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儚い根拠
木の根
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「……なんのつもりだ、翔子」
「分かってるでしょ? 栄司には必要なことだから」
翔子は目の前で舌舐めずりした。
風呂上がりなのに、髪はほんのりと湿っただけで、それが狙いだということは明らかだった。
俺が抵抗しないことをいい事に、ベッドの上で跨って、今にもシャツのボタンを外そうとしている。
それでも、一応言葉で確認をするのは、否定と抵抗、そしてほんの少しの不安からだ。
「大丈夫。あたしがリードするから」
そう言って、この時間を楽しむように、翔子は俺の鎖骨にキスを落とした。
これが目的だと分かっていても、好きにさせているのには理由があった。
それは、同窓会の後に翔子と交わした会話からだ。
***
「佐野くんと何話したの?」
「……昔話」
2軒目を出て、それぞれの帰路へ別れたところで、翔子は俺の腕に絡みつくように歩きながら、少し低い口調で口を開いた。
この、優しげで、それでも問いただすような重い声音には付き合ってた頃から逆らえない。
「どんな?」
「俺とあいつで、ライブしたこととか、佐野の歌とか」
「そうだったね。あの時の栄司いつにも増してカッコよかったなぁ~」
本心なのか、それとも演技なのか、微笑みながら思い出に耽るように腕を力強く握る。
あの頃、翔子との時間を潰さないように、休み時間や翔子に用事がある時を使って学校内で音合わせをした。
結構ギリギリで、でも他のメンバーも合わせてくれたりして……思えば、かなり助けられていたな。
あの時は翔子優先で、それが当たり前だったけど、異質とは思っていなかったし、そういうものだと思っていた。
さっきのように周りからもお似合いだと絶賛されて……もちろん、それを鼻にかけたことは無いが、多少のプレッシャーもあった。
そしていつの間にか、付き合うカップルはこうするものだ、という固定観念が生まれた。
今ならそれがどんなに幼稚な発想だったか分かる。
お互いを縛り、足を引っ張り合うのがカップルでは無いのだと。
俺たちは複雑に絡まった木の根のようだと思う。
近くに植えられてしまった二本の木。
その根が交わった時、もし誰かが気付いて、植え替えてくれたら、また違ったのかもしれないが。
褒められて……たくさんの栄養を与えられて、大きく育った時にはもう、取り返しのつかないところまで侵食している。
その根を解くには……どちらかの根を、いや、どちらの根も、切らなくてはならないだろう。
だから決別するために、小さな根から1本ずつ、少しずつ傷つけて、切りつけて……痛みを感じないように、引き離そうとしている。
でも、それではいつしか、水が吸えなくて枯渇してしまうかもしれない。
もしくは、時間をかけ過ぎて切った根が元に戻るかもしれない。
そして、大きな根を切るという選択肢が出た時、既に手遅れだと気付かされる。
決別に時間をかけると、もしかしたら、どちらの木も救われないのかも……。
隣の翔子が歩みを止めたことにハッとして、俺も立ち止まった。
「どうした?」
「……今日、パパとママには、朝までみんなと飲むって伝えてたの」
「え……ああ、女子達はこの後宅飲みするって……」
そういえば翔子は当然のように周りに別れを告げ、こちらへ来ていた。
俺も帰るつもりだと思っていたから、特に問いもしなかったが……。
「必要なら、送る」
「ううん、そうじゃなくてね?」
翔子は上目遣いで俺を見上げる。
今まで気づかなかった……いや、関心が無かったが、だいぶ赤い顔をしていて、呼吸も荒い。
酔ってる、のか?
