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『ほっと・ちょこれいと逃避行』
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時は大正。世界大戦が終結し、日本に平和が訪れたように見えるけれど、まだまだ激動の時代は続いている。民本主義を叫ぶ指導者の台頭や、米の価格の急騰が起こる一方で、女性の地位向上や社会進出も認められ、西洋文化を取り入れて発達した街が広がっていく。
この国は、そして私は、一体どうなっていくのだろう。今朝、お父様から「私が仕事から帰ってきたら、お前に大切な話がある」と言われた。多くの華族が、戦後その勢いを削がれ、静かに消えていこうとしている。私の家も例に漏れず、その一つであった。
お母様は、家が借金に苦しみ始めた頃に、病気で亡くなった。残る唯一の肉親であるお父様は、いつまでも過去の繁栄に縋りついている。見栄を張って「いつかは返せるから大丈夫だ」と言っているけれど、もう目の前は真っ暗だ。
「きっと、身売りされるんだわ……」
私は女学校にすら行けなくなって、この屋敷に残る貴重品は全て売った。使用人も執事一人になるまで、とにかく減らしたのに。もう立ち行かなくなっている。
少しでも気分を変えようと、部屋の窓を開けた。冷たい空気が一瞬にしてあたりに立ち込める。今日は十二月二十五日。基督教を信仰する国々では、くりすますと呼ばれる日だったか。この日本の都市部でも、商戦に使われるくらいには浸透し始めているけれど、興味もないし、私には関係もないことだった。
夕陽が沈んでいく。雪がはらはらと舞い始め、寒さに凍えた私は窓を閉めた。外套を肩の上に掛けて両腕を擦りながら、何か温かい飲み物でも貰おうと、部屋を出て台所に向かう。その途中の廊下で、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま帰った。美緒はいるか?」
「お帰りなさいませ。お嬢様なら、部屋にいらっしゃるかと」
「客間に呼んできてくれ。来客があるから、その準備も」
「かしこまりました」
お父様と、執事の青山の声だ。いよいよだ。「今日は、できるだけ綺麗な洋服にしておきなさい」というお父様の言いつけに従って、亡きお母様から誕生日に頂いた、水色のどれすを着ている。胸に白くて大きなりぼんがあって、私の持っている服の中でも一番上等だ。いつかこれを着て外に出てみたい、という憧れがあったのに。今、ちっとも気分は盛り上がらない。
「ああ、お嬢様。こちらでしたか」
「青山……」
玄関に続く廊下の先で壁に寄りかかっていると、青山が私を見つけて近づいてきた。
この国は、そして私は、一体どうなっていくのだろう。今朝、お父様から「私が仕事から帰ってきたら、お前に大切な話がある」と言われた。多くの華族が、戦後その勢いを削がれ、静かに消えていこうとしている。私の家も例に漏れず、その一つであった。
お母様は、家が借金に苦しみ始めた頃に、病気で亡くなった。残る唯一の肉親であるお父様は、いつまでも過去の繁栄に縋りついている。見栄を張って「いつかは返せるから大丈夫だ」と言っているけれど、もう目の前は真っ暗だ。
「きっと、身売りされるんだわ……」
私は女学校にすら行けなくなって、この屋敷に残る貴重品は全て売った。使用人も執事一人になるまで、とにかく減らしたのに。もう立ち行かなくなっている。
少しでも気分を変えようと、部屋の窓を開けた。冷たい空気が一瞬にしてあたりに立ち込める。今日は十二月二十五日。基督教を信仰する国々では、くりすますと呼ばれる日だったか。この日本の都市部でも、商戦に使われるくらいには浸透し始めているけれど、興味もないし、私には関係もないことだった。
夕陽が沈んでいく。雪がはらはらと舞い始め、寒さに凍えた私は窓を閉めた。外套を肩の上に掛けて両腕を擦りながら、何か温かい飲み物でも貰おうと、部屋を出て台所に向かう。その途中の廊下で、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま帰った。美緒はいるか?」
「お帰りなさいませ。お嬢様なら、部屋にいらっしゃるかと」
「客間に呼んできてくれ。来客があるから、その準備も」
「かしこまりました」
お父様と、執事の青山の声だ。いよいよだ。「今日は、できるだけ綺麗な洋服にしておきなさい」というお父様の言いつけに従って、亡きお母様から誕生日に頂いた、水色のどれすを着ている。胸に白くて大きなりぼんがあって、私の持っている服の中でも一番上等だ。いつかこれを着て外に出てみたい、という憧れがあったのに。今、ちっとも気分は盛り上がらない。
「ああ、お嬢様。こちらでしたか」
「青山……」
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