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三兄弟の自己紹介
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「はい。あ、違う……えっと、うん」
六花が少し混乱しながら口調を訂正すると、美鶴は目を細めて笑った。
「ふふ。謙虚な方なのですね。申し遅れましたが、私が主に六花様のお世話をさせていただきますので、何卒よろしくお願いいたします」
その言葉に、六花はぴんときた。
「あ、もしかしてこの着替えも……?」
「はい、仰る通りでございます。大牙様がお困りの様子でしたので、僭越ながら私が」
気絶した六花をここへ運んだのは、やはり大牙だったらしい。着替えさせてくれたのが美鶴だと分かり、六花は心底ほっとした。疑似夫婦になるとはいえ、正式に婚姻も結ばないまま先に裸を見られるのは、やはり恥ずかしい。
「まだ朝食まで時間がありますので、湯浴みをご所望でしたらお連れしようかと思いまして」
「あっ、助かります!」
捕らえられてからというもの、もう数日は風呂に入れていない。毎日身体を拭くくらいはさせてくれたが、それでもゆっくり湯船に浸かって洗うのとでは全然違う。
「六花様、敬語は……外すの慣れませんか?」
「……そうだった。しばらく敬語でもいいですか?」
美鶴がくすくすと笑いながら了承する。話しやすそうな女性でよかった、と六花も安心しつつ笑った。
湯浴みを終え、新しく用意してもらった朱色の着物に袖を通す。髪は美鶴が櫛で整え、一束をとって簪を差してくれた。顔に薄く化粧を施してもらい、仕上げに桜色の口紅を塗る。
「まあ、素敵。やはり、お綺麗な方ですね」
美鶴に褒められると、彼女が世辞を言っているようには見えないので、六花は照れてしまった。
「そ、そんなことないです……」
「いいえ。旦那様がずっと仰っていたんですよ。『息子たちには、六花さんを嫁に迎えてもらいたい』って。幼い頃の六花様のお姿をご覧になって、絶対にそうすると決めていたそうです」
美鶴と同じようなことを、昨夜直靖が言っていた。そう言われて育ってきた三兄弟は、六花に過度の期待を抱いているのではないか。確かに、捕縛されていた時とは見違えるほどによくなったと、六花自身も鏡を見ながら思う。だが、実際のところは美鶴のほうが大人っぽくて綺麗だと感じるのだ。
「そんな不安そうな顔をなさらないでください。事情はある程度伺いましたが、六花様は自分の心に任せて、お相手を決めればいいんです」
「……そう、でしょうか」
美鶴は破顔して、六花の肩を解すように揉んでくれている。
「もちろんです。六花様がなかなか到着されなくて、若様方は皆さん、大変心配されていましたよ。本当に楽しみにされていたんだと思います」
「……それで、無理をしてでも助けに来てくださったんですね」
「はい。皆さん勢いよく、飛び出して行かれました」
美鶴は笑窪を作って笑いを堪えている。当時の様子を思い出しているのだろうか。
「どうしたの?」
「いえ、すみません。昨夜は『誰が最初に六花様の相手になるか』で言い争っておりましたので。おかしくて、つい……」
美鶴の笑いは止まらなくなっている。喧嘩の内容も成人男性がするものには聞こえなくて、六花も耳を疑った。
「そんなことで喧嘩を!?」
「若様方にとっては大事なことなんです。でも、とても素敵な方々ですから、安心なさってください」
六花が頷くと、美鶴は一礼して朝食の支度のために部屋を出て行った。六花は鏡を覗き込み、果たして自分にそんな価値があるのかと疑問に思ってしまう。しかし、やるべきことはひとつだ。六花の命も、両親も救ってくれたこの家に、報いなければならない。
「……うん」
