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日替わりの疑似夫婦
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「そういえば、お前たち、自己紹介はもう済ませたのか?」
直靖の質問に、三兄弟は揃って首を横に振った。
「いや。六花も疲れていて、それどころじゃないだろうと思って」
代表して鬼灯が答えると、直靖も「そうだな」と相槌を打つ。
「では、六花さん。どの息子にするかは、これから関わってみて選ぶといい」
「わ、分かりました……」
六花は急に気恥ずかしくなり、彼らの顔が見られなくなってしまった。直靖はああ言ってくれたが、彼らが本心から六花を心待ちにしてくれていたとは、にわかに信じられないのだ。
「父上、僕から提案があるんですが……」
ゆったりとした低く艶のある声で、羽琉がそう言った。彼の視線は、六花を捉えている。
「どうした、羽琉」
「彼女が結論を出すまでの間、接し方については決まりを設けたほうがいいと思うんです。でないと、僕たちも互いに出し抜こうとして不公平になるじゃないですか」
その黒曜石のような瞳から向けられる眼差しに、六花はドキリとした。一見優しそうだが、獲物を射止めるような鋭さも含んでいるように感じたからだ。
会ったこともないのに、なぜそこまで彼らは六花に執着するのか。六花の疑問は増えていくばかりだ。
「まあ、そうだな……。具体的には?」
「彼女には、一日ごとに交代で、僕たちと疑似的な夫婦になってもらうというのは?」
六花は目を見張った。羽琉が言うには、毎日、彼らのうち誰かひとりと、試しに夫婦になってみないかというわけだ。
「なるほど、日替わりか。それはいいな。鬼灯と大牙はどうだ?」
直靖はあっさりと同意し、残りのふたりに確認をとる。
「俺は、いいと思います。六花には、平等に機会を持ってもらった上で選んでほしいですし」
「……俺も、兄貴と同じで、賛成です」
鬼灯はちらちらと六花を見ながら答え、大牙は消え入るような声で自信のなさそうに手を上げた。翡翠の色に近い大牙の瞳は、六花と目が合うなり、左右にせわしなく動く。恥ずかしがっているようだ。なんとなくだが、この三兄弟の性格の違いが、六花にも見えてきた。
直靖は頷き、六花を振り返る。その顔は、実に楽しそうに笑みをたたえていた。
「ということでいいかな、六花さん」
「……はい。分かりました」
嫁入りとはなんて難しいものだと、六花は思った。これが世間一般的に行われているかは知らないが。
「ああ、期限もあった方がいいか。九十日もあれば十分かな」
「えっ」
六花はすぐに自分の口を噤んだ。対価と引き換えで嫁いできた身なのに、意見する権利などない。分かっていたのに、九十日というのは短く感じてしまったのだ。
「少ないかな?」
直靖は首を傾げた。六花はとんでもないと手を振って否定する。
「いえ。時間を無駄にしないように、皆さんのことをひとつでも多く知っていけるように善処します」
「うん、さすが私が見込んだ花嫁だ。お前たちもいいかな?」
三兄弟は同時に頷いた。ひとまず、話はまとまったようだ。それで気が抜けたのか、六花は眩暈を覚えてしまい、膝から崩れ落ちた。
「……危ない!」
床に身体が叩きつけられるかと思いきや、誰かが抱き留めてくれたようだ。鬼灯とは少し違う、いい匂いがする。六花がどうにか顔を上げると、耳まで真っ赤になった大牙がいた。その後ろに、心配そうに六花を覗き込む羽琉と鬼灯の顔も見える。
「り、六花。大丈夫?」
「……ありが、とう……」
大牙は女性慣れしていないのか、六花を抱きしめる腕も、発した声も、心なしか震えているようだ。そんな状態になりながらも、六花を助けてくれたことに感謝を述べながら、六花はそのまま気絶するように眠った。
陽だまりの下にいるような温かさと、鳥の涼やかな鳴き声で六花は目を覚ました。見知らぬ天井が目に入る。
「あれ……?」
柔らかく心地よい布団の中で、眠っていたようだ。六花は上体を起こし、自分の状況を確認した。着物は脱がされ、いつの間にか紺色の浴衣に着替えさせられている。嫁入りのために馬車に持ち込んでいた道具は、全て賊に奪われてしまったため、これは屋敷で用意してもらったものだ。
