お見合い結婚が嫌なので子作り始めました。

天野 奏

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72.その人はいいのに…

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「あ!おはよう結奈ちゃん!」

「あ……」

 また物思いに耽って廊下を歩きながら油断していた私は、向かってくる1人に声をかけられてドキリとした。

 今私はどんな表情をしていただろうか?
 まさか、ずっと見られていたのではないだろうか?

 この声の主に……

「お、おはようございます、前山先輩」

「あー。ハルくんこの子狙ってんだっけ?」

 前山先輩の隣に立ち、ハニかむ私の顔を覗くのは、見かけない女の子。
 キャラメル色に髪を染め、少し胸が強調されるようなラフな服を着ていて、なんともフレンドリーな人だ。

 先輩と一緒に登校してきたのかな?

 思考を巡らせていると、前山先輩が女の子に苦笑を浮かべる。

「こら言い方。
なんかボーッとしてたけど、大丈夫?」

「えっ!?」

「清くんの風邪でも移ったんじゃない~?」

「っ!?」

 この人は誰だろうと記憶を遡りながら呑気に考えていたのだが、シン、という名前が出た途端、心臓が跳ね上がった。

 彼が今、ここにいる。
 
 それを急に意識付けされて、ポッと顔が火を吹くように熱くなる。
 
 むしろその逆でシンの風邪は私が移してしまったもので、でも前山先輩は私とシンの関係は知らない訳で…!

 昨日会ったことも、隠しているわけで!
 昨日何したとかも…言っちゃダメなわけで!

 思考が瞬時に駆け回るも、言葉にするべきものが浮かんでこない。
 
 いや、彼と私は接点がないという見立てをされているはずだ。
 こんな動揺を見せるのは逆に怪しい。

 なんとかして誤魔化さないと…!

 彼に迷惑をかける訳には……!

「ねぇ清くん、一応謝ってあげたら~?」

「っ……!」

 キャラメル色の女性は一歩後ろで私達の会話が終わるのを待っていただろう気怠そうなシンの横へ行き、堂々と腕を組んで逸らされたフードの中を覗いてた。

 いつもの如く、パーカーのフードで顔が見えない。

 見えるのは彼の整った鼻筋と、少し不満げに硬く閉ざされた薄い唇だけ。

 でも、彼女はそれを覗き、今まさに彼と目を合わせている。
 あの鉄壁のガードとも言える、彼の日常生活の中で、だ。

 急に、胸が冷たくなった。
 
 それまでの焦りも、朝の浮かれ具合も、顔の熱さも消え去るように。

 ただただ、視線を交わす2人を見つめて。

 私の踏み込めない彼の《領域》に、彼女はいるのだ。
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