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仮初めの妻・三日目
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夕食後も、鬼灯は羽琉の自室でなにかを話し込んでいるようで、六花の部屋にやってくる気配はない。
「私は、どうしたら……」
妻として彼らになにをしてあげられるか。なにをすべきか。例え今は仮初めの妻でも、できることをしたいのに正解が分からない。溜め息をつきながらなんとなく鏡を見つめていると、美鶴が湯浴みの時間だと呼びに来た。
「浮かない顔をされてますが、いかが致しましたか?」
「……美鶴さん。私、どうしたらいいか、分からなくて」
事前に準備していた着替えを手に取り、六花は今の率直な気持ちを美鶴に伝えた。彼女は穏やかな表情のまま、頷いて聞いてくれる。
「焦る必要はございません。ここにいらして、それほど時間も経っていないのですから。旦那様が仰っていた通り、若様方と一緒に過ごす時間を六花様なりに大切にされれば、それで十分だと思います」
「一緒に過ごす時間を大切に……。じゃあ、やっぱり私から鬼灯さんのところに伺った方がいいでしょうか?」
「いいえ。鬼灯様は今、人生の先輩に大切な相談をなさっているみたいですから。誰でも、じっくり考えたい日があるでしょう?」
だから六花も今日は休むといいと、美鶴は諭すように優しく話してくれた。幾ばくか心が楽になり、六花は安堵の息を吐いた。
「それよりも、大牙様には敬語をお使いにならないのに……。私には外してくださらないのですか?」
美鶴はぷうっと頬を膨らませる。その目は笑っており、冗談で言っているのだと分かる。六花の力を抜こうとしてくれているのだ。
「ふふっ。ごめんなさい。美鶴さんは少し年上のお姉さんって感じがして、なんだか外せないんです」
「鋭いですね。今年で二十二歳になりますので、六花様より少し年上です。ですが、私は使用人ですので、いつか外していただけると嬉しいです」
「分かりました。善処します」
笑い合いながら、美鶴のような気配りのできる凛とした女性になりたいと、六花は願った。
+++
妻として、三日目の朝。美鶴が部屋に来たときには、六花は既に起きて髪を梳かし終わっていた。着替えと洗面を済ませ、化粧を施す際、美鶴が鏡越しに六花を見つめる。
「蝶々結びは鬼灯様がお気に召したようでしたから、今日は変えてみますか?」
「いいんですか?」
「もちろんです。とてもお綺麗な黒髪ですから、いろいろ変えてみたくなるんです」
美鶴はいそいそと髪に指を入れ、まずは髪を六花の左肩側に流した。房を数本作り、朱色の飾り紐も混ぜて交互に編み込んでいく。きつく結ぶのではなく、緩やかさを残してあるので、ふんわりとした仕上がりになった。花型の髪留めをつけると、美鶴は満足そうに目を輝かせる。
「いかがでしょう?」
「わぁ……こんなの初めてです。嬉しい」
「よかったです。大牙様にも気に入っていただけるといいですね」
仕立屋の娘だというのはさすがなもので、こうして背中をそっと押してくれる。六花は何度も礼を述べた。
美鶴に案内されて時間通りに広間へと入り、三兄弟と挨拶を交わす。羽琉も鬼灯も変わりなく、にこやかに返してくれた。大牙はまだ僅かに俯いているものの、以前よりも大きな声になっている。
「今日、六花さんの相手は……大牙の順番か」
「はい」
後から直靖が入ってくることも恒例になってきた。六花が返事をすると、大牙が目に見えてそわそわし始める。楽しみにしていると言っていたのは本当らしく、六花は嬉しく思った。
美鶴が言ってくれたように、今日は大牙と向き合って大切に過ごそうと、六花は心に誓う。どんな一日が待っているのか、期待すらしていた。
朝食が終わり、六花は大牙の元へ近づく。大牙は肩を揺らして反応した後、目を瞬かせた。
「今日はよろしくね」
「ああ、うん。仕事、行ってくる」
「あ……はい」
六花が戸惑っている間に、大牙は広間を出て行った。我に返り、慌ててその後を追いかけると、玄関に辿り着く。
「ま、待って! 大牙くん」
「……どうしたの?」
戸惑っているのは六花だけではないらしい。大牙も狼狽えながら六花を振り返る。どう接したらいいのか、分からないのかもしれない。
「私は、家で待っていればいいのかな?」
「うん。俺は仕事だから。それじゃだめ?」
「駄目じゃないけど、それだと私はすることがなくて。だから、できることがあれば、大牙くんの手伝いをしたいの。せっかく、今日は大牙くんの〝妻〟だから……一緒にいられる時間を無駄にしたくない」
六花の言葉に、大牙は草履に履き替えながら、黙って考えていた。結論が出たのか、顔を上げたものの、迷っているのか口をぱくぱくと動かしている。
「大牙くん?」
「……師匠に六花を連れていく許可をもらってないから、今日は無理だと思う。だから、また今度」
強引さがない謙虚なところは、彼の長所だ。さすがに無理を言ってついていくことはできないので、六花はおとなしく屋敷で待つことにした。
「そっか。それなら、仕方ないね……。帰ってきたら、お話できる?」
「……うん。あ、その髪型……か、可愛いと思う。じゃあ、行ってくる」
