上 下
31 / 106

30.未知の生物の吸血鬼部長

しおりを挟む
「着いたぞ」
「ん……」

  いつの間にか、助手席のドアが開いていて、背後のライトを浴びた人影がカチャ、とシートベルトを外した。

  甘い、自然の川の水のような、いい匂いがする。
  そう思った時には、身体がふんわりと浮いていて、その匂いに包まれるように身を寄せていた。
  夏の近づいた夜風は少し生暖かいが、このひんやりした身体に包まれると心地よい。

  寝てたんだ、私。
  夢を見たような、見てないような……。
  
  あれ、そもそも私どうして……。

  なんて寝ぼけていると、重力に反するように、身体が置いてかれるかのような感覚が襲って、目を開いた。
  動物的本能が、一瞬危機を察して鼓動を荒げ、息を止めさせ、頭を一気に覚醒させる。

  目を開けた時には既に動きが止まっていたが、玄関を開けるや否やまた風を受けるように勢いよく前進し、グッと身体を硬直させた。
  止まるや否や運動エネルギーの反動で内臓だけが移動するんじゃないかと思うような気味の悪い違和感を感じた。

  簡単に言えば、酔いそう。

「ぶ、ちょう!  お、下ろしてください……!」
「起きたか」
「起きました!  ビックリして起きました!
その高速移動やめてください!
酔って吐いちゃいそうです……」
「悪い」

  本当に悪いと思っているのか、部長は目の前にあるベッドの上に私を下ろした。

「い、いいですか!?
もし次また私が寝てしまっていたとしても、高速で移動して運ぶのはやめてください!
人間にはキツイです!」
「……分かった」

  目を逸らして渋々頷く部長に、煮え切れないままため息を落とした。

「……素直、ですね」
「まぁ、家庭内でのルールは必要だろ」
「家庭内って……」

  まだ結婚もしてなければ恋人同士でも、両思いですらないというのに……。

「それに、せっかく作ったものを吐き戻されても困る」
「……ごちそうさまでした」

  今度は私が渋々と返事をした。
  私の部屋の冷蔵庫なんてロクな食べ物も入ってなかったのに、部長はあるものでパスタを作ってくれた。

  作っている間に急いで荷物をまとめたので過程は見ていなかったが、残っていた野菜をうまく利用して作った野菜入りカルボナーラは中々な絶品料理だった。

  おかげで買い足す予定だった冷蔵庫の食材はほとんど無くなったし。

「でも、どうやって作ったんですか?
味見も出来ないですよね?」

  がキスや人の血なら。
  基本どの話においても吸血鬼は人の食事は出来ない。
  確かに部長はいつも昼休憩になると外に出ていたし、誰かと食べているところなんて見たことがない。
  いつもリッチに外食なのだと勝手に解釈していたが、今は違うと思っている。

「料理は食えない。
けど、昔フランスの3つ星レストランで鍛えたシェフの知識ならあるぞ。
まぁ見よう見まねだったが、味見しないのに美味いと一時評判になったぐらいだ」
「は、はは……」

  胸を張って自慢げに話す部長に、思わず愛想笑いが溢れる。
  
  美味しかったけど、フランスの3つ星レストランでって……本格的プロ?

「料理は食べれないのは、なんでですか?」
「まず、口に合わない。
吸血鬼になった瞬間から、味覚が変わるんだ。
そして身体が受け付けないから、後で吐くことになる」
「吐くって……でも、飲み会は……」
「水分は別だ。
味はともかく、水は飲めるし、欲する。
酒は流し込んでるようなものだがな。
アルコールはほとんど消えるから酔わない」
「へ、へぇ……」

  用は、胃が違うってことなのかな?
  固形物を好まないってこと?

  悶々とイメージを膨らませて考え込んでいると、部長がニヤニヤと笑っていることに気付いた。

「な、何か変ですか?」
「いや?  興味持ったんだなーと思って」
「それは……未知の生物ですから、部長は」
「ククッ……未知の生物、ね」

  口元を隠し、嬉しそうに笑う部長に、ドキッと心臓が高鳴った。

  その笑顔、罪深いですよ部長……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

処理中です...