悪役令嬢は令息になりました。

fuluri

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幼少期

ハプニングです。

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「体に良いものを作る!」とお父様に宣言した私は、早速帰って案を練る気満々だったのだけど、セイル兄様に止められた。

「リュート、何しにここに来たのか忘れてない?」

……はっ!
そうだ、ここには「将来のためにお父様の仕事を学ぶ」という建前で来たんだった!
それに、まだお父様との距離を縮めるにも滞在時間が短すぎる。
さすがにこんなちょっとだけしか話していないのに帰るわけにはいかない。
目的を二つとも完っ然に忘れてたよ……。

「……忘れてました」

「やっぱり……」

セイル兄様に呆れた視線を向けられ、ついつい視線が泳ぐ。
すると、さらに呆れられたような気配がしたが、今視線を合わせたら負けだと言わんばかりに頑なにそっぽを向く。

すると、セイル兄様が諦めたようにため息をついたので、そろそろとセイル兄様の表情をバレないように盗み見た。
……はずだったのに、セイル兄様と完全に目が合い、苦笑しながら頭を撫でられた。
撫でられると途端に蕩けるような表情になる私を、セイル兄様は柔らかい笑顔で撫で続ける。
……と、その様子を見られていたようで、アルがくすくすと笑い始めた。

「ふふ、仲が良いですね。フィル様、もっと早くに紹介してくれれば良かったのに」

そう言われたお父様は、お父様にしては珍しい柔らかな無表情から少し眉を潜めた表情になり、苦々しいといった感じの声で答える。
……それ以外に言い表しようがないんだけど、柔らかな無表情ってなんだろうね。

「……それが出来なかった理由はお前もよく知っているだろう」

「まあそうなんですけどね。それでもこんなに賢くて可愛らしいお二人にはもっと早く会いたかったなあ」

文官たちが周囲からいなくなると、アルの口調が少し砕けたものになった。
お父様とアルは仲が良いんだね?
クラハから聞いた話だと、お父様は今の王様と近衛騎士団長と三人で同い年の幼馴染だったはずだけど、アルとも幼馴染なのかな?

「それにしても、お二人にフィル様の冷たい印象を与える顔が似なくて良かったですねえ。特にリューティカ様はアイリーン様に似て可愛らしいですし」

……むう。
ゲームのリュート様のような完璧イケメンを目指している身としては「可愛らしい」の評価はなんか悔しい。
私の顔はどっちかいうとお母様似だから、まあ今は可愛らしいだろうけど、もうちょっと成長したら凛々しさ溢れるイケメンになる……はずなんだからね!

けど、セイル兄様の顔立ちは、どっちかいうとお父様に似てるんだけどな。
今二人の顔を見比べてみても、結構似て…………あーでも、確かにいつも柔らかく微笑んでるからかセイル兄様にはお父様みたいな冷たい印象はないかも。
儚げ美人な雰囲気は元気になってから少し薄れたけど、それでもまだ残ってるし、ぱっと見だとあんまり似てる感じがしないね。
……それはそうと、アルに言いたいことが一つ。

「アル、僕のことは『リュート』って呼んで。お父様のことを愛称で呼んでるのに、僕のことを『リューティカ様』って呼んでるの、なんだか落ち着かないから」

「それなら、僕も『セイル』と呼んで、アル。僕だけ愛称で呼ばれないのも寂しいし」

私たちがそう言うと、アルが嬉しそうに笑って了承してくれた。
うーん、やっぱりアルの笑顔はなんか落ち着くなあ。
お父様とアルって、吹雪と日だまりって感じで良いコンビかもね。アルの暖かさでお父様の雪が溶けるような感じ?
なんて私が考えていると、アルが「あ、そうだ」なんて軽い感じで、思い出したように口を開いた。


「それで、今日は陛下に会いに来られたんですよね?」


…………わっつ?


「……アル、今なんて?」

いきなりの爆弾発言ですねアルさんや。
私が聞き返すと、アルは不思議そうに目を瞬いた。
いやいや、聞き間違いだろう、まさかそんな「陛下に会いに来た」なんて聞き間違いに違いない。
ああそれとも、冗談か。
ごめんよ、アル。
ちょっと私には笑いどころがよく分からなくて──

「え……ですから、陛下に会いに……」

…………………………。
…………き、聞き間違いじゃなかったぁぁぁぁぁ!
は?!どーいうこと?!
そんな予定はまっったくもってこれっっぽっちも聞いてませんけど!!

「……アル、僕たちは父上の仕事を学びに来たんだ。陛下に会うなんて予定は全く聞いていないよ」

「……セイルの言う通りだな。私も聞いていない。……アル、お前……それを誰から聞いた?まさかあれからか?」

お父様も聞いていない?
それなのにアルは知っているなんて……やっぱりアルの勘違いかあ、良かったあ~。
私は今日王様に会う心の準備なんて全く出来ていないのだ。
……でも、お父様の言うあれって誰?

「……お察しの通りですよ、フィル様……」

「…………」

アルの返事を聞いてお父様は顔に手をやり、天を仰いだ。
そのまま数秒固まった後、私たちの方を向いて目を伏せ、沈痛な面持ちで口を開く。

「……すまない、リュート、セイル」

お父様の表情から非常に嫌な予感がするが、お父様は何を謝っているのだろうか。
セイル兄様の方に視線をちらっとやると、目が合い、お互いに若干引きつった笑顔を浮かべてお父様の方へ視線を戻す。

「お父様、それは一体どういう意味で──」

ガチャッ

「それはこういう意味だな」

……………今後ろから聞こえた声は誰の声だろうか。
振り向きたくない。ものすごく振り向きたくない。
だってこの声。聞いたことのあるこの声は、今私が考えている人物の声に違いないんだから。

「……はあ。やはり来たか──国王陛下・・・・?」
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