六花は硬直した。突然落とされた爆弾にびっくりして、すぐに反応できなかったのだ。大牙は少しだけ口角を上げて笑い、仕事へと出掛けていった。
「私は、どうしたら……」
妻として彼らになにをしてあげられるか。なにをすべきか。例え今は仮初めの妻でも、できることをしたいのに正解が分からない。溜め息をつきながらなんとなく鏡を見つめていると、美鶴が湯浴みの時間だと呼びに来た。
「浮かない顔をされてますが、いかが致しましたか?」
「……美鶴さん。私、どうしたらいいか、分からなくて」
事前に準備していた着替えを手に取り、六花は今の率直な気持ちを美鶴に伝えた。彼女は穏やかな表情のまま、頷いて聞いてくれる。
「焦る必要はございません。ここにいらして、それほど時間も経っていないのですから。旦那様が仰っていた通り、若様方と一緒に過ごす時間を六花様なりに大切にされれば、それで十分だと思います」
「一緒に過ごす時間を大切に……。じゃあ、やっぱり私から鬼灯さんのところに伺った方がいいでしょうか?」
「いいえ。鬼灯様は今、人生の先輩に大切な相談をなさっているみたいですから。誰でも、じっくり考えたい日があるでしょう?」
だから六花も今日は休むといいと、美鶴は諭すように優しく話してくれた。幾ばくか心が楽になり、六花は安堵の息を吐いた。
「それよりも、大牙様には敬語をお使いにならないのに……。私には外してくださらないのですか?」
美鶴はぷうっと頬を膨らませる。その目は笑っており、冗談で言っているのだと分かる。六花の力を抜こうとしてくれているのだ。
「ふふっ。ごめんなさい。美鶴さんは少し年上のお姉さんって感じがして、なんだか外せないんです」
「鋭いですね。今年で二十二歳になりますので、六花様より少し年上です。ですが、私は使用人ですので、いつか外していただけると嬉しいです」
「分かりました。善処します」
笑い合いながら、美鶴のような気配りのできる凛とした女性になりたいと、六花は願った。
+++
妻として、三日目の朝。美鶴が部屋に来たときには、六花は既に起きて髪を梳かし終わっていた。着替えと洗面を済ませ、化粧を施す際、美鶴が鏡越しに六花を見つめる。
「蝶々結びは鬼灯様がお気に召したようでしたから、今日は変えてみますか?」
「いいんですか?」
「もちろんです。とてもお綺麗な黒髪ですから、いろいろ変えてみたくなるんです」
美鶴はいそいそと髪に指を入れ、まずは髪を六花の左肩側に流した。房を数本作り、朱色の飾り紐も混ぜて交互に編み込んでいく。きつく結ぶのではなく、緩やかさを残してあるので、ふんわりとした仕上がりになった。花型の髪留めをつけると、美鶴は満足そうに目を輝かせる。
「いかがでしょう?」
「わぁ……こんなの初めてです。嬉しい」
「よかったです。大牙様にも気に入っていただけるといいですね」
仕立屋の娘だというのはさすがなもので、こうして背中をそっと押してくれる。六花は何度も礼を述べた。
美鶴に案内されて時間通りに広間へと入り、三兄弟と挨拶を交わす。羽琉も鬼灯も変わりなく、にこやかに返してくれた。大牙はまだ僅かに俯いているものの、以前よりも大きな声になっている。
「今日、六花さんの相手は……大牙の順番か」
「はい」
後から直靖が入ってくることも恒例になってきた。六花が返事をすると、大牙が目に見えてそわそわし始める。楽しみにしていると言っていたのは本当らしく、六花は嬉しく思った。
美鶴が言ってくれたように、今日は大牙と向き合って大切に過ごそうと、六花は心に誓う。どんな一日が待っているのか、期待すらしていた。
朝食が終わり、六花は大牙の元へ近づく。大牙は肩を揺らして反応した後、目を瞬かせた。
「今日はよろしくね」
「ああ、うん。仕事、行ってくる」
「あ……はい」
六花が戸惑っている間に、大牙は広間を出て行った。我に返り、慌ててその後を追いかけると、玄関に辿り着く。
「ま、待って! 大牙くん」
「……どうしたの?」
戸惑っているのは六花だけではないらしい。大牙も狼狽えながら六花を振り返る。どう接したらいいのか、分からないのかもしれない。
「私は、家で待っていればいいのかな?」
「うん。俺は仕事だから。それじゃだめ?」
「駄目じゃないけど、それだと私はすることがなくて。だから、できることがあれば、大牙くんの手伝いをしたいの。せっかく、今日は大牙くんの〝妻〟だから……一緒にいられる時間を無駄にしたくない」
六花の言葉に、大牙は草履に履き替えながら、黙って考えていた。結論が出たのか、顔を上げたものの、迷っているのか口をぱくぱくと動かしている。
「大牙くん?」
「……師匠に六花を連れていく許可をもらってないから、今日は無理だと思う。だから、また今度」
強引さがない謙虚なところは、彼の長所だ。さすがに無理を言ってついていくことはできないので、六花はおとなしく屋敷で待つことにした。
「そっか。それなら、仕方ないね……。帰ってきたら、お話できる?」
「……うん。あ、その髪型……か、可愛いと思う。じゃあ、行ってくる」
六花は硬直した。突然落とされた爆弾にびっくりして、すぐに反応できなかったのだ。大牙は少しだけ口角を上げて笑い、仕事へと出掛けていった。
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