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第1式:神前の悪魔
第1式-8-「せ、世界一幸せな日にしたいんです!」
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「面白ぇ事言うじゃごぜーませんか~」
ニコニコしながら田上さんは言った。
「やってくれんのか!」
男性が机に手をつき、前のめりになる。バンッと大きな音がなり、脚が悲鳴をあげるように軋む。
「無理でごぜーますね」
田上さんの顔と発言が噛み合わなくて、男性の口から「は?」と声が漏れた。
「予算と中身が伴ってねーんですよ。しかも来週日曜?馬鹿野郎。近過ぎんし、大安だし、おまけに次の日は祝日。あまりにも結婚式にベストな日取り過ぎて、数ヶ月前から予約の取り合いでごぜーましてよ」
その場で男性の主張を切り捨てた田上さんに、先程まで大人しかった男性が再び逆上し始める。
「お前なんなんださっきからよぉ!気持ち悪ぃし、ふざけてやがるし!ちょっとこっちが大人しくしてりゃ図に乗りやがって!また何回でもぶん殴ってやってもいいんだぞ!あぁ?!わかったらとっとと、俺の言う通りにしやがれ!」
顔を真っ赤にした男は、机越しに田上さんの胸倉をひっつかみ、脅すように右腕を振り上げた。
「!ふふ、ボーナスのお誘いでごぜーますかぁ?いや~はは。前払いは基本受け付けてねーんでごぜーますがぁ~。え~?お客様が~どうしてもと仰るなら~、俺もやぶさかではないのでごぜーまして~」
ニタァ、とゆっくり口角が上がる。田上さんの目は何かの期待に満ちていて、横顔を眺めている僕にもわかるくらい、上機嫌だ。
「ひっ」
田上さんの顔を真正面から見た男性は、小さく声をあげると、まるでゴキブリを触ってしまったのかのように跳びのき、手のひらを服で執拗に擦った。
「失礼でごぜーますなぁ。ま~そこがまたイイんでごぜーますが。…えーっと、誰だっけ。大里」
呆然としていたところ突然話を振られ、僕は柘榴さんから受け取っていたバインダーに、慌てて視線を落とした。
「山田海蔵さんと、阿形裕子さんです」
「ああ、それそれ。そんなだったわ」
サンキュー、と軽く返した田上さんは、男性-山田さん-によって乱された襟元をちょいと正す。
そして、目の前に虫でもいるような嫌悪感を示している山田さんを放って、今度はその婚約者-阿形さん-に話を振った。
「奥さん。随分物静かじゃないでごぜーますか。あんたは何か、希望はねーんですか」
山田さんに話しかける時よりは幾分冷めた雰囲気で、田上さんは尋ねる。
「…別に…」
阿形さんは、誰と目を合わせるでもなく、顔を伏せた。ちらちらと時計を気にしているのは、この空間が居心地悪いからだろうか。
「ふーん」
阿形さんの言葉に、田上さんは何も言わなかった。
ただ一言、そうでごぜーますか、と気の無い返事をする。
でも僕は正直、納得がいかない。本当に何もないのだろうか。結婚式なのに?
