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『白き妖狐は甘い夢を見るか』

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「た、ただいま帰りました……」

 蘆屋あしや小春こはるは、どこか緊張の面持ちのまま、長年住んでいる家の敷居をまたいだ。

 今日は小春の通う、高校の卒業式だった。気に入っていたセーラー服も、着るのはこれで最後。膝丈のプリーツスカートと、栗色のロングヘアをなびかせ、卒業証書の入った筒を持って、小春は家主の蘆屋優祈ゆうきを探す。

「ご主人様……? どちらにいらっしゃいますか?」

 姿に戻って気配を辿れば一発なのだが、小春は今、姿。これでは、力は使えない。でも、どうしても人間の姿のままでいたい小春は、地道に広い屋敷の中を探した。

 卒業式には優祈も見に来ると言ってくれたのだが、小春の方からそれを断った。なぜなら、優祈は男性として、外見も中身も大変に魅力的だから。クラスメイトや他の女の子たちに見られでもしたら、誰かが好きになってしまうかもしれない。

 正真正銘の人間である優祈には、もちろん人間の嫁が相応ふさわしい。しかし、小春はそれを素直に喜べない。

 優祈は小春を愛情たっぷりに育ててくれた。幼い頃から、いや、出逢った時からずっと好きな相手なのだ。できる限り、優祈を独り占めしたい。

「ああ、小春。帰ったのかい?」
「ご主人様!」

 小春の早く会いたいという願いが届いたのか、一つのふすまから優祈が顔を出した。小春は駆け寄る。

 優祈は小春より十五ほど年上になる。若い時も充分凛々りりしかったが、今は出逢った時よりも貫録と色気が増し、より蠱惑こわく的な笑みを浮かべるようになっている。さっぱりと整えられた黒髪と、温もりをたたえた瞳、端正な顔。小春が大好きな優祈そのものだ。

「卒業おめでとう。学校は楽しかった?」
「はい! とっても。人間の世界を勉強したいと無理を申したのに、長い間学校に通わせてくださって、ありがとうございました」
「いいんだよ。僕の所にずっと仕えてくれて、こちらこそありがとう。これからも、小春の好きなように生きるといい」

 小春がにっこりすると、優祈は小春の頭を撫でた。頭を撫でられるのは好きだ。優祈の愛情を感じられる。だが、それは慈愛であって、ではない。

「それであの……ご主人様……」
「どうしたの?」
「一つ、お願いがございます」
「なに? 言ってごらん?」

 優祈は今まで、小春の願いなら何でも叶えてくれた。彼は陰陽師であり、小春は彼に仕える白狐びゃっこ。いい主従関係を築いてきた彼らにとって、互いの願いは自身の願いだった。

 小春が妖狐としてこの世に生を受けた直後、母狐は病により亡くなってしまった。生きる術に困っていた小春を見つけ、保護して育ててくれたのが優祈だ。彼は、人間に憧れる小春の気持ちを汲み取り、人間の女の子として生活させてくれた。小春も彼の恩に報いるべく、身の回りのお世話に励んできた。

 そして、今から小春が願うのは――。

「わ、私を……抱いてくださいませんか……?」
 
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