1 / 25
攫われた娘
しおりを挟む
「さて、最後は本日の目玉! なんとも麗しい『人間』の生娘です!」
おおお、と会場から歓声が上がる。衆人環視――未だかつて、六花はこのような状況に置かれたことはない。なぜなら、深窓の令嬢として、極力人の目に触れぬよう、秘匿され育てられてきたから。
両手両足を縄できつく拘束され、解こうと足掻けば新雪のように白い肌に食い込む。口には硬質な猿轡を噛まされており、言葉も発せない。頭を振れば、絹糸のように艶やかで滑らかな長い黒髪が、ただ乱れるだけ。
会場の人々の中には、頭部から二本の角が生えている者、鋭い牙が口から見えている者、そもそも人の姿をとっていない者など――異形の者がいくつか見受けられる。彼らを初めて見る六花は、円形の台座の上でがたがたと身を震わせ、恐怖に耐えていた。
なぜこうなってしまったのか。
『金烏国』の公爵家で生まれ育った娘・六花は、二十歳を目前に控え、婿を迎え入れる準備をしていた。その矢先、金烏国が他国との戦争に敗北。栄えていた貴族たちも、次々に国から爵位を剥奪され、没落していった。
六花は、家と両親を救うため、多額の対価と引き換えに他所へ嫁ぐことにした。嫁ぎ先は、金烏国と友好関係を結んできた隣国・『玉兎国』。そこの有力地主・直靖家の息子だ。夫となる男性の顔も名前も知らないが、六花は「家族のためなら」と、持ち込まれた縁談に対し二つ返事で結婚を決めた。
その隣国へ移動する最中、乗っていた馬車が賊に襲われ、六花は何者かに攫われてしまったのだ。
助けを呼ぼうにも、六花には頼れる人がいなかった。両親と公爵家に仕える人々以外に、知人も友人も存在しないのだ。土地勘もなければ、ずっと家の中で静かに育ったので、究極の世間知らずでもある。
だが、この状況が非常にまずいことくらいは、六花にも分かった。人身売買、六花には想像もできなかったことが、金烏国の外では秘密裏に行われているらしい。
「鑑賞して愛でるもよし、下僕として扱うもよし……それ以外は、ここにおいでの皆様ならもうお気付きですね?」
黒い仮面を被った司会者の男が、口角を上げてニタニタ笑う。六花の背中を、嫌な汗と凍えるような寒気が伝っていった。これから自分はどうなってしまうのか。想像するだけで、六花は吐き気を催した。
「本当に生娘なのですか?」
「そうだ! ちゃんと確認したのか?」
競りが始まる前にと、会場の男たちから質問が飛んできた。
「ええ、それはもちろんです」
司会の男は即答した。六花は正真正銘の処女だ。公爵であった父以外の男性を知らない。身の回りの世話をしてくれた使用人たちは全員女性で、異性とは触れ合う機会など一度もなかった。「いずれ婿として迎える相手に、失礼のないように」という、父親の徹底した配慮によるものだ。
そのため、公爵家のある街の中でも、六花の姿を知る者はほとんどいなかった。しかし、馬車を襲った賊は、六花の身分をすぐに見抜いたのだ。身に纏う着物が、婚礼用に一着だけ売りに出さずとっておいたものだったからか。
六花は目隠しをされ捕縛されたまま、賊からこの会場へと引き渡された。そこでも、賊とこの競売の主催者による金銭の取引があったと思われる。その後、手袋をつけた人間の手によって、六花は裸にされ、全身くまなく検査された。
その際、得体の知れない、冷たい金属の器具を膣口に差し込まれるという辱めを受けたのだ。六花が悲鳴を上げて痛がると、複数の男性が満足そうに笑う声がした。
「それは、我々が自信を持って保証致します!」
再び歓声が起こり、六花は瞼をぎゅっと閉じた。これでは、両親に対価が渡らない。下手すると、「花嫁が逃げ出した」と地主側に勘違いされ、公爵家が責められる可能性だってある。絶望が六花を苛んだ。
「では、競売を開始します。開始価格は二億判から!」
判は世界共通の通貨単位。一億判あれば、一生暮らしていくのに不便はないと言われる程の額だ。予想外の高額に、六花は誰も自分を落札しようとしないのではないかと期待した。