僕は疑問を喉に詰まらせて、手元の冷えたお茶を胃に流し込んだ。
「大里」
机をトントンと叩き、飛び退いていた山田さんを席に着かせた田上さんは、今度は机に頬杖をついて、僕の事を見ていた。
「気になることがあるなら好きに話せ。この件の担当は、俺と、お前でごぜーます」
そう、ニッと笑う。
その声音は、無理に何かを言わせる風ではない。本当にそのままの意味で、何かあるなら僕も喋っていいのだと、彼は許可だけを出してくれた。
決して義務ではないそれは、別に捨ててしまっても構わない権利だった。いつもの僕なら、手に取る前に恐縮して捨てていた許可だった。
失言は取り返せない。それならば、黙っていた方が、相手にも自分にも良いに決まっている。いつもの僕なら絶対にそう思っていた。
結婚式の段取りを決めに来たとは思えない程に翳る顔。これから花嫁になるはずの女性の顔に、期待とも不安とも違う、諦念めいたものを感じて、僕はほとんど考えなしに、いつもじゃありえないような事をした。
「け、結婚式は、女の人にとってすごく特別なんだって聞きました。あの…希望が何もないんじゃなくて、…諦めてるんじゃ、ないですか」
時計を見ていた阿形さんの顔が、ピクリと動き、僕を見る。
「予算も、日時も、厳しいかもしれません。で、でも、その、できることも、きっとあると思うんです。できるだけ、一番やりたいことくらいは、やりたいじゃないですか」
自分でも何を言っているかわからない。もしかしたら、隣の山田さんは、イラついて僕を殴るかもしれない。でも、僕は喋るのをやめなかった。
「結婚式は、好きな人とこれからも一緒にいることが認められる、特別な日なんです。僕はお二人に、後悔して欲しくないんです」
無意識に掴んでいた服の裾は、ぐちゃぐちゃだった。静かな部屋にこだまする声が、自分のものしかないのが怖くて、ぎゅっと目を瞑る。
「せ、世界一幸せな日にしたいんです!あ、阿形さんと山田さんのやりたいこと、少しだけでも叶えられるよう、ぼ、僕たちも頑張りますから、だから、阿形さん。まだ、諦めないでください」
恐怖からどんどん頭が下がり、肩が上がっていく。
僕の上ずった声がやんでから、暫くは誰も喋らなかった。
「…お父さんに」
阿形さんの声に、反射的に顔を上げる。
「お父さんに、喜んで、貰いたい」
少し泣きそうな阿形さんは僕を見つめて、そう言った。山田さんは、少しバツが悪そうに、でも納得した様子で阿形さんを見ている。
「ビンゴ」
話をしてくれた阿形さんに、驚きと喜びを感じていた僕は、小さくほくそ笑んだ田上さんにまだ気がついていなかった。
ニコニコしながら田上さんは言った。
「やってくれんのか!」
男性が机に手をつき、前のめりになる。バンッと大きな音がなり、脚が悲鳴をあげるように軋む。
「無理でごぜーますね」
田上さんの顔と発言が噛み合わなくて、男性の口から「は?」と声が漏れた。
「予算と中身が伴ってねーんですよ。しかも来週日曜?馬鹿野郎。近過ぎんし、大安だし、おまけに次の日は祝日。あまりにも結婚式にベストな日取り過ぎて、数ヶ月前から予約の取り合いでごぜーましてよ」
その場で男性の主張を切り捨てた田上さんに、先程まで大人しかった男性が再び逆上し始める。
「お前なんなんださっきからよぉ!気持ち悪ぃし、ふざけてやがるし!ちょっとこっちが大人しくしてりゃ図に乗りやがって!また何回でもぶん殴ってやってもいいんだぞ!あぁ?!わかったらとっとと、俺の言う通りにしやがれ!」
顔を真っ赤にした男は、机越しに田上さんの胸倉をひっつかみ、脅すように右腕を振り上げた。
「!ふふ、ボーナスのお誘いでごぜーますかぁ?いや~はは。前払いは基本受け付けてねーんでごぜーますがぁ~。え~?お客様が~どうしてもと仰るなら~、俺もやぶさかではないのでごぜーまして~」
ニタァ、とゆっくり口角が上がる。田上さんの目は何かの期待に満ちていて、横顔を眺めている僕にもわかるくらい、上機嫌だ。
「ひっ」
田上さんの顔を真正面から見た男性は、小さく声をあげると、まるでゴキブリを触ってしまったのかのように跳びのき、手のひらを服で執拗に擦った。
「失礼でごぜーますなぁ。ま~そこがまたイイんでごぜーますが。…えーっと、誰だっけ。大里」
呆然としていたところ突然話を振られ、僕は柘榴さんから受け取っていたバインダーに、慌てて視線を落とした。
「山田海蔵さんと、阿形裕子さんです」
「ああ、それそれ。そんなだったわ」
サンキュー、と軽く返した田上さんは、男性-山田さん-によって乱された襟元をちょいと正す。
そして、目の前に虫でもいるような嫌悪感を示している山田さんを放って、今度はその婚約者-阿形さん-に話を振った。
「奥さん。随分物静かじゃないでごぜーますか。あんたは何か、希望はねーんですか」
山田さんに話しかける時よりは幾分冷めた雰囲気で、田上さんは尋ねる。
「…別に…」
阿形さんは、誰と目を合わせるでもなく、顔を伏せた。ちらちらと時計を気にしているのは、この空間が居心地悪いからだろうか。
「ふーん」
阿形さんの言葉に、田上さんは何も言わなかった。
ただ一言、そうでごぜーますか、と気の無い返事をする。
でも僕は正直、納得がいかない。本当に何もないのだろうか。結婚式なのに?
