地味な私が天敵俺様イケメン部長に娶られそうなんですがそれは

天野 奏

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76.腕の中の無垢な子供

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「ーーはっ……!」

  息を吸い込む、声が聞こえた。

「っ!」

  頭に触れる指先が、少し強引に顔を前に向かせる。
  ズキズキと痛む身体に、彼の低い声が響く。

「ーー凛」
「っ……んっ!!」

  瞼を強く閉じたその人の顔が見えたと思えば、頭を前へ強引に押し付けるように引き寄せ、唇を奪われた。
  名前を呼ぶその声に、ギュッと胸が熱くなる。

  生え揃った長いまつ毛が、月明かりで小刻みに揺れているのがわかった。

  押し付ける加減を知らない、痛いキス。
  そして今までよりも長く、微動だにしないそのキスは、3秒ほど続いた。

「はっ…はっ……」

  呼吸が乱れる。
  何が正解なのか、分からない。

  息を止めて、たったその数秒の間に鼓動は早まり、全身の力が抜けて脱力してしまいそうになる。

  コツンと額を合わせ、「はぁ…」と甘い吐息を漏らす部長は、未だ目を閉じたまま、その凶器の見える唇を震わせる。

「……もっと」
「っ……!
い、一華!」

  またグッと腕を掴まれ、痛みを堪えながら声を上げると、さんをつける間も無く、勢い良く唇を奪われる。

  二度、啄ばむように触れたかと思えば、触れるギリギリの位置でまた強請る。

「もっと……」
「いちかさ……」

  4回目のキス。
  右腕を掴む手が緩くなったと思えば、その腕をなぞるようにそっと肩に触れ、今度は恋人がするような甘いキスに変わった。

「もっと」
「いちかさん……いちか……ん」

  何度唇を重ねただろう……?
  頭に添えられた指が私の地肌をなぞり、部長の呼吸が穏やかになるのを感じつつ、私は隙があれば名前を呼び続けた。

  されるがままの受け身状態のはずなのに、既に血を吸われる恐怖は無くなり、心音も落ち着いている。

  好き同士で無いはずの私達がキスをしているというのに、どうしてこんなにも安心するのだろう?
  どうして、いつの間に、私も目を閉じているのだろう?

「一華さん……っ!」

  気付いた時、私の身体はゆっくりと落下し、押し倒されてベッドに落ちた。

  部長の吐息が耳元で聞こえる。
  私とのキスで体温が上がったその吐息は、いつもよりも温かで胸の奥まで心地良く届くかのようだ。

  そんな甘い感覚に麻痺しそうになって、慌てて意識を戻した。
  今の彼はいつもの彼とは違うのだった。
  
  こ、今度は何……!?

「……どこへも行くな」

「え……?」

  話の意図が見えず、思わず聞き返すも、部長はさらにギュッと私を抱きしめ、顔を埋める。

「頼むから…居なくならないでくれ
俺を置いて行くな」

  寂しそうに、悲しそうに、泣きそうに……そう掠れた声で弱々しく囁いて、数を数える間も無く寝息に変わった。

  な、何よ、それ……何なの、今の……。

  ホッと肩から息を抜き、少しだけ身体の向きを変えて確認しようと部長の顔に目を向ける。

  もうで涙は流していないのに、どこか辛そうに眉を寄せたまま眠る部長の頭に、気付かれないようにそっと手を伸ばした。

  ワックスをつけたままで硬いその髪に指先が触れると、部長はピクッと反応してまたガッシリと引き寄せて、私の鎖骨に顔を埋めた。

「りん…………」

  私の名前を呼ぶ彼の声。

  ちょっと力強過ぎて苦しいし、いつもなら早急に突き飛ばして目を覚まさせて説教に近いことをしてやりたいものだが…。

    普段はあんなに憎たらしいのに、寝ている時はこんなに可愛いものだろうか。

子供のようなその姿を見ていると、私にもまだ女らしい感情があるようで。

   緊張から一気に解放されて眠気が来たようで、置き場に困った腕で部長の髪を撫でながら、そっと抱き締め返した。

  そうして、意識が途切れるギリギリの狭間で、以前から抱いていた疑問を投げかける。


  ……ニナって誰?

  一華さんは吸血鬼なのに……。

ーーどうして、血を吸わないの?
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