美鶴の言う通りに、自分の心に従ってみよう。六花はそう誓う。鏡の中の不安そうな顔が、六花の指で抓られた後、少し明るい表情に変わった。
朝食に呼ばれ、六花が広間に入ると、既に三兄弟は揃っていた。彼らと挨拶を交わして、向かい側にあてがわれた茵へと腰を下ろす。昨夜のことを話そうとすると、直靖も入ってきて、すぐに朝食が始まった。
「六花、今日は気分どう?」
「大丈夫です。昨夜は無理を言ったのに倒れてしまい、大変失礼しました。大牙さんも、部屋まで運んでいただいて、ありがとうございます」
「……あ。うん」
鬼灯に話しかけられ、六花は大牙への感謝も含めて返事をした。鬼灯は頬を緩めて頷くが、大牙は素っ気ない返事をして、すっと横に目を逸らす。その様子を見ていた羽琉は、口角を上げた。
「大牙は、女性にどう対応したらいいか分からないみたいなんだ。気にしないでね?」
「はい。そうかなって思っていたので、大丈夫です」
羽琉からは、大人の余裕を感じる。年齢も、六花とはある程度離れているだろう。大牙だけでなく六花だって、異性と話すのには慣れていないし、現に今も心臓が暴れ回って食事の味もよく分からない。
「そうだ、お前たち。六花さんに自己紹介をしておきなさい。昨夜はできなかっただろう」
直靖が話題を振ってくれて、六花はようやく肩の力を抜いた。これでちょっとの間は落ち着ける。直靖に促されて、羽琉が最初に口を開いた。
「改めて、僕が長男の羽琉。仕事は調香師をしているよ。年齢は二十八だから、君とはちょっと離れてるかな。僕も、六花って呼んでいい?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく」
六花より八歳も大人だと、見てきたものも違うのだろう。鬼灯と大牙が先に『六花』と呼んでいたが、羽琉はきちんと六花に了承をとった。鬼灯と大牙は「してやられた」とばかりに、恨みがましく唇を結んで羽琉を見つめている。
羽琉は微かに笑うと、優雅な所作で食事を再開した。今日も灰色の髪を緩くひとつにまとめていて、女性たちのそれよりも色っぽいような、中性的な感じがする。
「こほん。俺が、次男の鬼灯。職業は調律師だけど、自分で楽器の演奏もするよ。歳は二十四。……勝手に呼び捨てにして、ごめんな?」
「いえ、気にしていません。よろしくお願いします」
「うん。改めてよろしく」
鬼灯も微笑んではいるが、恥ずかしそうだ。それにしても、身体を鍛えているから力仕事をしているのかと思いきや、繊細な音感が必要になる調律師。六花も琴は嗜んでいるので、話が合うかもしれないと期待した。
競売の台座の上で、初めて六花を安心させてくれた人だ。切れ長の目と茶褐色の短い髪の毛が特徴。目つきこそ鋭いが、心根の優しい人だということは六花もよく知っている。
「えっと……三男の、大牙です。街の料亭で、板前をしています。年齢は、二十歳。女の人と話すの……ちょっと苦手だけど。慣れるように、頑張るから」
「あ、同い年なんですね。それなら、もう少し砕けた感じで話しても?」
おどおどと話してくれた大牙に、六花は美鶴から教わったばかりの方法で彼の緊張を解そうとした。大牙は数回に分けて頷いている。どうにか慣れようとしてくれているのが嬉しくて、六花は微笑んだ。
「私も、男の人にどう接したらいいか分からなくて。大牙くんの気持ちも分かるから」
「……そう、なの?」
大牙の目が六花に向けられるが、やはりすぐに逸らされた。
「うん。お互い様だから、気にしないで」
「あり、がとう……」
互いに照れ合うような初々しい雰囲気に、今度は羽琉と鬼灯が「どうしたことか」と、冷やかすように顔を見合わせている。それを見た大牙が、真っ赤になって顔をぷるぷると左右に振れば、漆黒の髪がさらさらと揺れた。狗みたいな可愛い仕草に、六花は再び笑う。彼なりの照れ隠しだったのだろう。
