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幼少期

フラウ夫人の挨拶です。

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…私…そんな気を失うほど嫌がられ…?
言っとくけど、顔が赤くなってたからってここで「この子私に気があるのかも!」なんて勘違いするほど私は自惚れてない。
だって現実の女の子が気になる異性と近くで目が合ったくらいで気絶なんかするわけないし!!
つまり私がショックを起こすほど生理的に無理って思われてるって事で…。
…うっ、自分で言ってて何か悲しくなってきた…。

「…リュート、だいじょうぶ?」

エルクが眉を下げて私とトレーネ嬢を交互に見る。
どうやらトレーネ嬢と私の様子がおかしいのを見て心配してくれたらしい。
心配させてしまったことに苦笑し、心配ないよと声をかけながら意識を失ってしまったトレーネ嬢を横抱きにする。
ふっ、リュート様の肉体なら齢四歳でも女の子を横抱きにできるもんね。
私かっこいい。

(そうだよ。ちょっと忘れてたけど、今の私はリュート様の姿なんだからかっこいいに決まってる!生理的に無理とかないない!)

それによく考えてみたら、嫌われてるとかじゃなくて普通に体調が悪かったところに異常事態で追い打ちをかけられて倒れた、っていう可能性が一番高いよね。
…それに、もし仮に嫌われてたとしても、今は意識がないんだし別に抱いたままでもいいよね?
騎士に預けてもいいけど、私が抱えてる方がハイルがいるから安全だし…。

「ふう…」

何とか自分を納得させ、気を取り直してセイル兄様とお父様の様子を見ようと視線をそちらに向ける。
すると、二人は真剣な顔をして窓の外を見ながら話していた。
視線を追って窓の外を目を凝らしてよく見てみると、中庭の中心に竜巻のような風の塊があるのが見える。
その竜巻から魔力が感じられるため、あれは恐らく魔法で作られたものなのだろう。
…ん?
あの魔力、何か既視感が…。

「…セイル兄様、あれ…」

「しっ。リュート、今は黙って見てて」

近づいていってセイル兄様に相談しようと声をかける。
するとセイル兄様は分かってる、とでも言うように人差し指を私の唇に当てて私の言葉を塞ぎ、耳元で声を落として囁いた。
その仕草のまあ格好いいこと…!!
私は振られた(?)ばっかりだっていうのに、このイケメンめ!と叫びたかったけれど、この状況なので自重してジト目で見るだけにしておいた。

「…はい」

「…その目の理由は気になるけど、とりあえず置いておくよ。それより…」

私の腕に抱かれたままのトレーネ嬢をチラッと見てセイル兄様が何か言いかけた時、再びバキバキッと音がする。
そちらに視線をやると、普段は気持ちのいい木陰を作る大きめの樹が半ばから折れそうになって揺れているのが見えた。
…あの樹が折れて風に舞い上げられたら危ないな…。

「あの樹、危ないですし結界でも張りましょうか」

「そうだね…」

樹木や草花が大好きなセイル兄様が、痛ましげに折れかかっている樹を見ているのが悲しくて、私はハイルに呼びかける。
ハイルは私の願いを聞いて私から魔力を受け取り、すぐに実行してくれた。

「…これで安心です」

そう言って笑いかけると、セイル兄様は嬉しそうに笑い返してくれた。
良かった良かった。
それにしても、あの魔力は誰のものだっけ…と首を傾げていると、誰かが横に立ったような感覚がした。

「…よくやった、リュート」

見上げると、そこに立っていたのはお父様だった。
私にしか聞こえないような小さい声で褒められ、思わず頬が緩む。
…あ!
思い出した、あれお父様の魔力だ!
ブリザードを応用して竜巻のようにしているのだろう。
けど、どうして…。

