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幼少期
エルクントとの初交流です。
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「…さて、リュートも準備終わったみたいだし、そろそろ行こうか」
「はい!」
お父様が出て行った後、気を取り直してエルクントが休んでいる部屋へ向かう。
昨日私が倒れた後、もう大丈夫そうだってことで私と一緒にエルクントも私たちが生活している本館に移動させたらしい。
「ここだよ」
セイル兄様が私の部屋からそう遠くない扉の手前で止まった。
どうやら、使われていない客室を使ったらしい。
セイル兄様が先触れは出してあると言うので、ノックする。
すぐに中から侍女が出てきたので扉を開けてもらい、中に入る。
こういう正式な先触れがある訪問の時、貴人は自分で扉を開けてはならないらしい。
…ま、普段も常に誰かそばにいるから、自分で開けることなんてほぼないんだけど。
侍女に客間の椅子に座るよう促されて椅子に座ると、侍女がススッと私たちの前に来た。
「リューティカ様、セイラート様、お待ちしておりました。エルクント様は既に目を覚まされていますので、すぐにお連れいたします」
何故か顔が赤くなっている侍女がそう言って一礼し、奥にある寝室の扉へと消えていった。
…なんで顔赤かったんだろう?
はっ!まさか、正面から見たセイル兄様の天使な微笑みに見惚れたんじゃ…!
「…この、たらしめ…」
言いながら私は隣にいるセイル兄様をじとーっと睨み上げる。
呆れ顔で侍女を見送っていたセイル兄様は、驚いたようにこちらを見てきた。
「え?リュート、何でそんな目で…」
「セイル兄様のせいです」
「ええ?!」
全くもう、無自覚なたらしなんて一番たち悪いんだからね!
セイル兄様は自分の微笑みがどれほどの威力を持っているか知らないんだよ!
「リュート、さっきのは」
「言い訳は聞きません~」
そう言って耳を塞ぐと、セイル兄様は困ったように「違うのに…」と項垂れた。
それを横目で見てしょぼくれたセイル兄様の可愛さにやられた私は、耳から手を外してセイル兄様に抱きついた。
「ふふ、冗談です」
「もう…」
セイル兄様は不満そうに唇を尖らせながらも、優しく受け止めてくれる。
ほら、こういうところがたらしなんだよね。
まあ私はセイル兄様のそういう優しいところが大好きなんだけど。
「やっぱりセイル兄様はたらしだと思います」
「たらしって…」
セイル兄様は微妙な顔をしているけど、こればっかりは事実だから仕方がない。
そうしてセイル兄様にくっついたままおしゃべりしていると、部屋の奥の方で息を呑む音がした。
「……っ!!」
侍女が手で口元を覆い、赤い顔で何かに耐えるように静かにプルプルしていた。
声にならない叫びが聞こえる気がする。
…さっきから一体どうした…。
数秒たってようやく衝動が落ち着いたのか、侍女は「申し訳ございません」と言ってすまし顔でこちらに歩いてきた。
「エルクント様をお連れしました」
そう言った侍女の後ろから、エルクントが出てきた。
…おお、もう歩けるのか。
閉じ込められてたなら歩き方も知らないかもしれないと思っていたけど、知っていたらしい。
足取りもしっかりしているし、本当にもう大丈夫そうだ。
私は椅子から降りてエルクントの傍まで行き、威圧感を与えないように優しい声と笑顔を心掛けながら話しかける。
「こんにちは。僕はリューティカだよ。こっちはセイラート兄様。これからよろしくね」
「…よ、ろしく」
私の言葉に答えてエルクントがそう言った瞬間、エルクントの後ろに控えていた侍女が驚いたような顔をした。
今のエルクントの言葉、声を出すのが久しぶりだったからかちょっと掠れてたけど、そんな驚くようなことなんて何もなかったよ?
