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散り泣き咲く雪のよう
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「……お前は、注意しろ。
ドジどころじゃない」
「はい。心配ありがとうございます」
「心配はしてない」
「違うんですか?」
「……お前のことなんか、どうだっていい」
本当に、どうでもいい。
死のうが、手を滑らせ窓から落ちようが、関係無い。
その、はずだ。
少女は、フフッと笑った。
「何がおかしい?」
「いえ、何か、’最初と印象が違うなと思って。
前はその……もっとチャラそうだったし、『お前』じゃなくて『君』だったし……」
「……その方が、都合が良かった」
今思えば、あの演技を覚えられているのは汚点であり恥だ。
何とか、消せないものか。
こんな時に、能力が通用しないのは不便なものだと、初めて思った。
あの時は、あの一夜だけの関係だと思っていた。
重ねられた手を引き抜くと、少女は少し寂しげな顔をした。
「……お前は、何故、俺を助けようと思った?」
「え……?」
「いくら怪しい奴に追われていたからと言って、見ず知らずの奴を助けようと思えるか?
何故だ?」
「えっと、それは……」
少女は目を逸らして、頬に手を当てた。
動揺か、心拍数も上がっている。
「……気が付いたら動き出してた、みたいな……そんな、理由は無かったです。
ただ、何となく、ほっとけなかったというか……」
「………」
じっと見つめて観察していると、少女は頭を振って俺を見た。
「……本当のこと言うと、一目惚れです」
「一目惚れ?」
「はい……あなたを見たら凄く…吸い込まれたというか、あの……好きに、なったんです…」
「は?」
顔を更に赤くして、下を向く少女。
……ああいう時ですら正直に話す女だ、言い直したということは嘘は無いだろう。
それが、余計に苛立たせた。
胸のモヤモヤが、消えない。
何かに期待しているこいつの……苦しむ顔が見たい。
「……お前の余命はあと1年だ」
「……え?」
気づけば、口が開いていた。
「お前のことは、予言を受けている。
1年以内にお前は死ぬ。
……俺が、殺す」
最後は、自分の誓いにも似た言葉だった。
少女は少し動きを止めると、また少し笑った。
「……じゃあ、尚更頑張らないとですね。
ちゃんと、振り向いて貰えるように」
……カラ元気。
見れば、分かる。
傷ついた。
間違いなく。
さっきからバカな言動ばかりするこいつを……
でも、何故か、胸のモヤモヤは、消えず。
更に、悪化していた。
「あ……あなたが来たってことは、血が飲みたいんですよね?」
目を、逸らされる。
胸が、痛い。
「いらない。
輸血で繋いだお前の血など、飲めたもんじゃない」
薬品と、他人の血と、病室のニオイが混じって香る。
だからまだこの密室に居られるようなものだ。
少女は着ていたパジャマのボタンを少し開けた。
「でも、若干ですが、声が掠れてますし……遠慮しないでいいですよ?
絆創膏も持ってます。
最近常備してて……。
どうせ死ぬなら、ちゃんと利用してください。
あなたの正体を知ってて、それでも惚れて自分から血を差し出す女なんて、貴重だと思いますよ?
だから……っ!」
肩を出したところで、饒舌になった少女の口を、自分の唇で塞いだ。
吸血欲を誤魔化す為に肩をガシッと掴み、斜めになっていた背もたれに押し倒す。
「んっ…んんっ……はっ………!」
呼吸もままならないキス。
何とか息をつなぐ少女の瞳から、涙が溢れた。
その涙にキスをする。
また少しだけ、喉が潤った気がした。
ああ……中毒だ。
そのまま首筋にキスをして、また唇を塞ぐ。
髪の隙間に指を通すと、いいニオイがした。
「はっ…はっ……」
「はっ……っ………」
呼吸が、混じり合う。
見つめ合って、また噛み付くように、だが今度は優しくキスをした。
「……どうして?」
また、少女の瞳に涙が溜まる。
「どうして、キスするの……?」
「………」
俺は何も返せずに、後ずさると、病室の外へ出て行った。
どうして……?
ただの、中毒だ。
あの味が忘れられずに、血を求めて彼女に近づくだけ。
言ってやればいい。
エサを目の前にして、抑えることがどれだけ苦しいか。
どれだけ喉を刺激するか。
「はっ……」
電柱の横まで走ったところで立ち止まり、隠れるように背をもたれる。
片手で額に手を当て、空を仰いだ。
……それが、それのどこが、キスに繋がるってんだ。
吸血欲を抑える為?
性欲の代わり?
