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93.鬼の憤怒は甘えの前兆
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「……おい三谷」
ゾクッ……!
聞き覚えのある低い唸り声と、隙間から覗く鋭い眼光に、背筋を何か冷たいものが駆け抜けた。
「ぶ、部長……!?」
ハッと慌てて扉を閉めようとすれば、一瞬にして隙間に手を差し込まれ、常人ならぬ力強さでこじ開けられてしまった。
慌てて数歩後退するも、鬼の形相な部長から視線は外せない。
背後から黒い炎が見える様に、なんとも威圧感のあるヤクザのような面構えで、いつものイケメン顔が台無しだ。
でもこの雰囲気は知ってる。
これは……“仕事人・杉村 一華”の顔ーー。
「……何故閉め出す三谷?」
「あ、あの、えと、し、しし閉め出すと言っても、あの、閉め出せてないですし…あの…!」
「んなこと聞いてんじゃねーだろ!」
「ひひぃっ!!」
我ながら久々に変な声が出てしまった。
すでに冷や汗ダラダラだしヤバいやつと目を合わせてしまったサラリーマンな気分だし気を緩めたら涙が出てしまいそうなくらい恐い!
腕を組み、人の頭上から見下すその様はまさに鬼の如し。
こんなに怒りを曝け出して現れる部長なんて会社でもあり得ないのに。
入社からの条件反射か、こういう部長に対してはどうしても萎縮してしまう。
が、今はそんなこと言ってる場合じゃないのだ!
うまく撒いたと思ったのに、これじゃ何の意味も無いじゃないか!
「ぶ、部長こそ!
なんでうちに…!」
「バカかお前は!
遅刻ギリギリに来たくせに体調不良で昼に早退とはどういうことだっ!!」
「ひぃっ!」
部長の一歩踏み出しての咆哮が全身に響き渡り、思わず委縮した。
まるで狼かライオンのようだ。
「し、仕方ないじゃ無いですか!
気分が悪くてミスも増えそうで…」
「言い訳すんな!
お前の体調なんざ匂いで分かんだよ!
健康体で帰りやがって嘘つきが!」
「に、匂い!? …ひっ!」
両腕をガシッと掴まれたと思えば、勢いよく引き寄せられて、そのまま腕に抱かれ胸元に押し付けられた。
怒りに反して穏やかな鼓動を紡ぐ部長の心音が心地よくて、こうして胸元に埋まると安心する。
こんなにひんやりした身体に触れているのに、胸の奥が温かい。
なんだか凄く、久しぶりな気がする。
たった3日、離れていただけなのに。
部長の怒りに身体をこわばらせていたはずなのに、こうも静かに優しく抱き締められては、どう反応していいか分からない。
そして、居心地の良さに、つい心のネジが緩んでしまう。
骨抜きにされたとは、こういうことなのだろうか。
「せっかく顔を合わせられるってのに、会いたくないのかと思った…」
ドキッ……。
耳元に囁かれるほんの少し掠れた声が、まるで甘える子供のようで、もしかして寂しかったのかな、と勘違いさせるけど。
……部長。
その勘は間違えてないです。
と心の中でツッコミつつも、押し返して口に出す勇気は無くて、だらんと下ろした腕の先で、手のひらをギュッと握った。
きっともうこれで最後だ。
この真水のような透き通った匂いを嗅ぐことも、このひんやりした腕に抱き締められ、徐々に温もりに変わるこの感覚も。
この人のことで悩むことだって、もう……。
会うことは、無くなるんだから。
ゾクッ……!
聞き覚えのある低い唸り声と、隙間から覗く鋭い眼光に、背筋を何か冷たいものが駆け抜けた。
「ぶ、部長……!?」
ハッと慌てて扉を閉めようとすれば、一瞬にして隙間に手を差し込まれ、常人ならぬ力強さでこじ開けられてしまった。
慌てて数歩後退するも、鬼の形相な部長から視線は外せない。
背後から黒い炎が見える様に、なんとも威圧感のあるヤクザのような面構えで、いつものイケメン顔が台無しだ。
でもこの雰囲気は知ってる。
これは……“仕事人・杉村 一華”の顔ーー。
「……何故閉め出す三谷?」
「あ、あの、えと、し、しし閉め出すと言っても、あの、閉め出せてないですし…あの…!」
「んなこと聞いてんじゃねーだろ!」
「ひひぃっ!!」
我ながら久々に変な声が出てしまった。
すでに冷や汗ダラダラだしヤバいやつと目を合わせてしまったサラリーマンな気分だし気を緩めたら涙が出てしまいそうなくらい恐い!
腕を組み、人の頭上から見下すその様はまさに鬼の如し。
こんなに怒りを曝け出して現れる部長なんて会社でもあり得ないのに。
入社からの条件反射か、こういう部長に対してはどうしても萎縮してしまう。
が、今はそんなこと言ってる場合じゃないのだ!
うまく撒いたと思ったのに、これじゃ何の意味も無いじゃないか!
「ぶ、部長こそ!
なんでうちに…!」
「バカかお前は!
遅刻ギリギリに来たくせに体調不良で昼に早退とはどういうことだっ!!」
「ひぃっ!」
部長の一歩踏み出しての咆哮が全身に響き渡り、思わず委縮した。
まるで狼かライオンのようだ。
「し、仕方ないじゃ無いですか!
気分が悪くてミスも増えそうで…」
「言い訳すんな!
お前の体調なんざ匂いで分かんだよ!
健康体で帰りやがって嘘つきが!」
「に、匂い!? …ひっ!」
両腕をガシッと掴まれたと思えば、勢いよく引き寄せられて、そのまま腕に抱かれ胸元に押し付けられた。
怒りに反して穏やかな鼓動を紡ぐ部長の心音が心地よくて、こうして胸元に埋まると安心する。
こんなにひんやりした身体に触れているのに、胸の奥が温かい。
なんだか凄く、久しぶりな気がする。
たった3日、離れていただけなのに。
部長の怒りに身体をこわばらせていたはずなのに、こうも静かに優しく抱き締められては、どう反応していいか分からない。
そして、居心地の良さに、つい心のネジが緩んでしまう。
骨抜きにされたとは、こういうことなのだろうか。
「せっかく顔を合わせられるってのに、会いたくないのかと思った…」
ドキッ……。
耳元に囁かれるほんの少し掠れた声が、まるで甘える子供のようで、もしかして寂しかったのかな、と勘違いさせるけど。
……部長。
その勘は間違えてないです。
と心の中でツッコミつつも、押し返して口に出す勇気は無くて、だらんと下ろした腕の先で、手のひらをギュッと握った。
きっともうこれで最後だ。
この真水のような透き通った匂いを嗅ぐことも、このひんやりした腕に抱き締められ、徐々に温もりに変わるこの感覚も。
この人のことで悩むことだって、もう……。
会うことは、無くなるんだから。
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