六花が少し混乱しながら口調を訂正すると、美鶴は目を細めて笑った。
「ふふ。謙虚な方なのですね。申し遅れましたが、私が主に六花様のお世話をさせていただきますので、何卒よろしくお願いいたします」
その言葉に、六花はぴんときた。
「あ、もしかしてこの着替えも……?」
「はい、仰る通りでございます。大牙様がお困りの様子でしたので、僭越ながら私が」
気絶した六花をここへ運んだのは、やはり大牙だったらしい。着替えさせてくれたのが美鶴だと分かり、六花は心底ほっとした。疑似夫婦になるとはいえ、正式に婚姻も結ばないまま先に裸を見られるのは、やはり恥ずかしい。
「まだ朝食まで時間がありますので、湯浴みをご所望でしたらお連れしようかと思いまして」
「あっ、助かります!」
捕らえられてからというもの、もう数日は風呂に入れていない。毎日身体を拭くくらいはさせてくれたが、それでもゆっくり湯船に浸かって洗うのとでは全然違う。
「六花様、敬語は……外すの慣れませんか?」
「……そうだった。しばらく敬語でもいいですか?」
美鶴がくすくすと笑いながら了承する。話しやすそうな女性でよかった、と六花も安心しつつ笑った。
湯浴みを終え、新しく用意してもらった朱色の着物に袖を通す。髪は美鶴が櫛で整え、一束をとって簪を差してくれた。顔に薄く化粧を施してもらい、仕上げに桜色の口紅を塗る。
「まあ、素敵。やはり、お綺麗な方ですね」
美鶴に褒められると、彼女が世辞を言っているようには見えないので、六花は照れてしまった。
「そ、そんなことないです……」
「いいえ。旦那様がずっと仰っていたんですよ。『息子たちには、六花さんを嫁に迎えてもらいたい』って。幼い頃の六花様のお姿をご覧になって、絶対にそうすると決めていたそうです」
美鶴と同じようなことを、昨夜直靖が言っていた。そう言われて育ってきた三兄弟は、六花に過度の期待を抱いているのではないか。確かに、捕縛されていた時とは見違えるほどによくなったと、六花自身も鏡を見ながら思う。だが、実際のところは美鶴のほうが大人っぽくて綺麗だと感じるのだ。
「そんな不安そうな顔をなさらないでください。事情はある程度伺いましたが、六花様は自分の心に任せて、お相手を決めればいいんです」
「……そう、でしょうか」
美鶴は破顔して、六花の肩を解すように揉んでくれている。
「もちろんです。六花様がなかなか到着されなくて、若様方は皆さん、大変心配されていましたよ。本当に楽しみにされていたんだと思います」
「……それで、無理をしてでも助けに来てくださったんですね」
「はい。皆さん勢いよく、飛び出して行かれました」
美鶴は笑窪を作って笑いを堪えている。当時の様子を思い出しているのだろうか。
「どうしたの?」
「いえ、すみません。昨夜は『誰が最初に六花様の相手になるか』で言い争っておりましたので。おかしくて、つい……」
美鶴の笑いは止まらなくなっている。喧嘩の内容も成人男性がするものには聞こえなくて、六花も耳を疑った。
「そんなことで喧嘩を!?」
「若様方にとっては大事なことなんです。でも、とても素敵な方々ですから、安心なさってください」
六花が頷くと、美鶴は一礼して朝食の支度のために部屋を出て行った。六花は鏡を覗き込み、果たして自分にそんな価値があるのかと疑問に思ってしまう。しかし、やるべきことはひとつだ。六花の命も、両親も救ってくれたこの家に、報いなければならない。
「……うん」
美鶴の言う通りに、自分の心に従ってみよう。六花はそう誓う。鏡の中の不安そうな顔が、六花の指で抓られた後、少し明るい表情に変わった。