どうせ、俺が殺す相手なんだ。
吸い殺しても、どうってことない。
俺に足がついたとしても、どこまででも逃げられる自信がある。
今俺が考えたことは、都合のいい言い訳でしかない。
キスの理由なわけがない。
「……くそっ………」
反対の手で電柱を後ろ手に殴った。
石に、ヒビが入ったのが分かった。
あの笑顔を見て、傷つけばいいと思った。
そして、成功した。
それだけで良かったんだ。
それ以上はいらなかった。
ただ、見ていられなかった。
あの顔を……。
悲しむ顔を、見ていられなかった。
自分で、させたくせに。
ただの、エサのハズなのに……。
こんなの、初めてだった。
暗闇から、電柱の証明に照らされた雪が続々と現れては地に落ちていく。
1つの雪が頬に当たって、そして、ほとんど残ることなく消えた。
ドジどころじゃない」
「はい。心配ありがとうございます」
「心配はしてない」
「違うんですか?」
「……お前のことなんか、どうだっていい」
本当に、どうでもいい。
死のうが、手を滑らせ窓から落ちようが、関係無い。
その、はずだ。
少女は、フフッと笑った。
「何がおかしい?」
「いえ、何か、’最初と印象が違うなと思って。
前はその……もっとチャラそうだったし、『お前』じゃなくて『君』だったし……」
「……その方が、都合が良かった」
今思えば、あの演技を覚えられているのは汚点であり恥だ。
何とか、消せないものか。
こんな時に、能力が通用しないのは不便なものだと、初めて思った。
あの時は、あの一夜だけの関係だと思っていた。
重ねられた手を引き抜くと、少女は少し寂しげな顔をした。
「……お前は、何故、俺を助けようと思った?」
「え……?」
「いくら怪しい奴に追われていたからと言って、見ず知らずの奴を助けようと思えるか?
何故だ?」
「えっと、それは……」
少女は目を逸らして、頬に手を当てた。
動揺か、心拍数も上がっている。
「……気が付いたら動き出してた、みたいな……そんな、理由は無かったです。
ただ、何となく、ほっとけなかったというか……」
「………」
じっと見つめて観察していると、少女は頭を振って俺を見た。
「……本当のこと言うと、一目惚れです」
「一目惚れ?」
「はい……あなたを見たら凄く…吸い込まれたというか、あの……好きに、なったんです…」
「は?」
顔を更に赤くして、下を向く少女。
……ああいう時ですら正直に話す女だ、言い直したということは嘘は無いだろう。
それが、余計に苛立たせた。
胸のモヤモヤが、消えない。
何かに期待しているこいつの……苦しむ顔が見たい。
「……お前の余命はあと1年だ」
「……え?」
気づけば、口が開いていた。
「お前のことは、予言を受けている。
1年以内にお前は死ぬ。
……俺が、殺す」
最後は、自分の誓いにも似た言葉だった。
少女は少し動きを止めると、また少し笑った。
「……じゃあ、尚更頑張らないとですね。
ちゃんと、振り向いて貰えるように」
……カラ元気。
見れば、分かる。
傷ついた。
間違いなく。
さっきからバカな言動ばかりするこいつを……
でも、何故か、胸のモヤモヤは、消えず。
更に、悪化していた。
「あ……あなたが来たってことは、血が飲みたいんですよね?」
目を、逸らされる。
胸が、痛い。
「いらない。
輸血で繋いだお前の血など、飲めたもんじゃない」
薬品と、他人の血と、病室のニオイが混じって香る。
だからまだこの密室に居られるようなものだ。
少女は着ていたパジャマのボタンを少し開けた。
「でも、若干ですが、声が掠れてますし……遠慮しないでいいですよ?
絆創膏も持ってます。
最近常備してて……。
どうせ死ぬなら、ちゃんと利用してください。
あなたの正体を知ってて、それでも惚れて自分から血を差し出す女なんて、貴重だと思いますよ?
だから……っ!」
肩を出したところで、饒舌になった少女の口を、自分の唇で塞いだ。
吸血欲を誤魔化す為に肩をガシッと掴み、斜めになっていた背もたれに押し倒す。
「んっ…んんっ……はっ………!」
呼吸もままならないキス。
何とか息をつなぐ少女の瞳から、涙が溢れた。
その涙にキスをする。
また少しだけ、喉が潤った気がした。
ああ……中毒だ。
そのまま首筋にキスをして、また唇を塞ぐ。
髪の隙間に指を通すと、いいニオイがした。
「はっ…はっ……」
「はっ……っ………」
呼吸が、混じり合う。
見つめ合って、また噛み付くように、だが今度は優しくキスをした。
「……どうして?」
また、少女の瞳に涙が溜まる。
「どうして、キスするの……?」
「………」
俺は何も返せずに、後ずさると、病室の外へ出て行った。
どうして……?
ただの、中毒だ。
あの味が忘れられずに、血を求めて彼女に近づくだけ。
言ってやればいい。
エサを目の前にして、抑えることがどれだけ苦しいか。
どれだけ喉を刺激するか。
「はっ……」
電柱の横まで走ったところで立ち止まり、隠れるように背をもたれる。
片手で額に手を当て、空を仰いだ。
……それが、それのどこが、キスに繋がるってんだ。
吸血欲を抑える為?
性欲の代わり?
どうせ、俺が殺す相手なんだ。
吸い殺しても、どうってことない。
俺に足がついたとしても、どこまででも逃げられる自信がある。
今俺が考えたことは、都合のいい言い訳でしかない。
キスの理由なわけがない。
「……くそっ………」
反対の手で電柱を後ろ手に殴った。
石に、ヒビが入ったのが分かった。
あの笑顔を見て、傷つけばいいと思った。
そして、成功した。
それだけで良かったんだ。
それ以上はいらなかった。
ただ、見ていられなかった。
あの顔を……。
悲しむ顔を、見ていられなかった。
自分で、させたくせに。
ただの、エサのハズなのに……。
こんなの、初めてだった。
暗闇から、電柱の証明に照らされた雪が続々と現れては地に落ちていく。
1つの雪が頬に当たって、そして、ほとんど残ることなく消えた。
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