「今日、ホテルに泊まりたい」
「っ……」
近道だからと裏路地を歩いていたのが裏目に出た。
翔子が止まった先に、昔から地元で有名なラブホがあった。
不運なことに、高校卒業から2年経って久々に見かけたにも関わらず、なおそこに健在している。
「翔子。俺は……」
距離を取ろうとした時、翔子は小さく呟いた。
「今日だけでいいから」
「……え?」
翔子は腕に縋るように声を震わせていた。
「あたしを、見て? あたしのこと、思い出してよ……」
「っ……俺が好きなのは」
「そんなの、ヤッてみないと分かんないじゃない! あたしだって、あなたを愛してるの……!」
翔子は目を潤ませて、顔を上げた。
その目つきに思わず後退りたくなる。
「……あたしに、チャンスをちょうだい?」
「チャンスなら、もう」
「もしあたしを納得させられたら」
言葉を遮り、翔子は爪を立てた。
腕に食い込むそれが、冷たく痛む。
「今日で、終わりにするわ」
「っ……終わりって……」
「そのままの意味よ」
翔子は勝気に微笑む。
「1か月の約束取り消して、あの子のところに返してあげる」
「分かってるでしょ? 栄司には必要なことだから」
翔子は目の前で舌舐めずりした。
風呂上がりなのに、髪はほんのりと湿っただけで、それが狙いだということは明らかだった。
俺が抵抗しないことをいい事に、ベッドの上で跨って、今にもシャツのボタンを外そうとしている。
それでも、一応言葉で確認をするのは、否定と抵抗、そしてほんの少しの不安からだ。
「大丈夫。あたしがリードするから」
そう言って、この時間を楽しむように、翔子は俺の鎖骨にキスを落とした。
これが目的だと分かっていても、好きにさせているのには理由があった。
それは、同窓会の後に翔子と交わした会話からだ。
***
「佐野くんと何話したの?」
「……昔話」
2軒目を出て、それぞれの帰路へ別れたところで、翔子は俺の腕に絡みつくように歩きながら、少し低い口調で口を開いた。
この、優しげで、それでも問いただすような重い声音には付き合ってた頃から逆らえない。
「どんな?」
「俺とあいつで、ライブしたこととか、佐野の歌とか」
「そうだったね。あの時の栄司いつにも増してカッコよかったなぁ~」
本心なのか、それとも演技なのか、微笑みながら思い出に耽るように腕を力強く握る。
あの頃、翔子との時間を潰さないように、休み時間や翔子に用事がある時を使って学校内で音合わせをした。
結構ギリギリで、でも他のメンバーも合わせてくれたりして……思えば、かなり助けられていたな。
あの時は翔子優先で、それが当たり前だったけど、異質とは思っていなかったし、そういうものだと思っていた。
さっきのように周りからもお似合いだと絶賛されて……もちろん、それを鼻にかけたことは無いが、多少のプレッシャーもあった。
そしていつの間にか、付き合うカップルはこうするものだ、という固定観念が生まれた。
今ならそれがどんなに幼稚な発想だったか分かる。
お互いを縛り、足を引っ張り合うのがカップルでは無いのだと。
俺たちは複雑に絡まった木の根のようだと思う。
近くに植えられてしまった二本の木。
その根が交わった時、もし誰かが気付いて、植え替えてくれたら、また違ったのかもしれないが。
褒められて……たくさんの栄養を与えられて、大きく育った時にはもう、取り返しのつかないところまで侵食している。
その根を解くには……どちらかの根を、いや、どちらの根も、切らなくてはならないだろう。
だから決別するために、小さな根から1本ずつ、少しずつ傷つけて、切りつけて……痛みを感じないように、引き離そうとしている。
でも、それではいつしか、水が吸えなくて枯渇してしまうかもしれない。
もしくは、時間をかけ過ぎて切った根が元に戻るかもしれない。
そして、大きな根を切るという選択肢が出た時、既に手遅れだと気付かされる。
決別に時間をかけると、もしかしたら、どちらの木も救われないのかも……。
隣の翔子が歩みを止めたことにハッとして、俺も立ち止まった。
「どうした?」
「……今日、パパとママには、朝までみんなと飲むって伝えてたの」
「え……ああ、女子達はこの後宅飲みするって……」
そういえば翔子は当然のように周りに別れを告げ、こちらへ来ていた。
俺も帰るつもりだと思っていたから、特に問いもしなかったが……。
「必要なら、送る」
「ううん、そうじゃなくてね?」
翔子は上目遣いで俺を見上げる。
今まで気づかなかった……いや、関心が無かったが、だいぶ赤い顔をしていて、呼吸も荒い。
酔ってる、のか?
「今日、ホテルに泊まりたい」
「っ……」
近道だからと裏路地を歩いていたのが裏目に出た。
翔子が止まった先に、昔から地元で有名なラブホがあった。
不運なことに、高校卒業から2年経って久々に見かけたにも関わらず、なおそこに健在している。
「翔子。俺は……」
距離を取ろうとした時、翔子は小さく呟いた。
「今日だけでいいから」
「……え?」
翔子は腕に縋るように声を震わせていた。
「あたしを、見て? あたしのこと、思い出してよ……」
「っ……俺が好きなのは」
「そんなの、ヤッてみないと分かんないじゃない! あたしだって、あなたを愛してるの……!」
翔子は目を潤ませて、顔を上げた。
その目つきに思わず後退りたくなる。
「……あたしに、チャンスをちょうだい?」
「チャンスなら、もう」
「もしあたしを納得させられたら」
言葉を遮り、翔子は爪を立てた。
腕に食い込むそれが、冷たく痛む。
「今日で、終わりにするわ」
「っ……終わりって……」
「そのままの意味よ」
翔子は勝気に微笑む。
「1か月の約束取り消して、あの子のところに返してあげる」
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