周囲を見渡すと、約十坪の部屋の中のようだった。化粧箱、文机、全身鏡に箪笥が置かれており、六花の着物は衣紋掛けにきちんと広げられている。恐らくは、ここが六花に用意された部屋だ。
昨夜は、誰かが六花を部屋まで運び、着替えさせてくれたということになる。順当にいけば、気を失う直前まで六花を抱きかかえていたのは大牙なのだから、彼ということになるが――着替えをしたのは女性の使用人だと信じたい、と六花は頬を赤らめた。
もう、あの卑劣な男に受けた仕打ちは、思い出したくもない。婚姻相手でもない異性に肌を暴かれるのが、どれほど屈辱的なことか、六花は嫌というほど味わった。だが、あの三兄弟のことは、信じてもいいような気がしていた。誰かひとりが六花の夫になるのだから、真剣に向き合わなければ失礼だろう。
「……選ぶ、なんてできるのかな」
決まってしまったことは覆しようがないが、いっそのこと彼ら自身に決めてほしいほどだ。自分が大した人間でないことは、六花自身がよく分かっている。もしかすると、九十日の間に愛想を尽かされてしまうかもしれないのだ。
記憶を辿ってみる限り、六花は三兄弟に会ったことも話したこともないのに、彼らはなぜ、六花を花嫁にと望むのだろうか。機会があれば聞いてみようと思い、まずは昨夜の礼を伝えなければと、六花は布団から出た。
「六花様、お目覚めでしょうか」
「あっ、はい!」
入り口と思わしき引き戸の向こうから、凛とした女性の声がした。六花は浴衣の乱れを直し、腰まで伸びた黒髪を軽く梳くと、背筋を伸ばす。
控えめに戸が開き、銀色に輝く髪をひっつめにした、紫色の着物姿の女性が現れた。彼女は両手を床につき、深々と一礼をすると、六花を見上げて微笑む。
「お初にお目にかかります。当家使用人の美鶴と申します」
年齢は六花とさほど変わらないくらいだろう。垂れ目と口元の黒子が特徴的な、色白の美しい女性だ。六花は慌てて挨拶を返した。
「は、初めまして。六花と申します。この度は、ご挨拶が遅くなりまして……あ、しかもこんな格好で……!」
「まあ、使用人に対して、敬語など使わなくてよろしいのですよ。私が言うのもおかしいですが、ぜひくつろいでくださいませ」
美鶴は目を見開き、六花を諭すように言った。
今まで、実の親にも使用人にも、ほとんど敬語しか使ってこなかった六花には、どちらかというと砕けた口調のほうが難しい。
直靖の質問に、三兄弟は揃って首を横に振った。
「いや。六花も疲れていて、それどころじゃないだろうと思って」
代表して鬼灯が答えると、直靖も「そうだな」と相槌を打つ。
「では、六花さん。どの息子にするかは、これから関わってみて選ぶといい」
「わ、分かりました……」
六花は急に気恥ずかしくなり、彼らの顔が見られなくなってしまった。直靖はああ言ってくれたが、彼らが本心から六花を心待ちにしてくれていたとは、にわかに信じられないのだ。
「父上、僕から提案があるんですが……」
ゆったりとした低く艶のある声で、羽琉がそう言った。彼の視線は、六花を捉えている。
「どうした、羽琉」
「彼女が結論を出すまでの間、接し方については決まりを設けたほうがいいと思うんです。でないと、僕たちも互いに出し抜こうとして不公平になるじゃないですか」
その黒曜石のような瞳から向けられる眼差しに、六花はドキリとした。一見優しそうだが、獲物を射止めるような鋭さも含んでいるように感じたからだ。
会ったこともないのに、なぜそこまで彼らは六花に執着するのか。六花の疑問は増えていくばかりだ。
「まあ、そうだな……。具体的には?」
「彼女には、一日ごとに交代で、僕たちと疑似的な夫婦になってもらうというのは?」
六花は目を見張った。羽琉が言うには、毎日、彼らのうち誰かひとりと、試しに夫婦になってみないかというわけだ。
「なるほど、日替わりか。それはいいな。鬼灯と大牙はどうだ?」
直靖はあっさりと同意し、残りのふたりに確認をとる。
「俺は、いいと思います。六花には、平等に機会を持ってもらった上で選んでほしいですし」
「……俺も、兄貴と同じで、賛成です」
鬼灯はちらちらと六花を見ながら答え、大牙は消え入るような声で自信のなさそうに手を上げた。翡翠の色に近い大牙の瞳は、六花と目が合うなり、左右にせわしなく動く。恥ずかしがっているようだ。なんとなくだが、この三兄弟の性格の違いが、六花にも見えてきた。
