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75.私の声が貴方の意思を救うなら
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酸素が薄くて、苦しい。
頭に刺さるような指先が、ズキズキと私を締め付ける。
そして何より、抗えない。
こんな、こんな力で抑えられたことなんて……!
首筋にヒンヤリした何かが触れる感触がして、血の気が引いた。
唇じゃない、硬い何か。
人の肉体の中で、骨と同じくらい硬いであろうそれは、チクッと肌に刺激を与え、肌の上を揺れ動いている。
咬まれ…る?
ようやく、そう認識した瞬間、ドッと鼓動が早くなった。
その鼓動に反応してか、牙が一瞬皮膚に食い込もうとするのを感じ、冷たい汗が額から溢れたが、また小刻みに震えながらゆっくりとギリギリまで離れていく。
まるで狙いを定めるように、今がその時では無いというかのように、慎重で静かに、私を伺っている。
落ち着け、私……。
部長は私を咬もうとしている。
咬んで、私の生き血を啜ろうとしている。
それはつまり、約束を破るわけで、もしかしたら私はそのまま命を失う。
今の部長が正気か、と考えてみても、さっきの真紅の瞳がそれを否定する。
あんな部長の目は見たことがない。
だとすれば、私は今危機的状況なわけで、逃げる必要があるわけで。
でも、この人から逃げられないのは、私の実体験が物語っていて。
正気でない…おそらく、本能的な今の彼から走って逃れる術などない。
仮に逃げられたとして…どうする?
下の部屋には父と母がいる。
もし私が逃げたら、2人はどうなるの?
いや、もし私が咬まれて死んでしまったとして…本当にその血だけで足りるの?
2人を巻き込むわけには、いかない。
でも、どうすればいい?
ふと、振動するように震える部長の身体が、私を更に締め付けた。
そのことに、違和感を感じる。
こんなに鼓動を刻んで、きっと部長を誘ってしまっているのに、その牙を皮膚の奥まで突き立てる様子はない。
なんで…震えてるの?
そう思って、ハッとした。
牙が触れ、僅かに開く口からは、吐息が感じられない。
震えて、しかし手の力は収まらないが、これだけ密着しているのに、肌に触れるような呼吸音は感じられないのだ。
部長は、息を止めている。
私の匂いを嗅がないように?
私を、殺さないように……?
ふと、今日1日の出来事が頭を駆け巡った。
部長は私と結婚することを喜んでくれて。
結婚の延期を認めてくれて。
私が生きることをーー望んでいて。
母の笑顔が頭を過る。
グッと止血されている右腕の、痺れかけた手のひらを握った。
もし、私の声が部長に届くのなら。
もし、間違いだったとしても、きっと部長は望むから。
ーーきっと、素直な私の声をずっと待っていたはずだから。
「ーーさん、一華さん!」
初めて、自分の意思で、名前を呼んだ。
頭に刺さるような指先が、ズキズキと私を締め付ける。
そして何より、抗えない。
こんな、こんな力で抑えられたことなんて……!
首筋にヒンヤリした何かが触れる感触がして、血の気が引いた。
唇じゃない、硬い何か。
人の肉体の中で、骨と同じくらい硬いであろうそれは、チクッと肌に刺激を与え、肌の上を揺れ動いている。
咬まれ…る?
ようやく、そう認識した瞬間、ドッと鼓動が早くなった。
その鼓動に反応してか、牙が一瞬皮膚に食い込もうとするのを感じ、冷たい汗が額から溢れたが、また小刻みに震えながらゆっくりとギリギリまで離れていく。
まるで狙いを定めるように、今がその時では無いというかのように、慎重で静かに、私を伺っている。
落ち着け、私……。
部長は私を咬もうとしている。
咬んで、私の生き血を啜ろうとしている。
それはつまり、約束を破るわけで、もしかしたら私はそのまま命を失う。
今の部長が正気か、と考えてみても、さっきの真紅の瞳がそれを否定する。
あんな部長の目は見たことがない。
だとすれば、私は今危機的状況なわけで、逃げる必要があるわけで。
でも、この人から逃げられないのは、私の実体験が物語っていて。
正気でない…おそらく、本能的な今の彼から走って逃れる術などない。
仮に逃げられたとして…どうする?
下の部屋には父と母がいる。
もし私が逃げたら、2人はどうなるの?
いや、もし私が咬まれて死んでしまったとして…本当にその血だけで足りるの?
2人を巻き込むわけには、いかない。
でも、どうすればいい?
ふと、振動するように震える部長の身体が、私を更に締め付けた。
そのことに、違和感を感じる。
こんなに鼓動を刻んで、きっと部長を誘ってしまっているのに、その牙を皮膚の奥まで突き立てる様子はない。
なんで…震えてるの?
そう思って、ハッとした。
牙が触れ、僅かに開く口からは、吐息が感じられない。
震えて、しかし手の力は収まらないが、これだけ密着しているのに、肌に触れるような呼吸音は感じられないのだ。
部長は、息を止めている。
私の匂いを嗅がないように?
私を、殺さないように……?
ふと、今日1日の出来事が頭を駆け巡った。
部長は私と結婚することを喜んでくれて。
結婚の延期を認めてくれて。
私が生きることをーー望んでいて。
母の笑顔が頭を過る。
グッと止血されている右腕の、痺れかけた手のひらを握った。
もし、私の声が部長に届くのなら。
もし、間違いだったとしても、きっと部長は望むから。
ーーきっと、素直な私の声をずっと待っていたはずだから。
「ーーさん、一華さん!」
初めて、自分の意思で、名前を呼んだ。
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