僕は疑問を喉に詰まらせて、手元の冷えたお茶を胃に流し込んだ。
「大里」
机をトントンと叩き、飛び退いていた山田さんを席に着かせた田上さんは、今度は机に頬杖をついて、僕の事を見ていた。
「気になることがあるなら好きに話せ。この件の担当は、俺と、お前でごぜーます」
そう、ニッと笑う。
その声音は、無理に何かを言わせる風ではない。本当にそのままの意味で、何かあるなら僕も喋っていいのだと、彼は許可だけを出してくれた。
決して義務ではないそれは、別に捨ててしまっても構わない権利だった。いつもの僕なら、手に取る前に恐縮して捨てていた許可だった。
失言は取り返せない。それならば、黙っていた方が、相手にも自分にも良いに決まっている。いつもの僕なら絶対にそう思っていた。
結婚式の段取りを決めに来たとは思えない程に翳る顔。これから花嫁になるはずの女性の顔に、期待とも不安とも違う、諦念めいたものを感じて、僕はほとんど考えなしに、いつもじゃありえないような事をした。
「け、結婚式は、女の人にとってすごく特別なんだって聞きました。あの…希望が何もないんじゃなくて、…諦めてるんじゃ、ないですか」
時計を見ていた阿形さんの顔が、ピクリと動き、僕を見る。
「予算も、日時も、厳しいかもしれません。で、でも、その、できることも、きっとあると思うんです。できるだけ、一番やりたいことくらいは、やりたいじゃないですか」
自分でも何を言っているかわからない。もしかしたら、隣の山田さんは、イラついて僕を殴るかもしれない。でも、僕は喋るのをやめなかった。
「結婚式は、好きな人とこれからも一緒にいることが認められる、特別な日なんです。僕はお二人に、後悔して欲しくないんです」
無意識に掴んでいた服の裾は、ぐちゃぐちゃだった。静かな部屋にこだまする声が、自分のものしかないのが怖くて、ぎゅっと目を瞑る。
「せ、世界一幸せな日にしたいんです!あ、阿形さんと山田さんのやりたいこと、少しだけでも叶えられるよう、ぼ、僕たちも頑張りますから、だから、阿形さん。まだ、諦めないでください」
恐怖からどんどん頭が下がり、肩が上がっていく。
僕の上ずった声がやんでから、暫くは誰も喋らなかった。
「…お父さんに」
阿形さんの声に、反射的に顔を上げる。
「お父さんに、喜んで、貰いたい」
少し泣きそうな阿形さんは僕を見つめて、そう言った。山田さんは、少しバツが悪そうに、でも納得した様子で阿形さんを見ている。
「ビンゴ」
話をしてくれた阿形さんに、驚きと喜びを感じていた僕は、小さくほくそ笑んだ田上さんにまだ気がついていなかった。
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