「三億!」
「いきなり三億が出ました! さあ、他にいらっしゃいますか?」
司会の男は声を張り上げ、会場を煽る。
「三億五千!」
「三億八千!」
「四億だ! 四億出す!」
六花の淡い期待はすぐに打ち砕かれる。金額はみるみるうちにつり上がり、遂には五億まで到達した。観客に富豪が多すぎるのだ。これではいずれ、六花は誰かに持ち帰られてしまうのだろう。その先でどういう扱いを受けるのか。
「んーーっ!」
一縷の望みをかけて、六花は声を出した。誰でもいいから、良心のある人が助け出してくれたら。そう願うのに、現実はあまりのも非情だった。紅玉のように煌めく六花の瞳に、薄い涙の膜が張る。
「五億三千!」
「六億!」
「おおっと、六億! 他にいらっしゃいませんか?」
競りは、六億で落ち着いた。落札したのは、着物姿の若い男性。短く切りそろえられた茶褐色の髪と、切れ長の目が特徴的だった。容姿は普通の人間のようで、六花ともそれほど年齢は変わらなさそうだ。それだけの資産を、一体どうして彼は六花につぎ込んだのか。
六花が男に視線を向けると、彼は微笑んだ。それは誇ったようなものではなく、六花を安心させようとしているようだった。どうしてそんな表情をするのか、六花には理解できない。
「では、初めてのご主人となる若旦那様。ぜひ、近くでご対面ください!」
「ああ」
男は司会者に呼ばれ、二名の警備員らしき者たちに囲まれながら、六花の元へと近づいてきた。琥珀色の瞳が六花にもよく見える位置まで来ると、彼は六花を見据えながら、唇をゆっくりと動かす。
「し・ん・じ・て」
「……!」
信じて、と言っているように見えた。もしかすると、彼はなんの縁もない六花を、助け出そうとしているのかもしれない。そう思った六花は、一筋の光に縋るように小さく頷いた。
おおお、と会場から歓声が上がる。衆人環視――未だかつて、六花はこのような状況に置かれたことはない。なぜなら、深窓の令嬢として、極力人の目に触れぬよう、秘匿され育てられてきたから。
両手両足を縄できつく拘束され、解こうと足掻けば新雪のように白い肌に食い込む。口には硬質な猿轡を噛まされており、言葉も発せない。頭を振れば、絹糸のように艶やかで滑らかな長い黒髪が、ただ乱れるだけ。
会場の人々の中には、頭部から二本の角が生えている者、鋭い牙が口から見えている者、そもそも人の姿をとっていない者など――異形の者がいくつか見受けられる。彼らを初めて見る六花は、円形の台座の上でがたがたと身を震わせ、恐怖に耐えていた。
なぜこうなってしまったのか。
『金烏国』の公爵家で生まれ育った娘・六花は、二十歳を目前に控え、婿を迎え入れる準備をしていた。その矢先、金烏国が他国との戦争に敗北。栄えていた貴族たちも、次々に国から爵位を剥奪され、没落していった。
六花は、家と両親を救うため、多額の対価と引き換えに他所へ嫁ぐことにした。嫁ぎ先は、金烏国と友好関係を結んできた隣国・『玉兎国』。そこの有力地主・直靖家の息子だ。夫となる男性の顔も名前も知らないが、六花は「家族のためなら」と、持ち込まれた縁談に対し二つ返事で結婚を決めた。
その隣国へ移動する最中、乗っていた馬車が賊に襲われ、六花は何者かに攫われてしまったのだ。
助けを呼ぼうにも、六花には頼れる人がいなかった。両親と公爵家に仕える人々以外に、知人も友人も存在しないのだ。土地勘もなければ、ずっと家の中で静かに育ったので、究極の世間知らずでもある。
だが、この状況が非常にまずいことくらいは、六花にも分かった。人身売買、六花には想像もできなかったことが、金烏国の外では秘密裏に行われているらしい。
「鑑賞して愛でるもよし、下僕として扱うもよし……それ以外は、ここにおいでの皆様ならもうお気付きですね?」
