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『ほっと・ちょこれいと逃避行』

9【完】

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 恋の逃避行――そんなことはできないと、分かっているけれど。口に出したら少しは気が紛れるようだった。

「なーんて。悪いことを思いついた子どもみたいね」
「逃げますか?」
「……え?」
「私と逃げて、ずっと一緒に暮らしますか?」

 本音だけど、冗談のつもりだったのに。岳さんはやけに真剣に、私にそう問いかけた。

「できるならそうしたいけれど……」
「美緒にその覚悟があるなら、私が責任を持って連れ出します」
「でも、行く宛てはあるの? それに、お父様が……」
「行く宛てはないですが、職探しをしながら、二人でしばらく生活できるだけの資金はあります。旦那様のことは、美緒が自分の幸せをとるかどうか、です」
「……」

 究極の選択だ。まるで『ほっと・ちょこれいと』のように甘い誘惑。愛する人と逃げることへの賭け。お父様の未来。自分の幸せ。どんな手段を講じても、全てが最善の状況になることはない。ならばせめて、愛する人の傍にいたい。

 私は、静かに岳さんの手を取った。



+++



 十二月二十六日。朝日が昇る中、蒸気機関車に揺られながら、隣に座る岳さんの肩に頭をもたれた。今頃、目を覚ましたお父様と、私を迎えに来たはずの西園寺さんは、置き手紙を読んで騒いでいるかもしれない。

「岳さんは、よかったの? お父様と屋敷に未練はないの?」
「ええ。もちろん、少しはありますが、美緒と一緒に居られることの方が大事です」

 行き先も定かではない、私たちの行く末は不確かだ。それでも、大切なものを全部守ることができないのなら、最も大切なものを選ぶだけ。

「……ありがとう。大好きよ」
「私も、愛しています」

 小声でそう囁き合って、不安を紛らわせるように、互いの手を握った。願わくは、私たちの未来に、お父様の未来に、祝福あらんことを。

【完】
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