朝食に呼ばれ、六花が広間に入ると、既に三兄弟は揃っていた。彼らと挨拶を交わして、向かい側にあてがわれた茵へと腰を下ろす。昨夜のことを話そうとすると、直靖も入ってきて、すぐに朝食が始まった。
「六花、今日は気分どう?」
「大丈夫です。昨夜は無理を言ったのに倒れてしまい、大変失礼しました。大牙さんも、部屋まで運んでいただいて、ありがとうございます」
「……あ。うん」
鬼灯に話しかけられ、六花は大牙への感謝も含めて返事をした。鬼灯は頬を緩めて頷くが、大牙は素っ気ない返事をして、すっと横に目を逸らす。その様子を見ていた羽琉は、口角を上げた。
「大牙は、女性にどう対応したらいいか分からないみたいなんだ。気にしないでね?」
「はい。そうかなって思っていたので、大丈夫です」
羽琉からは、大人の余裕を感じる。年齢も、六花とはある程度離れているだろう。大牙だけでなく六花だって、異性と話すのには慣れていないし、現に今も心臓が暴れ回って食事の味もよく分からない。
「そうだ、お前たち。六花さんに自己紹介をしておきなさい。昨夜はできなかっただろう」
直靖が話題を振ってくれて、六花はようやく肩の力を抜いた。これでちょっとの間は落ち着ける。直靖に促されて、羽琉が最初に口を開いた。
「改めて、僕が長男の羽琉。仕事は調香師をしているよ。年齢は二十八だから、君とはちょっと離れてるかな。僕も、六花って呼んでいい?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく」
六花より八歳も大人だと、見てきたものも違うのだろう。鬼灯と大牙が先に『六花』と呼んでいたが、羽琉はきちんと六花に了承をとった。鬼灯と大牙は「してやられた」とばかりに、恨みがましく唇を結んで羽琉を見つめている。
羽琉は微かに笑うと、優雅な所作で食事を再開した。今日も灰色の髪を緩くひとつにまとめていて、女性たちのそれよりも色っぽいような、中性的な感じがする。
「こほん。俺が、次男の鬼灯。職業は調律師だけど、自分で楽器の演奏もするよ。歳は二十四。……勝手に呼び捨てにして、ごめんな?」
「いえ、気にしていません。よろしくお願いします」
「うん。改めてよろしく」
鬼灯も微笑んではいるが、恥ずかしそうだ。それにしても、身体を鍛えているから力仕事をしているのかと思いきや、繊細な音感が必要になる調律師。六花も琴は嗜んでいるので、話が合うかもしれないと期待した。
競売の台座の上で、初めて六花を安心させてくれた人だ。切れ長の目と茶褐色の短い髪の毛が特徴。目つきこそ鋭いが、心根の優しい人だということは六花もよく知っている。
「えっと……三男の、大牙です。街の料亭で、板前をしています。年齢は、二十歳。女の人と話すの……ちょっと苦手だけど。慣れるように、頑張るから」
「あ、同い年なんですね。それなら、もう少し砕けた感じで話しても?」
おどおどと話してくれた大牙に、六花は美鶴から教わったばかりの方法で彼の緊張を解そうとした。大牙は数回に分けて頷いている。どうにか慣れようとしてくれているのが嬉しくて、六花は微笑んだ。
「私も、男の人にどう接したらいいか分からなくて。大牙くんの気持ちも分かるから」
「……そう、なの?」
大牙の目が六花に向けられるが、やはりすぐに逸らされた。
「うん。お互い様だから、気にしないで」
「あり、がとう……」
互いに照れ合うような初々しい雰囲気に、今度は羽琉と鬼灯が「どうしたことか」と、冷やかすように顔を見合わせている。それを見た大牙が、真っ赤になって顔をぷるぷると左右に振れば、漆黒の髪がさらさらと揺れた。狗みたいな可愛い仕草に、六花は再び笑う。彼なりの照れ隠しだったのだろう。
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