まあ、言葉も話せるか分からなかったから話せるっぽいのはいい意味で驚いたけど。
私が首を捻っていると、セイル兄様も同じ疑問を抱いたらしく、口を開いた。
「…ねえ君、どうしてそんなに驚いているの?」
「あ、いえ…申し訳ございません、出過ぎた真似を」
侍女はそう言って引き下がろうとする。
確かに侍女が主人の前で感情を表に出すのは褒められた行為ではないけど、今は何か気づいたことがあるなら言って欲しい。
そう思って、私は侍女に話しかけた。
「もし何か気づいたことがあるなら、話して?参考にしたいんだ」
「リューティカ様…。…分かりました、お話しいたします。先程私が驚いたのは、エルクント様が声を出されたからでございます」
侍女によれば、朝目を覚ました時から今まで、どんなに話しかけてもエルクントは返事どころか小さな一声すら発さなかったらしい。
だから私が話しかけても返事をしないだろうと思い、説明しようと思いつつ控えていたのに、エルクントがあっさり声を発し、それがあまりに予想外だった為に表情に出てしまったそうだ。
「そうだったのか…」
うーん、何でエルクントが返事をしてくれたのかは分からないけど、まあ多分同年代で話しやすそうだったとかそんな感じだろう。
けど人見知りはするみたいだし、エルクントの精神的にしばらく私やセイル兄様となるべく離さない方がいいかも。
まずは私たちに慣れてもらって、その後で他の人にも慣れていってもらおうか。
でも、とりあえず話は出来そうでよかった。
人嫌いになって誰とも話さないようだったら、打ち解けるのがすごく難しかっただろうから。
今でも難しくはあるだろうけど、話ができるなら打ち解けるのは不可能じゃないはず。
「話してくれてありがとう。何かお礼ができれば良いんだけど…」
私がそう言うと、侍女が慌てた様子で首を振り、必死な様子で口を開いた。
「いえっ、とんでもない!そのお言葉だけで十分でございます!」
「…そう?まあ、そう言うなら…」
何かお菓子でもあげようかと思ったのに。
まあでも本当にいらなそうだし、お礼なのに無理にあげるわけにはいかないもんね。
侍女を下がらせ、エルクントの方に向き直る。
「エルクント、僕のことはリュートって呼んで。僕の方が兄になるみたいだけど、同い年だから呼び捨てでいいよ」
「…リュート」
「僕のことはセイルって呼んでね」
「……うん」
エルクントはこちらの言葉をきちんと理解しているらしく、言葉数は少ないもののちゃんと話すことも出来そうだ。
読み書きは多分出来ないから、そこはこれから頑張っていくしかないけど。
「僕はエルクントのことなんて呼んだらいい?」
「…なんでもいい」
「そっか。そうだなあ、なんて呼ぼう…」
エルクントでしょ…。
単純に省略するならエルとかエルクとかだよね。
他には尻をとってクントとか…変わった感じならルクとかもあるね。
うーん…どうしよう?
「セイル兄様、どうしたらいいと思いますか?」
こうなったら、セイル兄様にお任せしちゃおう。
いきなり振られたセイル兄様は、「うーん…」と顎に手を当てて考え込んだ。
少しして、セイル兄様が口を開いた。
「愛称は分かりやすいのが良いんじゃないかな。僕はエルクでいいと思うよ」
「なるほど…」
確かに、愛称が分かりにくいと当人は良くても周りの人が混乱してしまいそうだ。
なら、セイル兄様の言う通りエルクにしよう。
「じゃあ、エルクって呼ぶよ。これから一緒に色んなことしようね!」
そう言って、私はいつもセイル兄様やお父様がやってくれるようにエルクの頭を優しく撫でた。
エルクは何も言わなかったけれど、小さく頷いてされるがままになっていた。
「…本当にたらしなのはリュートだと思うなあ」
セイル兄様が後ろでぼそっと呟いた言葉は、撫でるのに夢中だった私には聞こえなかったのだった。
——————————
「ああもう、リューティカ様がセイラート様と戯れているところをあんなに間近で見られるなんて…!ただでさえお二人と関われる仕事なんて羨ましいって嫉妬されてるのに、リューティカ様からお礼なんて受け取れないわ…。…ああでも、もし受け取っていたら一生の宝物になっていたのでしょうね…」
…以上、終始様子のおかしかった侍女の胸中でした。笑
「はい!」
お父様が出て行った後、気を取り直してエルクントが休んでいる部屋へ向かう。
昨日私が倒れた後、もう大丈夫そうだってことで私と一緒にエルクントも私たちが生活している本館に移動させたらしい。
「ここだよ」
セイル兄様が私の部屋からそう遠くない扉の手前で止まった。
どうやら、使われていない客室を使ったらしい。
セイル兄様が先触れは出してあると言うので、ノックする。
すぐに中から侍女が出てきたので扉を開けてもらい、中に入る。
こういう正式な先触れがある訪問の時、貴人は自分で扉を開けてはならないらしい。
…ま、普段も常に誰かそばにいるから、自分で開けることなんてほぼないんだけど。
侍女に客間の椅子に座るよう促されて椅子に座ると、侍女がススッと私たちの前に来た。
「リューティカ様、セイラート様、お待ちしておりました。エルクント様は既に目を覚まされていますので、すぐにお連れいたします」
何故か顔が赤くなっている侍女がそう言って一礼し、奥にある寝室の扉へと消えていった。
…なんで顔赤かったんだろう?
