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92.ムード作り
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「は、はい……」
「何時から?」
「え、えっと…ごめんなさいよく覚えてなくて」
4時前、と言ったら怒られそうで。
彼が瞼を上げて私を見下ろしているから。
渋々答えて少し顔を背けると、彼はまたため息をついた。
覚えていないわけがないと、悟られてしまったのだろうか。
「……ちゃんと触れてもいい?」
「え…?」
怒られているのかと思えば、今度はまたよく分からないことを言う。
今もしっかり抱き抱えられているし、キスするくらいお顔も近いのに、これ以上触れるとは…?
しかし立場上ノーと言うわけにもいかない。
主導権は彼にあるのだから。
「は、はい…っ」
私が小さく頷くと、彼は腕を更に引き寄せ、私を包み込んだ。
まるで抱き締めるように。
あまりにも優しく、そして温かく、身体が密着して、自然と肩から顔を覗かせる形になった。
ずっと背後にあった夕闇がまた、顔を出し視界をうっすら赤く支配する。
手を繋いでいた反対の手も、私を支えるように包み込んでくれている。
これが、彼の言う「触れる」ということ…?
でも、どうしてハグなんか…
そんな中でもこの状況の意味を理解出来ず、未だに固まっていると、彼の声が頭の後ろの方から聞こえてきた。
「……恐い?」
そう囁かれてようやく、彼の言わんとすることが分かった。
フッと、思わず笑ってしまう。
「…恐くないですよ」
「……そ」
一言聞こえたのち、ギュッとまた抱き寄せられて、背中を、後頭部を、優しく大きな手のひらが撫でる。
「……急にどうしたんですか?」
「…ムードが無かったなと思って」
少し不服そうに、彼は私の肩に顎を沈めた。
「ムード?」
「どうせ2人きりなら、急ぐ必要は無いだろ。
いつも、急ぎ過ぎてんだよ、俺ら」
「ん……」
そう言いながらも、話から気を逸らしたいのか、彼は首筋にキスを落とした。
「……こういう時間も、必要ってこと」
「そう、なんですね…」
「他愛ない会話をして、手を繋いで、ハグやキスをして、気が乗ったらセックスして、ベッドの中でまた会話する」
「っ…恋人同士みたいです」
急に出てきたワードにビクッと反応しながら、まるでメイドの高木が見せてくれたカップル本の内容だと他人事のように返すと、彼は顔を離して目を合わせた。
「違う?」
「い、いえ…」
部分的な彼女、という意味では間違えてないのですが…。
「でも、大丈夫ですよ…私は、もう…」
「……結奈」
ため息混じりに、彼は声を漏らした。
彼は私の決意を分かっているから、止めようとは思っていないようだ。
それにあながち、間違いじゃないのだ。
彼にされて不快だと感じていることが、何一つ無いから。
だから、私が過去に怯えると思っているのなら、的外れなのだ。
1週間前に中断したあの夜も、恐くはなかった。
彼が一緒なのだから…。
「では、私からキスをしたら…伝わりますか?」
私の本気を彼にも分かって欲しい。
彼は少し眉間にシワを寄せて、しっかりと私を見据えた。
「……さぁね」
呆れたような突き放すような返事にも、不思議と臆することはなかった。
出来ると、自信があるから。
彼の唇に、ゆっくりと触れる。
彼はまた私を優しく包み込んで、キスを返してくれた。
夕闇が消えていく。
長い夜が、始まった。
「何時から?」
「え、えっと…ごめんなさいよく覚えてなくて」
4時前、と言ったら怒られそうで。
彼が瞼を上げて私を見下ろしているから。
渋々答えて少し顔を背けると、彼はまたため息をついた。
覚えていないわけがないと、悟られてしまったのだろうか。
「……ちゃんと触れてもいい?」
「え…?」
怒られているのかと思えば、今度はまたよく分からないことを言う。
今もしっかり抱き抱えられているし、キスするくらいお顔も近いのに、これ以上触れるとは…?
しかし立場上ノーと言うわけにもいかない。
主導権は彼にあるのだから。
「は、はい…っ」
私が小さく頷くと、彼は腕を更に引き寄せ、私を包み込んだ。
まるで抱き締めるように。
あまりにも優しく、そして温かく、身体が密着して、自然と肩から顔を覗かせる形になった。
ずっと背後にあった夕闇がまた、顔を出し視界をうっすら赤く支配する。
手を繋いでいた反対の手も、私を支えるように包み込んでくれている。
これが、彼の言う「触れる」ということ…?
でも、どうしてハグなんか…
そんな中でもこの状況の意味を理解出来ず、未だに固まっていると、彼の声が頭の後ろの方から聞こえてきた。
「……恐い?」
そう囁かれてようやく、彼の言わんとすることが分かった。
フッと、思わず笑ってしまう。
「…恐くないですよ」
「……そ」
一言聞こえたのち、ギュッとまた抱き寄せられて、背中を、後頭部を、優しく大きな手のひらが撫でる。
「……急にどうしたんですか?」
「…ムードが無かったなと思って」
少し不服そうに、彼は私の肩に顎を沈めた。
「ムード?」
「どうせ2人きりなら、急ぐ必要は無いだろ。
いつも、急ぎ過ぎてんだよ、俺ら」
「ん……」
そう言いながらも、話から気を逸らしたいのか、彼は首筋にキスを落とした。
「……こういう時間も、必要ってこと」
「そう、なんですね…」
「他愛ない会話をして、手を繋いで、ハグやキスをして、気が乗ったらセックスして、ベッドの中でまた会話する」
「っ…恋人同士みたいです」
急に出てきたワードにビクッと反応しながら、まるでメイドの高木が見せてくれたカップル本の内容だと他人事のように返すと、彼は顔を離して目を合わせた。
「違う?」
「い、いえ…」
部分的な彼女、という意味では間違えてないのですが…。
「でも、大丈夫ですよ…私は、もう…」
「……結奈」
ため息混じりに、彼は声を漏らした。
彼は私の決意を分かっているから、止めようとは思っていないようだ。
それにあながち、間違いじゃないのだ。
彼にされて不快だと感じていることが、何一つ無いから。
だから、私が過去に怯えると思っているのなら、的外れなのだ。
1週間前に中断したあの夜も、恐くはなかった。
彼が一緒なのだから…。
「では、私からキスをしたら…伝わりますか?」
私の本気を彼にも分かって欲しい。
彼は少し眉間にシワを寄せて、しっかりと私を見据えた。
「……さぁね」
呆れたような突き放すような返事にも、不思議と臆することはなかった。
出来ると、自信があるから。
彼の唇に、ゆっくりと触れる。
彼はまた私を優しく包み込んで、キスを返してくれた。
夕闇が消えていく。
長い夜が、始まった。
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