90 / 104
89.おかえりなさい
しおりを挟む
翌日。
1人しかいない彼の寝室で、私はただならぬ緊張感に身を固めていた。
この部屋に来て彼を待つ目的は一つだからだ。
ガチャ……
「あ…………」
玄関にある靴で気付かれているはずなのに、音で分かってたはずなのに。
いざ部屋のドアが開かれ、その姿が現れた途端、声が漏れてしまった。
1週間ぶりに目を合わせた黒いパーカーフードの男性。
陰から覗く美しい漆黒の瞳が、窓から溢れる夕闇に僅かに煌めいて、ドキッとする。
椅子が無いため、どこに居ようか悩んだ結果、申し訳なく座らせてもらっていたベッドの端で、私は手に汗を握りながらどう声をかけていいか悩み、思わず声を震わせた。
「お、おかえり…なさい……?」
赤面したのは言わずもがなだった。
鍵を受け取っていたから彼の帰宅よりも先に部屋にいただけのこと。
まして彼の部屋であり、彼の家なので、私がそれを言うのはおかしい。
それがまるで夫婦の会話のようだと思ってしまったのだ。
不快に思われてしまっては無いだろうか。
ただ鍵を貸しただけの、部分的な彼女でしか無い私に、こんなことを言われて。
今は目を合わせたとはいえ、偶然目の前にいたという不可抗力なのかもしれないし、まだ“彼女の時間”ではないかもしれないというのに……。
そんな事を高速で考えつつ、彼から目を逸らさずにいるも、彼の視線がフッと途切れたので、その熱を下げるのは一瞬だった。
あ……。
「……夜に来るって聞いてたけど」
ドクンと、心臓が凍るように感じた。
彼はフードを外し、髪をササっと掻いて整えると、カバンを床に下ろした。
「あ…はい……。
そのつもりでしたが…準備が早く終わって…時間も余ったので……」
高ぶった感情が少しずつ平常よりも下がっていくのと同時に、視線も降りていく。
まるで尋問を受けているかのようだ。
予定の時間を細かく示した訳ではないが、日が落ちるよりも先に、なんなら午後4時からこの部屋に来ていたのだ。
何をするわけでもなく、ただベッドの端に座り、彼の帰りを待っていた。
何故ならこの部屋に来る正当な理由は、彼に会い子作りをする為なのだから。
でも、彼は時折その条件を無視することもある。
今はまさに、その時なのかもしれない。
彼の態度が少し不服そうなのも、その時折発現するパターンに当てはまっているように感じる。
思えば出会った後はほぼ毎日顔を合わせていたけど、私が周期に入った後は大学の授業のみでお互い目すらも合わせなかった。
その講義も全て同じではない為、約1週間のうち会った回数で数えればほんの数回程度だ。
今までどんな風に会話を切り出したかもよく分からない。
もともと寡黙な方であろうシンと、どうして会話が成り立っていたのか。
思い返してみれば、行為の話や課題、あとは浅井さんの話しか思い出せなかった。
そう考えてあの出来事を思い出して臆し、悔しさにロングスカートの上に置いたままの手をギュッと握った。
シンと一緒にいた女の人とは、もっときっと会話を楽しむのだろう。
私はそういう関係にはなれない。
もっと一線を引いた関係。
会話をしたいだなんて、ましてや夫婦のようだなんて。
そんなわけ、ないのに。
1人しかいない彼の寝室で、私はただならぬ緊張感に身を固めていた。
この部屋に来て彼を待つ目的は一つだからだ。
ガチャ……
「あ…………」
玄関にある靴で気付かれているはずなのに、音で分かってたはずなのに。
いざ部屋のドアが開かれ、その姿が現れた途端、声が漏れてしまった。
1週間ぶりに目を合わせた黒いパーカーフードの男性。
陰から覗く美しい漆黒の瞳が、窓から溢れる夕闇に僅かに煌めいて、ドキッとする。
椅子が無いため、どこに居ようか悩んだ結果、申し訳なく座らせてもらっていたベッドの端で、私は手に汗を握りながらどう声をかけていいか悩み、思わず声を震わせた。
「お、おかえり…なさい……?」
赤面したのは言わずもがなだった。
鍵を受け取っていたから彼の帰宅よりも先に部屋にいただけのこと。
まして彼の部屋であり、彼の家なので、私がそれを言うのはおかしい。
それがまるで夫婦の会話のようだと思ってしまったのだ。
不快に思われてしまっては無いだろうか。
ただ鍵を貸しただけの、部分的な彼女でしか無い私に、こんなことを言われて。
今は目を合わせたとはいえ、偶然目の前にいたという不可抗力なのかもしれないし、まだ“彼女の時間”ではないかもしれないというのに……。
そんな事を高速で考えつつ、彼から目を逸らさずにいるも、彼の視線がフッと途切れたので、その熱を下げるのは一瞬だった。
あ……。
「……夜に来るって聞いてたけど」
ドクンと、心臓が凍るように感じた。
彼はフードを外し、髪をササっと掻いて整えると、カバンを床に下ろした。
「あ…はい……。
そのつもりでしたが…準備が早く終わって…時間も余ったので……」
高ぶった感情が少しずつ平常よりも下がっていくのと同時に、視線も降りていく。
まるで尋問を受けているかのようだ。
予定の時間を細かく示した訳ではないが、日が落ちるよりも先に、なんなら午後4時からこの部屋に来ていたのだ。
何をするわけでもなく、ただベッドの端に座り、彼の帰りを待っていた。
何故ならこの部屋に来る正当な理由は、彼に会い子作りをする為なのだから。
でも、彼は時折その条件を無視することもある。
今はまさに、その時なのかもしれない。
彼の態度が少し不服そうなのも、その時折発現するパターンに当てはまっているように感じる。
思えば出会った後はほぼ毎日顔を合わせていたけど、私が周期に入った後は大学の授業のみでお互い目すらも合わせなかった。
その講義も全て同じではない為、約1週間のうち会った回数で数えればほんの数回程度だ。
今までどんな風に会話を切り出したかもよく分からない。
もともと寡黙な方であろうシンと、どうして会話が成り立っていたのか。
思い返してみれば、行為の話や課題、あとは浅井さんの話しか思い出せなかった。
そう考えてあの出来事を思い出して臆し、悔しさにロングスカートの上に置いたままの手をギュッと握った。
シンと一緒にいた女の人とは、もっときっと会話を楽しむのだろう。
私はそういう関係にはなれない。
もっと一線を引いた関係。
会話をしたいだなんて、ましてや夫婦のようだなんて。
そんなわけ、ないのに。
0
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる