいと声をかけた。結果、いきなりの申し出に首を縦に振ったものは少なく、夫妻の招待客を合わせても、小さな幼稚園のホール1つ埋めることはできなかったのだ。
「結構遠い縁にも声かけたが、やっぱりちょっと無理みてぇで…。やっぱり、"さくら"っつーの?用意した方がいいんじゃ」
偽客。
つまり、夫妻とは関係ない人を雇い、友人知人のフリをしてもらう必要があるのではないかと言ったのだ。。
でも、
「それ、あんまりやらない方がいいと思います…」
僕はおずおずと告げた。
どんなに演技がうまくても、きっと雰囲気で演者がこの式に思い入れのないことは伝わってしまうだろう。サクラだとバレるならまだしも、もし阿形さんの父親がその雰囲気を感じ取り、山田さんは人望がないのだと判断してしまったら、それは本末転倒だ。
「そーでごぜーますねぇ。この式において"無駄"はマジで命取りでごぜーます」
田上さんは僕の発言に頷いた。
「つーかぶっちゃけ、さくらなんか置く時間も場所もねーんですけど」
彼はガサゴソとポケットを漁り、一枚の紙切れを夫妻と僕の前に差し出した。狭いところにしまわれていた割に綺麗なそれはとてもカラフルで、ちょっとしたイラストと共に大きく文字が描かれている。
「『しょうたいじょう』?」
山田さんは紙にそっと触れ、開いたり閉じたりを繰り返して首をかしげた。
「俺は嘘をつかねーんでごぜーます」
フッと彼が笑う。
「あの幼稚園のチビ共、見たいっつーなら見せてやろうじゃねーですか」
夫妻は驚きに目を見開いた。
「幼稚園の教室ごとに1通ずつ。こんな感じで手書きの招待状を出す。大里。残りはてめーに頼んだです」
「は、はい!」
飾り付け以来の目に見える仕事に、僕の返事にも力が入る。
「そして、これはてめーらに」
彼は白い厚紙を、手持ち無沙汰の阿形さんに渡した。
「てめーらとガキの3人で、親父への招待状を書け。ガキの描いてる範囲が広けりゃ広いほどいい」
厚紙にはテンプレートどころか一文字も何も描いてない。自由に書け、と彼は言う。
「まあ後の細かいことはこっちに任せて、お前らはリハなりなんなりしてりゃあいーでごぜーますよ」
じゃあ話は済んだから衣装合わせに戻れ、としっしと彼は手を振る。
「し、失礼します」
僕は夫妻に頭をさげると、既に歩き始めた彼の背を追う。
ちらりと振り返り見た夫妻は、厚紙を覗き込みながら、2人して微笑んでいた。
田上さんに本物の飾りを見せてもらったり、幼稚園近辺の駐車場を押さえたりと、初めてのことが多かったが、忙し過ぎて考える暇もなかったからか、不思議と苦にはならなかった。
「園長から正式に許可が下りたんで、予定通り式はあの幼稚園で行うでごぜーますよ」
レンタルドレスを選びに来た夫妻に、田上さんは淡々と段取りを説明した。
式まであと10日。
ご馳走の準備や進行の計画などを急いでしなければならないのではないかと僕は焦っていたが、田上さんにそれを聞くと、肩をすくめて首を横に振った。
「お前が心配してんのはきっと披露宴のことでごぜーますな。結婚式っつーのは、神の前で愛を誓う、割とシンプルな部分のことでごぜーます。今回、いわゆるてめーが思ってる豪華な披露宴の類はばっさりカットでごぜーますよ」
ちょきちょきと両手を動かした田上さんは、そのまま夫妻に向き直る。
「い、いいんですか?大事なところを切ってしまって」
泣き所の新婦の手紙などは、その披露宴とやらに入っているイメージだ。阿形さんのお父さんを感動させようと思うなら、そこは削らない方がいいのではないだろうか。
夫妻も披露宴をしないことに不安があるのか、少し眉根を下げていた。
「新婦の手紙はまあ、あるならあるで別に構いやしねーんですが」
田上さんは言葉を切るとチョキにしていた手を解きトントントン、と目の前の空間を切るようにテーブルを手のひらの側面で叩いた。
「他がバッサリいらねーんです。新郎の上司挨拶とか、新婦友人のてんとう虫のサンバとか。熱帯夜に見る気だるい夢でももうちょっとマシなプログラム組んでくるでごぜーますよ」
吐き捨てるようにそう言い、テーブルを叩いた勢いそのままに腕を組む。
「手紙を読むなとは言ってねーんです。式が終わったあとに待合室かなんかで読んでやりゃあいい。披露宴なんかない分、親子でゆっくりもできるでごぜーましょう」
彼の一言に、阿形さんはこくりと頷いた。
「おい、そういえばよぉ」
山田さんは決まりが悪そうに声を上げる。
「招待客はどうすりゃいいんだ」
いつもより声が小さいのは、山田さんが田上さんに遠慮しているからではない。
あの後、正確には、式をうちでやると決まってすぐ。意気揚々と山田さんは知人縁者に結婚式の日取りを伝え、ぜひ出席して欲しいと声をかけた。結果、いきなりの申し出に首を縦に振ったものは少なく、夫妻の招待客を合わせても、小さな幼稚園のホール1つ埋めることはできなかったのだ。
「結構遠い縁にも声かけたが、やっぱりちょっと無理みてぇで…。やっぱり、"さくら"っつーの?用意した方がいいんじゃ」
偽客。
つまり、夫妻とは関係ない人を雇い、友人知人のフリをしてもらう必要があるのではないかと言ったのだ。。
でも、
「それ、あんまりやらない方がいいと思います…」
僕はおずおずと告げた。
どんなに演技がうまくても、きっと雰囲気で演者がこの式に思い入れのないことは伝わってしまうだろう。サクラだとバレるならまだしも、もし阿形さんの父親がその雰囲気を感じ取り、山田さんは人望がないのだと判断してしまったら、それは本末転倒だ。
「そーでごぜーますねぇ。この式において"無駄"はマジで命取りでごぜーます」
田上さんは僕の発言に頷いた。
「つーかぶっちゃけ、さくらなんか置く時間も場所もねーんですけど」
彼はガサゴソとポケットを漁り、一枚の紙切れを夫妻と僕の前に差し出した。狭いところにしまわれていた割に綺麗なそれはとてもカラフルで、ちょっとしたイラストと共に大きく文字が描かれている。
「『しょうたいじょう』?」
山田さんは紙にそっと触れ、開いたり閉じたりを繰り返して首をかしげた。
「俺は嘘をつかねーんでごぜーます」
フッと彼が笑う。
「あの幼稚園のチビ共、見たいっつーなら見せてやろうじゃねーですか」
夫妻は驚きに目を見開いた。
「幼稚園の教室ごとに1通ずつ。こんな感じで手書きの招待状を出す。大里。残りはてめーに頼んだです」
「は、はい!」
飾り付け以来の目に見える仕事に、僕の返事にも力が入る。
「そして、これはてめーらに」
彼は白い厚紙を、手持ち無沙汰の阿形さんに渡した。
「てめーらとガキの3人で、親父への招待状を書け。ガキの描いてる範囲が広けりゃ広いほどいい」
厚紙にはテンプレートどころか一文字も何も描いてない。自由に書け、と彼は言う。
「まあ後の細かいことはこっちに任せて、お前らはリハなりなんなりしてりゃあいーでごぜーますよ」
じゃあ話は済んだから衣装合わせに戻れ、としっしと彼は手を振る。
「し、失礼します」
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