地味な私が天敵俺様イケメン部長に娶られそうなんですがそれは

９２．本心で向き合う人

｢はぁ～……｣

  本をガタッと倒して、机に突っ伏して、大きくため息をついた。

  恋ってなんだっけ？
  別れた後ってどうやって切り替えるの……？
  いやそもそも、好きって何…？

  そんな検証も込めていざマンガの世界へ！…と思ってかれこれ読み進めて半日。

  うちにある物で好きなマンガはどれも読んだはずなのに、今読むとどれもピンと来ない。

  今までほぼ毎日読んでキュンキュンしていたはずで、こんな恋愛してみたい！とか思ってたのに。

  私の問題にはイマイチ当てはまらないのだ。

  まず、好きでもない男と別れたって話が一つもない！

  むしろ嫌いなタイプの人と別れて本当の恋をするって人がいない！

  みんな、何かきっかけがあって人を好きになり、その人と付き合っていくのに。
  私はその段階をすっ飛ばして好きでもない男と婚約してしまった。

  だから、私の辞書にこの恋愛？を上手くいかせる術は載ってない。

  まして、この関係を続けると彼氏の方が死ぬなんて宣告を受けるような話だってない。

  ロミオとジュリエットは最終的に死んだけど、お互い死ぬつもりなんて無かったはずだ。
  そんな未来予知なんて無くて、恋に溺れた。
  けど、私はあの男からそれを受けた。

  私と部長の関係は間違っている。

  私が部長から未来を奪うことになるなら。
  私から居なくならないと……。


『ピンポーン』

  機械音が響き、ハッと顔を上げた。
  目覚まし時計は既に8時を回っている。

  あの男と約束をした。

  部長と別れることを決め、それが実証されたらまた会いに来ると。

  今日のことでそれが証明されたなら、今ここに来るのは……。

  渇きかけた半開きの口を閉じ、ゆっくりと玄関に向かう。

  あの男ーーレオが出した条件を呑むとしたら、私は何を望めばいい？

  もし、その条件が嘘だったら、私は殺されるのだろうか。
  嘘でなくとも、彼ならやりかねない。
  部長に近付くことが私に与えられた条件でも、部長と私は惹かれ合う刻印を受けていると言った。

  部長を突っぱねたことで部長が私を運良く諦めたとして、また偶然にもどこかで出くわしてしまう可能性があったら…。

  そんな私を、あの人は生かしておくのだろうか？

  人をエサとしか認識していない、あの人が。

  そう思いながらも、どこか恐怖心は抜けていて、私もとうとうおかしくなったのだと鼻で笑った。

  死ぬだの生きるだの、いつからこんなことを本気で考えるのが当たり前になったのだ。

  こんな危機感、今まで無かったはずだ。

  私の生活はいつも安全で、変哲も無く、ただ静かに、おそらく独り身で生涯を終えるだけの、普通の人間だったのに。

  誰からも愛されることなく、きっと毎日ドヤされて……。

  でも、ドヤす相手すら、既に部長だった。
  誰にも叱られずに、呑気に生きて来た私を、最初に本気で怒鳴ったのは、きっと部長だ。

  今まで陰でコソコソ言われてきたのに、本心で向き合ってきた人はきっと、部長だけだった。

  ああ……そうか。

  部長の正体を知った時からじゃない。
  部長に会った瞬間から、私は普通じゃなくなってたのか。

  そんなことに今更気付いて、ふと笑みがこぼれた。

  胸の奥がキュッと温かくなる。

  やっと答えが引き出せた気がする。

  ガチャ……。

  チェーンを外し、鍵を開け、ドアノブを握り、ゆっくりと回す。

  最後に、ちゃんと部長に、会いたかったなぁ…。