「フィレンツ様」

お父様の指示を受けた騎士が戻ってきた。
何やら小さい物をお父様から受け取った騎士は跪いて状況を報告する。
お父様が渡した小さい物は魔道具なのか、近くにいるのに全く声が聞こえない。
報告が終わるのを待っていると、騎士が立ち上がり小さい物をお父様に返した。
そしてお父様が中庭の窓をちらりと見るとずっと吹き荒れていた竜巻がぴたりと止み、ようやく静かになった。

「…どうやら、侵入者があったようだ。捕らえたので心配はいらぬが…。トレーネ嬢の体調も芳しくないようであるし、今日はもう帰られた方が良かろう」

お父様がフラウ夫人に向かってそう言う。
ずっと私の腕の中にいるトレーネ嬢は、まだ目を覚ます気配はない。
確かに、この状況でお話を続けるより帰った方がいいだろう。
メインの顔合わせは終わり、今日の最低限の目的は果たせているんだし。

「…そのようですわね。まあ顔合わせは済みましたし、リューティカ様の御力の一端を見られたのですから収穫といたしましょうか…。ああそれと、その。レーツェル家に侵入出来るのですから相応に手練れなのでしょうけれど…。口を割るといいですわね…?」

何故か口を割ることなどありえないと確信しているかのような口ぶり。
…もしかして、侵入者を放ったのはフラウ夫人…?
フラウ夫人の馬車に乗って来たのなら、屋敷の敷地内に侵入するのは簡単だっただろう。
何を企んでそんな事…。

「…ああ」

お父様は短くそう答え、馬車を手配するようナードに申し付けた。
五分ほどで準備が整ったらしく、見送るために玄関までお父様がフラウ夫人をエスコートする。
トレーネ嬢は目覚めないため、そのまま私が抱えて行こうかと思ったけれど、セイル兄様が「危険は去ったし、シュトラーフェ家の騎士に渡した方がいいよ」と言うのでそうした。

「シュトラーフェ家まで護衛を付けよう」

「あら、結構ですわ。こちらも護衛はいますもの」

玄関に着くと、お父様が護衛をつけると言った。
こんな事があったんだから護衛をつけた方が安全なのに、何故か本当に必要ないと言いたげに断るフラウ夫人。
まあ自分で侵入者を放ったなら確かに必要ないかもしれないけどね。
余計な借りを作るのも好ましくないだろうし。
でも、この自信の元はそれだけじゃない気がする。
…勘だけど。
桁違いに強い護衛でもいるのだろうか。
しかし、その自信からくる余裕は…いや、出会った時から浮かべていたフラウ夫人の余裕の表情は、次のお父様の言葉で初めて崩れることとなる。

「…妻になる者の安全を確保するのは夫となる者の義務であろう」

「な…」

ずっとずっと蛇のように狡猾な目で背筋がひやりとするような笑みを作っていたフラウ夫人が、動揺して目を見開いた。
そして俯く。
お父様の方は最初の見慣れないキラキラ笑顔がいつのまにか復活している。
どうしても護衛をつけたいらしい。
…まあ、ここで護衛をつけずに帰すのはあまり紳士とは言えないし、外聞もよろしくないし分かるけどね。
あとは見張りの意味もあるのかな。
…と思っていると、俯いたままのフラウ夫人の雰囲気が暗く淀んでいく気がした。

「… ら…」

何か低い声で呟く。
突然様子のおかしくなった夫人を怪訝に思って見ていると、夫人が顔を上げた。
その時にはもう元通りの顔に戻っていて、何事もなかったかのように口を開く。

「…そういうことでしたら。妻と言っていただけて光栄ですわ、フィレンツ様。それから、ちょっとした贈り物プレゼント…気に入っていただけるとよろしいのですけれど。…それでは」

そう言って微笑み、馬車に乗り込むフラウ夫人。
その仕草だけ見れば本当に貴婦人と呼んで差し支えない優雅さである。
けれど馬車へ乗り込む最後の一瞬、垣間見えた瞳の奥の憎悪と激情に薄ら寒さを感じ、私は身震いした。
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