陽の下の吸血鬼

天野 奏

文字の大きさ
上 下
30 / 31
散り泣き咲く雪のよう

16

しおりを挟む
「……お前は、注意しろ。
ドジどころじゃない」
「はい。心配ありがとうございます」
「心配はしてない」
「違うんですか?」
「……お前のことなんか、どうだっていい」

本当に、どうでもいい。
死のうが、手を滑らせ窓から落ちようが、関係無い。
その、はずだ。

少女は、フフッと笑った。

「何がおかしい?」
「いえ、何か、’最初と印象が違うなと思って。
前はその……もっとチャラそうだったし、『お前』じゃなくて『君』だったし……」
「……その方が、都合が良かった」

今思えば、あの演技を覚えられているのは汚点であり恥だ。
何とか、消せないものか。
こんな時に、能力が通用しないのは不便なものだと、初めて思った。
あの時は、あの一夜だけの関係だと思っていた。


重ねられた手を引き抜くと、少女は少し寂しげな顔をした。

「……お前は、何故、俺を助けようと思った?」
「え……?」
「いくら怪しい奴に追われていたからと言って、見ず知らずの奴を助けようと思えるか?
何故だ?」
「えっと、それは……」

少女は目を逸らして、頬に手を当てた。
動揺か、心拍数も上がっている。

「……気が付いたら動き出してた、みたいな……そんな、理由は無かったです。
ただ、何となく、ほっとけなかったというか……」
「………」

じっと見つめて観察していると、少女は頭を振って俺を見た。

「……本当のこと言うと、一目惚れです」
「一目惚れ?」
「はい……あなたを見たら凄く…吸い込まれたというか、あの……好きに、なったんです…」
「は?」

顔を更に赤くして、下を向く少女。

……ああいう時ですら正直に話す女だ、言い直したということは嘘は無いだろう。
それが、余計に苛立たせた。
胸のモヤモヤが、消えない。
何かに期待しているこいつの……苦しむ顔が見たい。

「……お前の余命はあと1年だ」
「……え?」

気づけば、口が開いていた。

「お前のことは、予言を受けている。
1年以内にお前は死ぬ。
……俺が、殺す」

最後は、自分の誓いにも似た言葉だった。
少女は少し動きを止めると、また少し笑った。

「……じゃあ、尚更頑張らないとですね。
ちゃんと、振り向いて貰えるように」

……カラ元気。
見れば、分かる。
傷ついた。
間違いなく。
さっきからバカな言動ばかりするこいつを……

でも、何故か、胸のモヤモヤは、消えず。
更に、悪化していた。

「あ……あなたが来たってことは、血が飲みたいんですよね?」

目を、逸らされる。
胸が、痛い。

「いらない。
輸血で繋いだお前の血など、飲めたもんじゃない」

薬品と、他人の血と、病室のニオイが混じって香る。
だからまだこの密室に居られるようなものだ。

少女は着ていたパジャマのボタンを少し開けた。

「でも、若干ですが、声が掠れてますし……遠慮しないでいいですよ?
絆創膏も持ってます。
最近常備してて……。
どうせ死ぬなら、ちゃんと利用してください。
あなたの正体を知ってて、それでも惚れて自分から血を差し出す女なんて、貴重だと思いますよ?
だから……っ!」

肩を出したところで、饒舌になった少女の口を、自分の唇で塞いだ。
吸血欲を誤魔化す為に肩をガシッと掴み、斜めになっていた背もたれに押し倒す。

「んっ…んんっ……はっ………!」

呼吸もままならないキス。
何とか息をつなぐ少女の瞳から、涙が溢れた。
その涙にキスをする。
また少しだけ、喉が潤った気がした。

ああ……中毒だ。

そのまま首筋にキスをして、また唇を塞ぐ。
髪の隙間に指を通すと、いいニオイがした。

「はっ…はっ……」
「はっ……っ………」

呼吸が、混じり合う。
見つめ合って、また噛み付くように、だが今度は優しくキスをした。

「……どうして?」

また、少女の瞳に涙が溜まる。

「どうして、キスするの……?」
「………」

俺は何も返せずに、後ずさると、病室の外へ出て行った。

どうして……?
ただの、中毒だ。
あの味が忘れられずに、血を求めて彼女に近づくだけ。
言ってやればいい。
エサを目の前にして、抑えることがどれだけ苦しいか。
どれだけ喉を刺激するか。

「はっ……」

電柱の横まで走ったところで立ち止まり、隠れるように背をもたれる。
片手で額に手を当て、空を仰いだ。

……それが、それのどこが、キスに繋がるってんだ。
吸血欲を抑える為?
性欲の代わり?
どうせ、俺が殺す相手なんだ。
吸い殺しても、どうってことない。
俺に足がついたとしても、どこまででも逃げられる自信がある。
今俺が考えたことは、都合のいい言い訳でしかない。
キスの理由なわけがない。

「……くそっ………」

反対の手で電柱を後ろ手に殴った。
石に、ヒビが入ったのが分かった。

あの笑顔を見て、傷つけばいいと思った。
そして、成功した。
それだけで良かったんだ。
それ以上はいらなかった。

ただ、見ていられなかった。
あの顔を……。
悲しむ顔を、見ていられなかった。
自分で、させたくせに。
ただの、エサのハズなのに……。

こんなの、初めてだった。

暗闇から、電柱の証明に照らされた雪が続々と現れては地に落ちていく。
1つの雪が頬に当たって、そして、ほとんど残ることなく消えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【R18】淫乱メイドは今日も乱れる

ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。 毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を…… ※性的な表現が多分にあるのでご注意ください

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

処理中です...