日替わりの花嫁

枳 雨那

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異形の存在

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 三人が自己紹介を終えて、六花はまじまじと彼らを見比べた。笑った顔は確かに似ているが、髪色も瞳の色も、ここまで兄弟で異なるものなのだろうか。六花が受けてきた教育においては、髪や瞳それぞれの色は親から遺伝する、とあった。

「六花さん、どう? なにか質問があれば聞いてみて」
「あっ、ええと……すごく、不躾ぶしつけな質問かもしれません」

 六花がふと思案していたからか、直靖に問いかけられてしまった。直靖は構わないようで、「うん?」と先を促す。後でこっそりと美鶴に聞こうかとも思ったが、せっかくの機会だ。六花は思い切った。

「皆さんの、髪色や瞳の色が違うのは、なぜですか?」
「ああ。母親が違うからね」
「……えっ」

 直靖はけろっとして答えた。彼らは、異母兄弟にあたるということだ。それはつまり、直靖は婚姻と離縁を繰り返しているのか。

「ああ、そうか。金烏では一夫一妻制度だったね。玉兎では一夫多妻も、その逆も認められているから」
「え……えっ! そうなのですか!?」

 この国では、ひとりの人間が複数の相手と結婚していいらしい。常識を覆され、六花は放心していた。

「国が違うと決まりも違うから、常識が変わってくる。でも息子たちは、そういう奔放ほんぽうな私を知っているからか、『生涯ひとりの妻を愛し抜く』って誓っているんだ」

 いい子たちだろう、とでも言いたげに、直靖はおどけた表情を見せた。三兄弟は静かに食事を続けながらも、軽く頷いている。

 結婚相手が複数いても問題ない、ということは、家系図や子孫繁栄が複雑化してしまいそうだ。国がそういった施策をとるのだから、なにかしら理由はあるのだろう。六花には、複数の相手と結婚する心理がすぐには理解できなかったが、三兄弟の誓いは素敵だと素直に思えた。

 直靖の妻で三兄弟の母親にあたる女性たちは、顔を合わせれば喧嘩を始めてしまうため、それぞれ別邸を与えて暮らしてもらっているとのこと。直靖の方から会いに行くなりして、今でも夫婦仲は良好なのだそうだ。六花は、日替わりで疑似夫婦をするという発想がどこから来たのか、なんとなく分かったような気がした。

「さあさあ、他には?」

 直靖は嬉々として質問を続けるが、今はまだ、彼らについてなにを知りたいのかが分からない。六花は考え、昨日からずっと気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、昨日見たんですが。角とか牙とかが生えている人たちって、一体何者なのでしょうか?」

 六花の質問に、直靖ではなく三兄弟が同時にびくりと身体を揺らした。目を大きく見開いて、六花と直靖を交互に見ている。直靖も、今回は参ったのか、ふと考え込む仕草を見せた。

「……えっと、今まで見たことがない?」
「はい。本の中でも似たような生物の表現はあったのですが……架空の存在だと思っていて」

 急激に場の雰囲気が凍りついてしまい、六花は焦った。なぜ皆が難しい顔をしているのか、その理由は察することができないが、気分を害してしまったのは確かだ。

「うーん、そうか。公爵は、敢えて教えなかったのかな」
「……あ、あの。答えづらければ、結構ですから」

 これではすぐに愛想を尽かされてしまうかもしれないと、六花も不安になってくる。

「少し驚くかもしれないけれど、教えるね。玉兎は、人間と〝あやかし〟の国なんだ。あやかしっていうのは、文字では〝妖〟って書くんだけど。まあ、言うなれば、君が言っていた本の中に出てくる獣とか妖怪みたいなものだね」
「……え」

 あの異形の者たちが、普通に存在するという僅かな恐怖に、今度は六花が震える番だった。

「でも、あやかしは寿命が短い。個体差はあるけれど、大体十年から二十年だ。それに対し、人間は長寿だ。共存するうちに、あやかしは長寿の血を求めて、人間に擬態して交わり、子孫を残すようになった。だから、この国では多くの人々があやかしの血を引いている」

 では、純粋な人間はほとんどいないということになるのか。六花は思考をまとめるのに苦労した。

「街を歩けば、六花さんが知っている人間とは明らかに違う者たちが多くいるだろう。でも、怖がらずに受け入れてあげてほしい」
「……はい」
「彼らも心と自我を持っている。ああ、違法競売場にいたようなのは、人間も含めて邪道な奴らだが。ほとんどが純粋な人間に対しても友好的だから、心配しなくていいよ」

 玉兎に嫁ぐ上で、非常に重要なことを六花は知らなかった。無知を恥じ、父親はなぜ教えてくれなかったのかと、下唇を噛んで悔やむ。それでも、ずっと知らないままよりは、今ここで直靖に教えてもらえてよかったと前向きに考えることにした。

 三兄弟は、なぜあれほど驚いていたのだろうか。彼らはもう平然と食事を続けているが、先程の反応は見間違いなどではない。それだけが、六花の胸に引っかかった。

 直靖は暗くなってしまった広間の空気を明るくしようと、息子たちと世間話を始めたが、六花はそれどころではなかった。出された食事は無理にでも完食したが、これからやっていけるのかが気にかかる。まだまだ六花の知らない事実が待ち受けていそうで、それが杞憂きゆうになることを願うばかりだ。

 朝食は、今日のようにこれから毎日皆でとることに決まった。それから、六花はその日の相手のところで過ごし、翌朝また別の相手に交代するというかたちだ。

「今日は、羽琉からだったか」
「はい、父上」

 全員が食事を終えてお開きになるという時、直靖が確認するように問いかけた。羽琉は肯定しながら六花にも微笑む。昨夜散々揉めた結果、くじ引きをしたらしい。結果、初日は羽琉、明日は鬼灯、明後日は大牙という、生まれた順そのものになった。

「そうか。順番は守って、仲良くな。あと、正式な婚姻まで、避妊はちゃんとするように」
「ぶふっ……! ごほっ、ごほっ!」

 直靖の言葉に、食後のお茶を飲んでいた大牙が激しくせた。六花は手に湯飲みを持っていただけだったので難を逃れたが、一歩遅ければ大牙のようになってかもしれない。それだけ、強烈な言葉だった。

「大牙、大丈夫か?」
「兄貴、ありがとう……」

 大牙の隣に座る鬼灯が手拭いを渡す。羽琉と鬼灯は平気なようで、取り乱している様子はない。驚いて赤面しているのは六花と大牙だけだった。ということは、羽琉と鬼灯は初めから〝そういうこと〟をするつもりでいたわけだろうか。花嫁なら当然のことかもしれないが、六花はまだ心の準備ができていない。

 男女の契りがどういうものなのか、嫁入り前に子育ても含めて多少は書物で勉強したが、実際は分からない。特に六花のような処女は、慣れるまで苦痛を伴うという。母親になる女性は皆が通る道だと理解してはいるのだが、まずは恐怖しかなかった。
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