陽の下の吸血鬼

天野 奏

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散り泣き咲く雪のよう

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「っ……はっ……はっ……」

着いたのは、静かな場所にある廃墟だった。
古いビルの扉は開いていて、中のボロボロになったソファーに倒された。
後ろ手に手錠を付けられ、身動きが取れない。
足の出血も止まらず、入って来たところから血の跡が続いていた。
この場所にこの男は詳しい。
地元なのだろうか?
それとも、逃げ回っていたと国枝刑事が言ってたから、ここに隠れていたのだろうか?

「ちくしょう……!
なんでこんなことに……!」

車の中でも何度も口にしていたその言葉をまた呟いた。
気が弱い人なのだろう。
こういった強行に走るような性格じゃないと思う。
あの時私と目が合ったところから、雰囲気がガラッと変わった。
何か閃いたのだろうか、あの時……。

「俺は……!
捕まりたく無かっただけなのに……っ」

男はコンクリートで囲まれた壁に1つだけある窓を少しだけ開けて、壁を背に外を確認していた。

「……ちゃんと、罪を償いましょう?
……このままだと、あなたの罪がどんどん重くなります……」
「うるせえ!!
口ごたえすんじゃねぇ!!」

男が銃をこちらに向けた。
気が動転して全然話にならない。
さっきからずっとこの調子だ。
もし警察が説得に来ても、その人を撃ってしまいそうだ。
私を撃った時も、後ろの金具を引かないですぐに撃てたから…引き金を引けば、発砲されてしまう。
それだけは……今度こそ悪くなってしまう。

「……もう逃げられねぇことはわかってんだ。
でも、どうしろってんだよ!
普通に出てって撃たれたりしたら…….」
「……銃を降ろしていけば、きっと大丈夫ですよ。
きっと……」
「なんでさ、さっきから俺を心配するようなことばっか言うんだよ!?
俺はお前を撃ったんだぞ!?
死ぬかもしれねーんだぞ!?」

男は片手で銃を振るように吠えた。
手が、震えている。

「……あれは、事故ですよね?
本当に撃とうと思ってなかったですよね?
私だって、ああなったら、恐くて逃げると思います。
だから、あなたのこと怒ったりしてないです」

安心させようと、ほんの少し、笑って見せる。
額から汗が垂れた。
こんな真冬に、変なの。

男は目を細めて、頭を抱えた。

「はは…撃った相手にこんなこと言われるなんてな……。
自分が恥ずかしいよ……」

自嘲したと思えば、男は徐ろに銃を自分の頭に向けた。

「……!」

逆効果だった!
追い詰めてしまった…!

「あんたには悪いことしたな。
……忘れてくれよ」
「ダメ………っ!!」

パッと、影が視界に入った。
真っ黒なそれは、男と重なった。

「お前が先に死んでどうする」

低い、重い声。

「ひっ……!」

目を凝らすと、そこにはやはり、彼の姿が。

銃の引き金の後ろに、人差し指が入っていた。

「だっ……誰だお前!?
いつの間に……!!」

男は慌てて離れようとしたが、彼に手を握られていて離れられない。

「お前が今ここで死んで、あの女はどうなると思う?」
「あの女……」

こちらに視線が来るが、目が霞んでハッキリ見えない。
でも、声はまだ聞こえる。

「あの女のケガ、血を流し過ぎた。
お前を説得する為だけに意識を保ってる。
お前が死んだら、警察が来る前にあいつも死ぬぞ」
「っ……!」

男と目を合わせた。

「お前は警察に自首して罪を償え」
「なっ……!?」

彼がグッと男に近づき、首筋に噛み付いた。
目の前が、暗くなる。

ダメだ…まだ、今気を失っては……

彼の瞳がこちらに向けられる。

ほんのり赤いそれが、まぶたの裏に張り付いて、消えた。
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