直靖は頷き、六花を振り返る。その顔は、実に楽しそうに笑みをたたえていた。
「ということでいいかな、六花さん」
「……はい。分かりました」
嫁入りとはなんて難しいものだと、六花は思った。これが世間一般的に行われているかは知らないが。
「ああ、期限もあった方がいいか。九十日もあれば十分かな」
「えっ」
六花はすぐに自分の口を噤んだ。対価と引き換えで嫁いできた身なのに、意見する権利などない。分かっていたのに、九十日というのは短く感じてしまったのだ。
「少ないかな?」
直靖は首を傾げた。六花はとんでもないと手を振って否定する。
「いえ。時間を無駄にしないように、皆さんのことをひとつでも多く知っていけるように善処します」
「うん、さすが私が見込んだ花嫁だ。お前たちもいいかな?」
三兄弟は同時に頷いた。ひとまず、話はまとまったようだ。それで気が抜けたのか、六花は眩暈を覚えてしまい、膝から崩れ落ちた。
「……危ない!」
床に身体が叩きつけられるかと思いきや、誰かが抱き留めてくれたようだ。鬼灯とは少し違う、いい匂いがする。六花がどうにか顔を上げると、耳まで真っ赤になった大牙がいた。その後ろに、心配そうに六花を覗き込む羽琉と鬼灯の顔も見える。
「り、六花。大丈夫?」
「……ありが、とう……」
大牙は女性慣れしていないのか、六花を抱きしめる腕も、発した声も、心なしか震えているようだ。そんな状態になりながらも、六花を助けてくれたことに感謝を述べながら、六花はそのまま気絶するように眠った。
陽だまりの下にいるような温かさと、鳥の涼やかな鳴き声で六花は目を覚ました。見知らぬ天井が目に入る。
「あれ……?」
柔らかく心地よい布団の中で、眠っていたようだ。六花は上体を起こし、自分の状況を確認した。着物は脱がされ、いつの間にか紺色の浴衣に着替えさせられている。嫁入りのために馬車に持ち込んでいた道具は、全て賊に奪われてしまったため、これは屋敷で用意してもらったものだ。
周囲を見渡すと、約十坪の部屋の中のようだった。化粧箱、文机、全身鏡に箪笥が置かれており、六花の着物は衣紋掛けにきちんと広げられている。恐らくは、ここが六花に用意された部屋だ。
昨夜は、誰かが六花を部屋まで運び、着替えさせてくれたということになる。順当にいけば、気を失う直前まで六花を抱きかかえていたのは大牙なのだから、彼ということになるが――着替えをしたのは女性の使用人だと信じたい、と六花は頬を赤らめた。
もう、あの卑劣な男に受けた仕打ちは、思い出したくもない。婚姻相手でもない異性に肌を暴かれるのが、どれほど屈辱的なことか、六花は嫌というほど味わった。だが、あの三兄弟のことは、信じてもいいような気がしていた。誰かひとりが六花の夫になるのだから、真剣に向き合わなければ失礼だろう。
「……選ぶ、なんてできるのかな」
決まってしまったことは覆しようがないが、いっそのこと彼ら自身に決めてほしいほどだ。自分が大した人間でないことは、六花自身がよく分かっている。もしかすると、九十日の間に愛想を尽かされてしまうかもしれないのだ。
記憶を辿ってみる限り、六花は三兄弟に会ったことも話したこともないのに、彼らはなぜ、六花を花嫁にと望むのだろうか。機会があれば聞いてみようと思い、まずは昨夜の礼を伝えなければと、六花は布団から出た。
「六花様、お目覚めでしょうか」
「あっ、はい!」
入り口と思わしき引き戸の向こうから、凛とした女性の声がした。六花は浴衣の乱れを直し、腰まで伸びた黒髪を軽く梳くと、背筋を伸ばす。
控えめに戸が開き、銀色に輝く髪をひっつめにした、紫色の着物姿の女性が現れた。彼女は両手を床につき、深々と一礼をすると、六花を見上げて微笑む。
「お初にお目にかかります。当家使用人の美鶴と申します」
年齢は六花とさほど変わらないくらいだろう。垂れ目と口元の黒子が特徴的な、色白の美しい女性だ。六花は慌てて挨拶を返した。
「は、初めまして。六花と申します。この度は、ご挨拶が遅くなりまして……あ、しかもこんな格好で……!」
「まあ、使用人に対して、敬語など使わなくてよろしいのですよ。私が言うのもおかしいですが、ぜひくつろいでくださいませ」
美鶴は目を見開き、六花を諭すように言った。
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