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69.獲物のように捕らえられて
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ハル……前山先輩が?
どうして急に…あ、大学を休んだからか…
そんな事を呑気に考えて、「分かりました」と手を振る。
「お見舞いに来てくださるんですね…!
来客時に不在なのはおかしいですもん…気持ちだけで充分でしたので、そんなに気にしないでください」
どういう訳か、そんな言葉を漏らした。
シンの表情は廊下の暗さで見えないが、何やらとても、先程とは違うように見えるからだ。
仲のいい人が来るというのに、それほど私を見送りたかったのだろうか?
体調を悪くする事のなかったシンが熱を出したというだけで驚きだっただろう先輩が、お見舞いに来る事なんてそんなに不思議でもない。
それでも胸がざわつくのは、何故なのだろう?
この重たい空気の影響、なのだろうか?
「では、私はこれで…っ」
靴を履き終え、立ち上がり、ドアノブに手を伸ばした時だった。
後ろからグッと腕を引かれ、そのままギュッと抱き締められたのだ。
「つっ…シン……んっ」
恐る恐る振り返ろうとするも、首筋に彼の顔が埋まり、首筋にキスを落とされた。
暗い玄関で、自分の吐息しか聞こえない。
緊張感に、少しだけ畏怖した。
今、彼がどんな表情をしているのかが見えない。
何を思ってこの行為に及んでいるのか、見当も付かない。
それでもリップ音が耳にかかるようで、胸が熱くなる。
吸血鬼に喰われている時は、こんな感覚なのだろうか?
そう考えて、畏怖の理由を理解する。
首は、人の弱点だからだ。
後ろから不意に襲われ、急所を突くようなこの動きに、まるで獲物として捕らえられたような。
逃げ場を与えないかのような。
自分の獲物だと主張されているかのような、本能的恐怖を、感じたのだ。
しかしそれとは裏腹に、顔を離した彼の吐息はまるでお預けをくらうかのように、静かで落胆にも似た音を漏らした。
「はぁ…………」
「……シン?」
胸の鼓動を抑えるように、肩を抱くように組んで離さない彼の腕に手をかける。
また深く長い吐息ののち、彼は顔を私の肩に沈めた。
「……一つだけ、聞いて欲しい」
「な、何ですか?」
「生でヤるのは、1人だけに絞れ」
「はい!?」
空気に似合わぬ言葉に思わず、魔の抜けた声が出てしまった。
何を深刻に悩んでいるのかと思えば…!
「な、何で急に…!」
「誰の子か分からなくなるだろ?」
「それは…確かにそうですけど…!」
どうして今、その話になるのだろうか?
「結奈」
「ん…っ」
頬に手が添えられて、そっとキスをされる。
暗がりでも、何をされるのか分かってしまう。
彼とのキスは、急に来ても、もう……。
「……じゃあな」
「は、はい」
キュンと子宮が動いたのを感じつつも、そう玄関を開け放たれてしまったので、慌てて身振りを切り替えた。
「お邪魔しました」と頭を下げるも、彼はあまり視線を合わせず、スッと玄関を閉めてしまった。
まるで追い出されたような嫌な気分だけど…今の顔を見られたくなかったのかも知れない。
彼の深いため息も、残念そうな気配も。
甘えるような仕草も言葉も、まるで前山先輩に会いたくないかのように感じて、とても気になってしまう。
シンは……前山先輩の事を、どう思っているんだろうか。
どうして急に…あ、大学を休んだからか…
そんな事を呑気に考えて、「分かりました」と手を振る。
「お見舞いに来てくださるんですね…!
来客時に不在なのはおかしいですもん…気持ちだけで充分でしたので、そんなに気にしないでください」
どういう訳か、そんな言葉を漏らした。
シンの表情は廊下の暗さで見えないが、何やらとても、先程とは違うように見えるからだ。
仲のいい人が来るというのに、それほど私を見送りたかったのだろうか?
体調を悪くする事のなかったシンが熱を出したというだけで驚きだっただろう先輩が、お見舞いに来る事なんてそんなに不思議でもない。
それでも胸がざわつくのは、何故なのだろう?
この重たい空気の影響、なのだろうか?
「では、私はこれで…っ」
靴を履き終え、立ち上がり、ドアノブに手を伸ばした時だった。
後ろからグッと腕を引かれ、そのままギュッと抱き締められたのだ。
「つっ…シン……んっ」
恐る恐る振り返ろうとするも、首筋に彼の顔が埋まり、首筋にキスを落とされた。
暗い玄関で、自分の吐息しか聞こえない。
緊張感に、少しだけ畏怖した。
今、彼がどんな表情をしているのかが見えない。
何を思ってこの行為に及んでいるのか、見当も付かない。
それでもリップ音が耳にかかるようで、胸が熱くなる。
吸血鬼に喰われている時は、こんな感覚なのだろうか?
そう考えて、畏怖の理由を理解する。
首は、人の弱点だからだ。
後ろから不意に襲われ、急所を突くようなこの動きに、まるで獲物として捕らえられたような。
逃げ場を与えないかのような。
自分の獲物だと主張されているかのような、本能的恐怖を、感じたのだ。
しかしそれとは裏腹に、顔を離した彼の吐息はまるでお預けをくらうかのように、静かで落胆にも似た音を漏らした。
「はぁ…………」
「……シン?」
胸の鼓動を抑えるように、肩を抱くように組んで離さない彼の腕に手をかける。
また深く長い吐息ののち、彼は顔を私の肩に沈めた。
「……一つだけ、聞いて欲しい」
「な、何ですか?」
「生でヤるのは、1人だけに絞れ」
「はい!?」
空気に似合わぬ言葉に思わず、魔の抜けた声が出てしまった。
何を深刻に悩んでいるのかと思えば…!
「な、何で急に…!」
「誰の子か分からなくなるだろ?」
「それは…確かにそうですけど…!」
どうして今、その話になるのだろうか?
「結奈」
「ん…っ」
頬に手が添えられて、そっとキスをされる。
暗がりでも、何をされるのか分かってしまう。
彼とのキスは、急に来ても、もう……。
「……じゃあな」
「は、はい」
キュンと子宮が動いたのを感じつつも、そう玄関を開け放たれてしまったので、慌てて身振りを切り替えた。
「お邪魔しました」と頭を下げるも、彼はあまり視線を合わせず、スッと玄関を閉めてしまった。
まるで追い出されたような嫌な気分だけど…今の顔を見られたくなかったのかも知れない。
彼の深いため息も、残念そうな気配も。
甘えるような仕草も言葉も、まるで前山先輩に会いたくないかのように感じて、とても気になってしまう。
シンは……前山先輩の事を、どう思っているんだろうか。
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