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49.それは彼の精一杯の
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「す、すぎむら…ぶちょ……う?」
2人の逃げ走る姿が遠くなってもなお、時が止まったように動かない彼に声をかけるも、声が震えて、うまく出てこない。
泣いてるのではなく、ただ単に、恐怖していた。
この人は今、正気なのだろうかと。
「……凛」
「え……いたっ! っ!?」
目で追えない速さで近くの壁に押し付けられたと思えば、唇に優しくキスが降りて来た。
「ん……部長…! ここ、外……!」
「黙れ…」
「ぇん……!?」
一度は離してくれたのに、部長は目を閉じたまま、無理やりキスをする。
壁に押し付ける手は痛く絡められ、肩を抑えた片手は壁にのめり込むのではないかというくらい強く圧迫されている。
いつもと、違う。
強引で、痛いキスだ。
「はん…はぁ…んん……ふ……!」
苦しくて、痛くて、苦くて、切ない。
涙が溢れて、頬を伝った。
暗い水の底に落ちていくような。
冷たくて、暗くて、寂しい。
私を抑える部長の指が、身体が震えているのが分かる。
怒りに震えているのだろうか。
でも少し、悲しげでも苦しげでもあるように感じて。
抵抗とばかりに力一杯、握り返し、反対の手をなんとか伸ばして、部長の腕を掴んだ。
「ぱっはぁ……! はっ…はぁ……」
はしたなくヨダレを垂らし、必死に酸素を求める私に対して、部長はまだ目を閉じたまま、小さく吐息を漏らし、私と額を重ねた。
その吐息もまた、微かに震えている。
「はっ…はっ……ぶちょう?」
「……ホントは、傷付けばいいと思ってた」
か細い声が、耳に届く。
その声はやはり弱々しくて…悲しんでいた。
「傷付いて、俺のところに戻ってくればいいって、そう、思ってた」
「……ごめん、なさい」
部長はスッと肩の手を離し、私の顔の横に手をついた。
握った拳が、メリメリとのめり込み、コンクリートに穴を開けていくのが分かった。
やっと目を合わせた黄金の瞳が、辛そうに潜められていて、胸が痛んで、何も言えなかった。
部長は怒ってるんじゃない。
それだけは、瞳が、声が、指先の震えが語っている。
「……まだ、足りねぇ」
「ん……」
噛みつくように触れる唇。
ギュッと、また堪えるように握られる指は冷え切っていて。
壁を崩した震える指先が、恐らく私を傷付けないように、そっと頬を撫でた。
「凛……」
「ん…んん……」
何度も角度を変えて、ゆっくりと唇を重ねる。
部長の指先が上っていったと思えば、私の顔の形を確かめるように、不器用になぞっていく。
また頬に降りると、首筋を這うように、ゆっくりと降りていく。
その手に力を入れてしまえば、私の顔も首も、一瞬でぐちゃぐちゃに潰されてしまうのだろう。
ぎこちなく、不器用なキス。
しかしそういった緊張の中で、もう恐怖は感じなかった。
荒々しい見たことない部長でも、私を壊さないように気を使ってるって、分かるから。
そしてその緊張に反して、気を吸われているにも関わらず、私の胸の奥は心臓を握られてしまったのではないかと思うくらい激しく、熱く鼓動を刻む。
先ほどの冷たく凍った心臓から血液が溶け出したかのように。
何かに、満たされるように、心の底から安心感が芽生える。
「ん……」
「はぁ……凛……」
「っ……!」
深く甘い吐息と共に、鼻がこすり合わされたと思えば、身体が一瞬にして軽くなり、ひんやりとした身体に包まれる。
冷たい、のに、鼓動は人並みに早く、そして胸の辺りは温かい。
初めて、抱き締められた気がした。
「……無事でよかった」
「……はい」