はっ!まさか、正面から見たセイル兄様の天使な微笑みに見惚れたんじゃ…!
「…この、たらしめ…」
言いながら私は隣にいるセイル兄様をじとーっと睨み上げる。
呆れ顔で侍女を見送っていたセイル兄様は、驚いたようにこちらを見てきた。
「え?リュート、何でそんな目で…」
「セイル兄様のせいです」
「ええ?!」
全くもう、無自覚なたらしなんて一番たち悪いんだからね!
セイル兄様は自分の微笑みがどれほどの威力を持っているか知らないんだよ!
「リュート、さっきのは」
「言い訳は聞きません~」
そう言って耳を塞ぐと、セイル兄様は困ったように「違うのに…」と項垂れた。
それを横目で見てしょぼくれたセイル兄様の可愛さにやられた私は、耳から手を外してセイル兄様に抱きついた。
「ふふ、冗談です」
「もう…」
セイル兄様は不満そうに唇を尖らせながらも、優しく受け止めてくれる。
ほら、こういうところがたらしなんだよね。
まあ私はセイル兄様のそういう優しいところが大好きなんだけど。
「やっぱりセイル兄様はたらしだと思います」
「たらしって…」
セイル兄様は微妙な顔をしているけど、こればっかりは事実だから仕方がない。
そうしてセイル兄様にくっついたままおしゃべりしていると、部屋の奥の方で息を呑む音がした。
「……っ!!」
侍女が手で口元を覆い、赤い顔で何かに耐えるように静かにプルプルしていた。
声にならない叫びが聞こえる気がする。
…さっきから一体どうした…。
数秒たってようやく衝動が落ち着いたのか、侍女は「申し訳ございません」と言ってすまし顔でこちらに歩いてきた。
「エルクント様をお連れしました」
そう言った侍女の後ろから、エルクントが出てきた。
…おお、もう歩けるのか。
閉じ込められてたなら歩き方も知らないかもしれないと思っていたけど、知っていたらしい。
足取りもしっかりしているし、本当にもう大丈夫そうだ。
私は椅子から降りてエルクントの傍まで行き、威圧感を与えないように優しい声と笑顔を心掛けながら話しかける。
「こんにちは。僕はリューティカだよ。こっちはセイラート兄様。これからよろしくね」
「…よ、ろしく」
私の言葉に答えてエルクントがそう言った瞬間、エルクントの後ろに控えていた侍女が驚いたような顔をした。
今のエルクントの言葉、声を出すのが久しぶりだったからかちょっと掠れてたけど、そんな驚くようなことなんて何もなかったよ?
