お見合い結婚が嫌なので子作り始めました。

天野 奏

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40.彼の匂いが心地良くて

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「とりあえずこれ着とけ」
「はい」
「…風呂沸かすから、ちょっと待ってろ。
時間かかるから、俺は先にシャワー浴びる」
「あ…はい」
「…ほら。飲んどけ」
「えっ」

  ベッドの上から立ち上がり、クローゼットから羽織りパーカーを取り出しこちらに投げたと思えば、彼が何かのボタンを押すと「お湯張りをします」と機械的な女性の声が聞こえ出す。
  部屋を出て行ったのを見てパーカーを羽織って前を隠したが、終わる頃には戻って来てスプーンの入ったマグカップを差し出す。

  モクモクと湯気を上げるそれは、黄色い飲み物だった。
  こんなに一瞬で戻って来れるものなのだろうか…?

「コーンスープ。
インスタントだけど」
「ありがとうございます」

  両手で受け取ると指先がジンと温まった。
  猫舌なのが分かってなのかと思えるこのスプーンで一口掬ってふーふーと冷ましながら口に含むと、濃厚な甘みが口の中に広がった。
  つい顔が綻ぶ。

  その様子を一部始終見送るとすぐに、彼はまた部屋を出て行った。

  シャワー浴びに行ったのかな?
  彼なら、早く戻って来そう。

  また一口掬い、冷ましながら、色々なことを考える。
  
  彼の無駄のないテキパキした動きは、うちのお手伝いさん達を思わせる程だ。
  でも、あっちはプロなのだ。
  大学にいる学生がそんな動きを真似出来る訳ではないだろう。
 
  部屋の中はとても綺麗だけど、どことなく生活感はない。
  私の部屋と同じで、テレビも無いのだ。

  この部屋には、寝に帰ってくるだけなのだろうか?
  着替えて、洗濯物を洗って、干して、すぐ寝てしまうとか。

  彼がいつも出歩いてるとしたら、どこで、何をしているのだろうか?
  
  昨晩と同じようなことを…?

  そこまで考えて、もう一口を啜り、ベッドサイドのテーブルへマグカップを置いて、ベッドに横たわった。

  彼の匂いがする。

  というかこれは、柔軟剤の香り。
 
  彼の服に包まれてるだけなのに、とても心地良く感じてしまう。

  こんな風に、誰かをこの家に上げることもあるのだろうか?

  雨に濡れた女の人を、家に招き入れて、服を脱がす。

  そんなことも、あったりするのだろうか?

  彼の経験人数は5人…らしいけど。

  他の人達とは、どんな関係だったのだろうか?

  私のように、身体を求めていた人は何人いたのだろうか?

  最低な、こんな私を、どうして彼は、蔑まないのだろうか?

  どうして……


「結奈?」
  
「ん……」

  額に、温かい大きなものが触れている。

  彼の掌だと、すぐに分かった。

  瞼を開けると、すぐ目の前に髪を濡らした彼が、真っ直ぐな瞳を私に向けていた。

「…俺は上がったから、早めに入って来い。
タオルと着替えは置いてあるから、自由に使え」

「はい…ありがとう」

  目の前に彼がいる。

  それだけのことがなんだか嬉しくて微笑むと、彼は少し目を見開いてすぐ立ち上がり、背を向けた。

「いいから行け」
「はい」

  色々考えても、分からないことが多いけど。
  でも、今はなんだか、人生で一番楽しい気がする。
  そんなことを、呑気に考えた。
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