なんて言ったらいいのか分からなかったけど、どうしてか、また涙が溢れ出した。
恐かったんじゃない。
多分、嬉しくて。
2人の逃げ走る姿が遠くなってもなお、時が止まったように動かない彼に声をかけるも、声が震えて、うまく出てこない。
泣いてるのではなく、ただ単に、恐怖していた。
この人は今、正気なのだろうかと。
「……凛」
「え……いたっ! っ!?」
目で追えない速さで近くの壁に押し付けられたと思えば、唇に優しくキスが降りて来た。
「ん……部長…! ここ、外……!」
「黙れ…」
「ぇん……!?」
一度は離してくれたのに、部長は目を閉じたまま、無理やりキスをする。
壁に押し付ける手は痛く絡められ、肩を抑えた片手は壁にのめり込むのではないかというくらい強く圧迫されている。
いつもと、違う。
強引で、痛いキスだ。
「はん…はぁ…んん……ふ……!」
苦しくて、痛くて、苦くて、切ない。
涙が溢れて、頬を伝った。
暗い水の底に落ちていくような。
冷たくて、暗くて、寂しい。
私を抑える部長の指が、身体が震えているのが分かる。
怒りに震えているのだろうか。
でも少し、悲しげでも苦しげでもあるように感じて。
抵抗とばかりに力一杯、握り返し、反対の手をなんとか伸ばして、部長の腕を掴んだ。
「ぱっはぁ……! はっ…はぁ……」
はしたなくヨダレを垂らし、必死に酸素を求める私に対して、部長はまだ目を閉じたまま、小さく吐息を漏らし、私と額を重ねた。
その吐息もまた、微かに震えている。
「はっ…はっ……ぶちょう?」
「……ホントは、傷付けばいいと思ってた」
か細い声が、耳に届く。
その声はやはり弱々しくて…悲しんでいた。
「傷付いて、俺のところに戻ってくればいいって、そう、思ってた」
「……ごめん、なさい」
部長はスッと肩の手を離し、私の顔の横に手をついた。
握った拳が、メリメリとのめり込み、コンクリートに穴を開けていくのが分かった。
やっと目を合わせた黄金の瞳が、辛そうに潜められていて、胸が痛んで、何も言えなかった。
部長は怒ってるんじゃない。
それだけは、瞳が、声が、指先の震えが語っている。
「……まだ、足りねぇ」
「ん……」
噛みつくように触れる唇。
ギュッと、また堪えるように握られる指は冷え切っていて。
壁を崩した震える指先が、恐らく私を傷付けないように、そっと頬を撫でた。
「凛……」
「ん…んん……」
何度も角度を変えて、ゆっくりと唇を重ねる。
部長の指先が上っていったと思えば、私の顔の形を確かめるように、不器用になぞっていく。
また頬に降りると、首筋を這うように、ゆっくりと降りていく。
その手に力を入れてしまえば、私の顔も首も、一瞬でぐちゃぐちゃに潰されてしまうのだろう。
ぎこちなく、不器用なキス。
しかしそういった緊張の中で、もう恐怖は感じなかった。
荒々しい見たことない部長でも、私を壊さないように気を使ってるって、分かるから。
そしてその緊張に反して、気を吸われているにも関わらず、私の胸の奥は心臓を握られてしまったのではないかと思うくらい激しく、熱く鼓動を刻む。
先ほどの冷たく凍った心臓から血液が溶け出したかのように。
何かに、満たされるように、心の底から安心感が芽生える。
「ん……」
「はぁ……凛……」
「っ……!」
深く甘い吐息と共に、鼻がこすり合わされたと思えば、身体が一瞬にして軽くなり、ひんやりとした身体に包まれる。
冷たい、のに、鼓動は人並みに早く、そして胸の辺りは温かい。
初めて、抱き締められた気がした。
「……無事でよかった」
「……はい」
なんて言ったらいいのか分からなかったけど、どうしてか、また涙が溢れ出した。
恐かったんじゃない。
多分、嬉しくて。
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