まあ、言葉も話せるか分からなかったから話せるっぽいのはいい意味で驚いたけど。
私が首を捻っていると、セイル兄様も同じ疑問を抱いたらしく、口を開いた。
「…ねえ君、どうしてそんなに驚いているの?」
「あ、いえ…申し訳ございません、出過ぎた真似を」
侍女はそう言って引き下がろうとする。
確かに侍女が主人の前で感情を表に出すのは褒められた行為ではないけど、今は何か気づいたことがあるなら言って欲しい。
そう思って、私は侍女に話しかけた。
「もし何か気づいたことがあるなら、話して?参考にしたいんだ」
「リューティカ様…。…分かりました、お話しいたします。先程私が驚いたのは、エルクント様が声を出されたからでございます」
侍女によれば、朝目を覚ました時から今まで、どんなに話しかけてもエルクントは返事どころか小さな一声すら発さなかったらしい。
だから私が話しかけても返事をしないだろうと思い、説明しようと思いつつ控えていたのに、エルクントがあっさり声を発し、それがあまりに予想外だった為に表情に出てしまったそうだ。
「そうだったのか…」
うーん、何でエルクントが返事をしてくれたのかは分からないけど、まあ多分同年代で話しやすそうだったとかそんな感じだろう。
けど人見知りはするみたいだし、エルクントの精神的にしばらく私やセイル兄様となるべく離さない方がいいかも。
まずは私たちに慣れてもらって、その後で他の人にも慣れていってもらおうか。
でも、とりあえず話は出来そうでよかった。
人嫌いになって誰とも話さないようだったら、打ち解けるのがすごく難しかっただろうから。
今でも難しくはあるだろうけど、話ができるなら打ち解けるのは不可能じゃないはず。
「話してくれてありがとう。何かお礼ができれば良いんだけど…」
私がそう言うと、侍女が慌てた様子で首を振り、必死な様子で口を開いた。
「いえっ、とんでもない!そのお言葉だけで十分でございます!」
「…そう?まあ、そう言うなら…」
何かお菓子でもあげようかと思ったのに。
まあでも本当にいらなそうだし、お礼なのに無理にあげるわけにはいかないもんね。
侍女を下がらせ、エルクントの方に向き直る。
「エルクント、僕のことはリュートって呼んで。僕の方が兄になるみたいだけど、同い年だから呼び捨てでいいよ」
「…リュート」
「僕のことはセイルって呼んでね」
「……うん」
エルクントはこちらの言葉をきちんと理解しているらしく、言葉数は少ないもののちゃんと話すことも出来そうだ。
読み書きは多分出来ないから、そこはこれから頑張っていくしかないけど。
「僕はエルクントのことなんて呼んだらいい?」
「…なんでもいい」
「そっか。そうだなあ、なんて呼ぼう…」
エルクントでしょ…。
単純に省略するならエルとかエルクとかだよね。
他には尻をとってクントとか…変わった感じならルクとかもあるね。
うーん…どうしよう?
「セイル兄様、どうしたらいいと思いますか?」
こうなったら、セイル兄様にお任せしちゃおう。
いきなり振られたセイル兄様は、「うーん…」と顎に手を当てて考え込んだ。
少しして、セイル兄様が口を開いた。
「愛称は分かりやすいのが良いんじゃないかな。僕はエルクでいいと思うよ」
「なるほど…」
確かに、愛称が分かりにくいと当人は良くても周りの人が混乱してしまいそうだ。
なら、セイル兄様の言う通りエルクにしよう。
「じゃあ、エルクって呼ぶよ。これから一緒に色んなことしようね!」
そう言って、私はいつもセイル兄様やお父様がやってくれるようにエルクの頭を優しく撫でた。
エルクは何も言わなかったけれど、小さく頷いてされるがままになっていた。
「…本当にたらしなのはリュートだと思うなあ」
セイル兄様が後ろでぼそっと呟いた言葉は、撫でるのに夢中だった私には聞こえなかったのだった。
——————————
「ああもう、リューティカ様がセイラート様と戯れているところをあんなに間近で見られるなんて…!ただでさえお二人と関われる仕事なんて羨ましいって嫉妬されてるのに、リューティカ様からお礼なんて受け取れないわ…。…ああでも、もし受け取っていたら一生の宝物になっていたのでしょうね…」
…以上、終始様子のおかしかった侍女の胸中でした。笑
応援ありがとうございます!
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