日替わりの花嫁

枳 雨那

文字の大きさ
上 下
4 / 25

日替わりの疑似夫婦

しおりを挟む
「そういえば、お前たち、自己紹介はもう済ませたのか?」

 直靖の質問に、三兄弟は揃って首を横に振った。

「いや。六花も疲れていて、それどころじゃないだろうと思って」

 代表して鬼灯が答えると、直靖も「そうだな」と相槌あいづちを打つ。

「では、六花さん。どの息子にするかは、これから関わってみて選ぶといい」
「わ、分かりました……」

 六花は急に気恥ずかしくなり、彼らの顔が見られなくなってしまった。直靖はああ言ってくれたが、彼らが本心から六花を心待ちにしてくれていたとは、にわかに信じられないのだ。

「父上、僕から提案があるんですが……」

 ゆったりとした低く艶のある声で、羽琉がそう言った。彼の視線は、六花を捉えている。

「どうした、羽琉」
「彼女が結論を出すまでの間、接し方については決まりを設けたほうがいいと思うんです。でないと、僕たちも互いに出し抜こうとして不公平になるじゃないですか」

 その黒曜石こくようせきのような瞳から向けられる眼差しに、六花はドキリとした。一見優しそうだが、獲物を射止めるような鋭さも含んでいるように感じたからだ。

 会ったこともないのに、なぜそこまで彼らは六花に執着するのか。六花の疑問は増えていくばかりだ。

「まあ、そうだな……。具体的には?」
「彼女には、一日ごとに交代で、僕たちと疑似的な夫婦になってもらうというのは?」

 六花は目を見張った。羽琉が言うには、毎日、彼らのうち誰かひとりと、試しに夫婦になってみないかというわけだ。

「なるほど、日替わりか。それはいいな。鬼灯と大牙はどうだ?」

 直靖はあっさりと同意し、残りのふたりに確認をとる。

「俺は、いいと思います。六花には、平等に機会を持ってもらった上で選んでほしいですし」
「……俺も、兄貴と同じで、賛成です」

 鬼灯はちらちらと六花を見ながら答え、大牙は消え入るような声で自信のなさそうに手を上げた。翡翠ひすいの色に近い大牙の瞳は、六花と目が合うなり、左右にせわしなく動く。恥ずかしがっているようだ。なんとなくだが、この三兄弟の性格の違いが、六花にも見えてきた。

 直靖は頷き、六花を振り返る。その顔は、実に楽しそうに笑みをたたえていた。

「ということでいいかな、六花さん」
「……はい。分かりました」

 嫁入りとはなんて難しいものだと、六花は思った。これが世間一般的に行われているかは知らないが。

「ああ、期限もあった方がいいか。九十日もあれば十分かな」
「えっ」

 六花はすぐに自分の口をつぐんだ。対価と引き換えで嫁いできた身なのに、意見する権利などない。分かっていたのに、九十日というのは短く感じてしまったのだ。

「少ないかな?」

 直靖は首を傾げた。六花はとんでもないと手を振って否定する。

「いえ。時間を無駄にしないように、皆さんのことをひとつでも多く知っていけるように善処します」
「うん、さすが私が見込んだ花嫁だ。お前たちもいいかな?」

 三兄弟は同時に頷いた。ひとまず、話はまとまったようだ。それで気が抜けたのか、六花は眩暈めまいを覚えてしまい、膝から崩れ落ちた。

「……危ない!」

 床に身体が叩きつけられるかと思いきや、誰かが抱き留めてくれたようだ。鬼灯とは少し違う、いい匂いがする。六花がどうにか顔を上げると、耳まで真っ赤になった大牙がいた。その後ろに、心配そうに六花を覗き込む羽琉と鬼灯の顔も見える。

「り、六花。大丈夫?」
「……ありが、とう……」

 大牙は女性慣れしていないのか、六花を抱きしめる腕も、発した声も、心なしか震えているようだ。そんな状態になりながらも、六花を助けてくれたことに感謝を述べながら、六花はそのまま気絶するように眠った。



 陽だまりの下にいるような温かさと、鳥の涼やかな鳴き声で六花は目を覚ました。見知らぬ天井が目に入る。

「あれ……?」

 柔らかく心地よい布団の中で、眠っていたようだ。六花は上体を起こし、自分の状況を確認した。着物は脱がされ、いつの間にか紺色の浴衣に着替えさせられている。嫁入りのために馬車に持ち込んでいた道具は、全て賊に奪われてしまったため、これは屋敷で用意してもらったものだ。

 周囲を見渡すと、約十坪の部屋の中のようだった。化粧箱、文机ふづくえ、全身鏡に箪笥たんすが置かれており、六花の着物は衣紋えもん掛けにきちんと広げられている。恐らくは、ここが六花に用意された部屋だ。

 昨夜は、誰かが六花を部屋まで運び、着替えさせてくれたということになる。順当にいけば、気を失う直前まで六花を抱きかかえていたのは大牙なのだから、彼ということになるが――着替えをしたのは女性の使用人だと信じたい、と六花は頬を赤らめた。

 もう、あの卑劣な男に受けた仕打ちは、思い出したくもない。婚姻相手でもない異性に肌を暴かれるのが、どれほど屈辱的なことか、六花は嫌というほど味わった。だが、あの三兄弟のことは、信じてもいいような気がしていた。誰かひとりが六花の夫になるのだから、真剣に向き合わなければ失礼だろう。

「……選ぶ、なんてできるのかな」

 決まってしまったことはくつがしようがないが、いっそのこと彼ら自身に決めてほしいほどだ。自分が大した人間でないことは、六花自身がよく分かっている。もしかすると、九十日の間に愛想を尽かされてしまうかもしれないのだ。

 記憶を辿ってみる限り、六花は三兄弟に会ったことも話したこともないのに、彼らはなぜ、六花を花嫁にと望むのだろうか。機会があれば聞いてみようと思い、まずは昨夜の礼を伝えなければと、六花は布団から出た。

「六花様、お目覚めでしょうか」
「あっ、はい!」

 入り口と思わしき引き戸の向こうから、凛とした女性の声がした。六花は浴衣の乱れを直し、腰まで伸びた黒髪を軽くくと、背筋を伸ばす。

 控えめに戸が開き、銀色に輝く髪をひっつめにした、紫色の着物姿の女性が現れた。彼女は両手を床につき、深々と一礼をすると、六花を見上げて微笑む。

「お初にお目にかかります。当家使用人の美鶴みつると申します」

 年齢は六花とさほど変わらないくらいだろう。垂れ目と口元の黒子ほくろが特徴的な、色白の美しい女性だ。六花は慌てて挨拶を返した。

「は、初めまして。六花と申します。この度は、ご挨拶が遅くなりまして……あ、しかもこんな格好で……!」
「まあ、使用人に対して、敬語など使わなくてよろしいのですよ。私が言うのもおかしいですが、ぜひくつろいでくださいませ」

 美鶴は目を見開き、六花を諭すように言った。

 今まで、実の親にも使用人にも、ほとんど敬語しか使ってこなかった六花には、どちらかというと砕けた口調のほうが難しい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixabay並びにUnsplshの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名などはすべて仮称です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女体化してしまった俺と親友の恋

無名
恋愛
斉藤玲(さいとうれい)は、ある日トイレで用を足していたら、大量の血尿を出して気絶した。すぐに病院に運ばれたところ、最近はやりの病「TS病」だと判明した。玲は、徐々に女化していくことになり、これからの人生をどう生きるか模索し始めた。そんな中、玲の親友、宮藤武尊(くどうたける)は女になっていく玲を意識し始め!?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...