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67.子供のおまじないでいいの?
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「かの有名な吸血鬼のこの俺が酒で酔い潰れてダウンねえ…」
「ひぃっ! ちょっ、音も立てずに背後に立たないでくださいっ!!」
笛を吹くかのように、触れるか触れないかギリギリの距離で、深みのある彼の声が囁かれるこの状況は、言うなればお決まりの光景だが、意を決して振り返ろうと思ったところでこうも気配を消されるとホラー映画を見た時の如く心臓が爆発しそうになる。
こちらが本気で怒りを表しているにも関わらず、まるで反省も無しにーーもしくは反省の意なのかーー優しく体を包み込むように腕を回され、やんわりと体重をかけて抱き締められる。
それが、少しでも心地よく感じて、許してしまいそうになる辺り、私も相当毒されていると思った。
「お義母さんに申し訳ないな」
「部長がそう呼ぶの、めちゃくちゃ違和感ありますね」
「まぁ、人生の中で1人だけだろうな」
そう自分で言って何がおかしかったのかフッと鼻で笑うと、部長は頬擦りするように顔を下ろして、私の首筋にキスをする。
何か言いたげなそのキスに、どんな意味が込められているか、聞く勇気は無かった。
ただ、この時の私はこの甘い時間にムズムズして、誤魔化すことしか考えられなくて。
「そ、そんなに私と離れるのが寂しいんですか!? らしくない!」
「……ああ。寂しい」
そう真剣に即答されて、キュッと抱き締められれば、まるで心臓まで抱きしめられてしまったかのようにキュッと熱く締め付けられて。
これは母性というやつだと、無理やり自分を納得させて、丁寧に両手で腕を解き、そのいつ勝手に動き出すか分からない大きな手のひらをしっかり握りしめた。
「こ、これはあくまで部長が吐き戻さない為の選択ですから。
ご飯食べたらちゃんと戻って来ますから、ここで待っててください」
まるで約束でもするかのように、彼の手をギュ、ギュと2回、握り締めて、何子供のおまじないみたいなのしてるんだ、と後悔しつつ、恐る恐る顔を上げて、なんだか泣きそうになった。
「……待ってる」
どこか幼げなその返事とともに、目尻にシワを寄せて、なんだか嬉しそうに、幸せそうに笑う部長が、色っぽくて、どこか儚げで、このまま消えてしまいそうだと思えた。
……そんなはず、無いのだけれど。
「……わ、分かれば、ヨシです」
「俺は犬じゃない」
目を逸らして皮肉を言えばすぐに返答が来ていつもの部長だと少しホッとしたけど、これ以上時間をかけてまた母が戻って来ては大変だと思い、「また後で」と逃げるように部屋を出た。
手のひらに残る彼のひんやりした体温が、どこか侘しく感じることに、胸が痛む。
ただ一階と二階の差で、壁や床を無くせばすぐそばにいて、今生の別れでも無いのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう?
彼は食事が出来ないのに、これから、何度こうして嘘をつけばいいのだろう?
私達は、これからも嘘をついて、こうして別れることになるのか、と。
「ひぃっ! ちょっ、音も立てずに背後に立たないでくださいっ!!」
笛を吹くかのように、触れるか触れないかギリギリの距離で、深みのある彼の声が囁かれるこの状況は、言うなればお決まりの光景だが、意を決して振り返ろうと思ったところでこうも気配を消されるとホラー映画を見た時の如く心臓が爆発しそうになる。
こちらが本気で怒りを表しているにも関わらず、まるで反省も無しにーーもしくは反省の意なのかーー優しく体を包み込むように腕を回され、やんわりと体重をかけて抱き締められる。
それが、少しでも心地よく感じて、許してしまいそうになる辺り、私も相当毒されていると思った。
「お義母さんに申し訳ないな」
「部長がそう呼ぶの、めちゃくちゃ違和感ありますね」
「まぁ、人生の中で1人だけだろうな」
そう自分で言って何がおかしかったのかフッと鼻で笑うと、部長は頬擦りするように顔を下ろして、私の首筋にキスをする。
何か言いたげなそのキスに、どんな意味が込められているか、聞く勇気は無かった。
ただ、この時の私はこの甘い時間にムズムズして、誤魔化すことしか考えられなくて。
「そ、そんなに私と離れるのが寂しいんですか!? らしくない!」
「……ああ。寂しい」
そう真剣に即答されて、キュッと抱き締められれば、まるで心臓まで抱きしめられてしまったかのようにキュッと熱く締め付けられて。
これは母性というやつだと、無理やり自分を納得させて、丁寧に両手で腕を解き、そのいつ勝手に動き出すか分からない大きな手のひらをしっかり握りしめた。
「こ、これはあくまで部長が吐き戻さない為の選択ですから。
ご飯食べたらちゃんと戻って来ますから、ここで待っててください」
まるで約束でもするかのように、彼の手をギュ、ギュと2回、握り締めて、何子供のおまじないみたいなのしてるんだ、と後悔しつつ、恐る恐る顔を上げて、なんだか泣きそうになった。
「……待ってる」
どこか幼げなその返事とともに、目尻にシワを寄せて、なんだか嬉しそうに、幸せそうに笑う部長が、色っぽくて、どこか儚げで、このまま消えてしまいそうだと思えた。
……そんなはず、無いのだけれど。
「……わ、分かれば、ヨシです」
「俺は犬じゃない」
目を逸らして皮肉を言えばすぐに返答が来ていつもの部長だと少しホッとしたけど、これ以上時間をかけてまた母が戻って来ては大変だと思い、「また後で」と逃げるように部屋を出た。
手のひらに残る彼のひんやりした体温が、どこか侘しく感じることに、胸が痛む。
ただ一階と二階の差で、壁や床を無くせばすぐそばにいて、今生の別れでも無いのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう?
彼は食事が出来ないのに、これから、何度こうして嘘をつけばいいのだろう?
私達は、これからも嘘をついて、こうして別れることになるのか、と。
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