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102.自由という名の憂鬱

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 「無事にうまく一華を引き剥がせて、お前も晴れて自由の身だというのに、酷い顔だな」

  久々に物音も無しに部屋へ入ってきたと思えば、早々に人の顔をディスってくるこの無神経な吸血鬼に、そろそろ慣れてきてしまったのか、私はため息をついた。

  自由の身──そもそも、自由とは何なのか。

  部長はあの後から、まともに口を利かなくなった。
  仕事中は必要事項のみ。
  特に褒められることも、貶されることもなく、ただ間違いは指摘される。
  そして触れないように、目を合わせないように、視線を遠くに、ただ机の上に資料を置かれるだけ。
  そこには感情の上下はない。
  淡々と、作業を終わらすだけだ。

  部長はもう、私を必要としない道を歩み始めた。
  きっと他の誰かからを貰っていて、それで補う方法を見つけたのだろう。
  だからもう、私はいらない。

  私は婚約者からも彼の壮絶な人生から外れて、晴れて、自由の身──

  それで、どうしてこんなに胸が痛いのか。
  どうして毎日、思い出しては泣いてしまうのか。
  部長と関係を持つまでの私はどう生きていたのか。
  こんなに、感情的に生きていたのだろうか。

  イマイチ、思い出せない。

  手元に置かれるだけの資料に。
  すぐ横に見えるあの細長い指に。
  彼の薬指から外されていたあの指輪に──どうして心が苦しくなるのだろうか。
  
  ふと、机の上に置かれた婚約指輪に目をやる。
  
  これを捨てれば、満たされるのだろうか。
  心は軽くなるのだろうか。
  本当の自由を、手に入れられるのだろうか。

 そんなことを考えて、何度も手を伸ばすイメージを浮かべるけども、行動には至れない。

  バカみたいだ、と自分でも思う。
  私はどんな奴だったか。
  
  押し入れに隠した恋愛小説や漫画を読み漁り、時にキュンキュンと胸を踊らせ、時には泣いて──
  それくらいで良かったじゃないか。
  現実じゃない、二次元に理想を馳せて……それが楽しかったじゃないか。
  人から引かれるであろう趣味を、成人してからもなお楽しんでいる、その程度の人間で。

  部長との縁なんて、ホントは無かったはずなのに。
  住む世界が違ったのに。
  あの人の心に、私はいないのに。

「うぅ……っ」

  悪魔みたいな真っ赤な瞳の吸血鬼を前に、また涙が滲んでくる。
  何度も腫らした瞼が痛い。

  必要とされていると、勘違いしてしまった。
  求めてしまった。
  
  ずっと、偽物の恋で、まだ見ぬ恋心に想いを馳せて生きてきたはずなのに。
  は違うと、否定してきたはずなのに。
 
  過去を明かされるまで、認めすらしなかった。
  
  私が部長を、好きになっていたことを。

  別れが辛いのは、あの過去を悲しいと思うのは……愛されていなかったからだけじゃない。
  私が部長を、愛してしまっていたからだ。
  そして、その気持ちとは裏腹に、傷つけてしまったからだ。
  
  取り返しのつかないことをした。
  悲しみと一緒に、自分が許せずにいる。

  私は、私自身で、私の自由を奪った。

  もう、部長のあの笑顔は、見ることが出来ない。
  私に、見る資格はない。

  例え首を切り生き血を啜らせようと、償い切れないことをした。

  それが、とても苦しく、悲しい。
  悲しむ権利すら、無いというのに。
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