黒い仮面を被った司会者の男が、口角を上げてニタニタ笑う。六花の背中を、嫌な汗と凍えるような寒気が伝っていった。これから自分はどうなってしまうのか。想像するだけで、六花は吐き気を催した。
「本当に生娘なのですか?」
「そうだ! ちゃんと確認したのか?」
競りが始まる前にと、会場の男たちから質問が飛んできた。
「ええ、それはもちろんです」
司会の男は即答した。六花は正真正銘の処女だ。公爵であった父以外の男性を知らない。身の回りの世話をしてくれた使用人たちは全員女性で、異性とは触れ合う機会など一度もなかった。「いずれ婿として迎える相手に、失礼のないように」という、父親の徹底した配慮によるものだ。
そのため、公爵家のある街の中でも、六花の姿を知る者はほとんどいなかった。しかし、馬車を襲った賊は、六花の身分をすぐに見抜いたのだ。身に纏う着物が、婚礼用に一着だけ売りに出さずとっておいたものだったからか。
六花は目隠しをされ捕縛されたまま、賊からこの会場へと引き渡された。そこでも、賊とこの競売の主催者による金銭の取引があったと思われる。その後、手袋をつけた人間の手によって、六花は裸にされ、全身くまなく検査された。
その際、得体の知れない、冷たい金属の器具を膣口に差し込まれるという辱めを受けたのだ。六花が悲鳴を上げて痛がると、複数の男性が満足そうに笑う声がした。
「それは、我々が自信を持って保証致します!」
再び歓声が起こり、六花は瞼をぎゅっと閉じた。これでは、両親に対価が渡らない。下手すると、「花嫁が逃げ出した」と地主側に勘違いされ、公爵家が責められる可能性だってある。絶望が六花を苛んだ。
「では、競売を開始します。開始価格は二億判から!」
判は世界共通の通貨単位。一億判あれば、一生暮らしていくのに不便はないと言われる程の額だ。予想外の高額に、六花は誰も自分を落札しようとしないのではないかと期待した。
「三億!」
「いきなり三億が出ました! さあ、他にいらっしゃいますか?」
司会の男は声を張り上げ、会場を煽る。
「三億五千!」
「三億八千!」
「四億だ! 四億出す!」
六花の淡い期待はすぐに打ち砕かれる。金額はみるみるうちにつり上がり、遂には五億まで到達した。観客に富豪が多すぎるのだ。これではいずれ、六花は誰かに持ち帰られてしまうのだろう。その先でどういう扱いを受けるのか。
「んーーっ!」
一縷の望みをかけて、六花は声を出した。誰でもいいから、良心のある人が助け出してくれたら。そう願うのに、現実はあまりのも非情だった。紅玉のように煌めく六花の瞳に、薄い涙の膜が張る。
「五億三千!」
「六億!」
「おおっと、六億! 他にいらっしゃいませんか?」
競りは、六億で落ち着いた。落札したのは、着物姿の若い男性。短く切りそろえられた茶褐色の髪と、切れ長の目が特徴的だった。容姿は普通の人間のようで、六花ともそれほど年齢は変わらなさそうだ。それだけの資産を、一体どうして彼は六花につぎ込んだのか。
六花が男に視線を向けると、彼は微笑んだ。それは誇ったようなものではなく、六花を安心させようとしているようだった。どうしてそんな表情をするのか、六花には理解できない。
「では、初めてのご主人となる若旦那様。ぜひ、近くでご対面ください!」
「ああ」
男は司会者に呼ばれ、二名の警備員らしき者たちに囲まれながら、六花の元へと近づいてきた。琥珀色の瞳が六花にもよく見える位置まで来ると、彼は六花を見据えながら、唇をゆっくりと動かす。
「し・ん・じ・て」
「……!」
信じて、と言っているように見えた。もしかすると、彼はなんの縁もない六花を、助け出そうとしているのかもしれない。そう思った六花は、一筋の光に縋るように小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。


ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる