日替わりの花嫁

枳 雨那

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攫われた娘

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「さて、最後は本日の目玉! なんともうるわしい『人間』の生娘きむすめです!」

 おおお、と会場から歓声が上がる。衆人環視しゅうじんかんし――未だかつて、六花りっかはこのような状況に置かれたことはない。なぜなら、深窓しんそうの令嬢として、極力人の目に触れぬよう、秘匿ひとくされ育てられてきたから。

 両手両足を縄できつく拘束され、ほどこうと足掻あがけば新雪しんせつのように白い肌に食い込む。口には硬質な猿轡さるぐつわを噛まされており、言葉も発せない。頭を振れば、絹糸けんしのようにつややかで滑らかな長い黒髪が、ただ乱れるだけ。

 会場の人々の中には、頭部から二本の角が生えている者、鋭い牙が口から見えている者、そもそも人の姿をとっていない者など――異形の者がいくつか見受けられる。彼らを初めて見る六花は、円形の台座の上でがたがたと身を震わせ、恐怖に耐えていた。

 なぜこうなってしまったのか。

金烏きんう国』の公爵こうしゃく家で生まれ育った娘・六花は、二十歳を目前に控え、婿を迎え入れる準備をしていた。その矢先、金烏国が他国との戦争に敗北。栄えていた貴族たちも、次々に国から爵位しゃくい剥奪はくだつされ、没落していった。

 六花は、家と両親を救うため、多額の対価と引き換えに他所よそへ嫁ぐことにした。嫁ぎ先は、金烏国と友好関係を結んできた隣国・『玉兎ぎょくと国』。そこの有力地主・直靖なおやす家の息子だ。夫となる男性の顔も名前も知らないが、六花は「家族のためなら」と、持ち込まれた縁談に対し二つ返事で結婚を決めた。

 その隣国へ移動する最中、乗っていた馬車がぞくに襲われ、六花は何者かにさらわれてしまったのだ。

 助けを呼ぼうにも、六花には頼れる人がいなかった。両親と公爵家に仕える人々以外に、知人も友人も存在しないのだ。土地勘もなければ、ずっと家の中で静かに育ったので、究極の世間知らずでもある。

 だが、この状況が非常にまずいことくらいは、六花にも分かった。人身売買、六花には想像もできなかったことが、金烏国の外では秘密裏ひみつりに行われているらしい。

「鑑賞して愛でるもよし、下僕として扱うもよし……それ以外は、ここにおいでの皆様ならもうお気付きですね?」

 黒い仮面を被った司会者の男が、口角を上げてニタニタ笑う。六花の背中を、嫌な汗と凍えるような寒気が伝っていった。これから自分はどうなってしまうのか。想像するだけで、六花は吐き気をもよおした。

「本当に生娘なのですか?」
「そうだ! ちゃんと確認したのか?」

 競りが始まる前にと、会場の男たちから質問が飛んできた。

「ええ、それはもちろんです」

 司会の男は即答した。六花は正真正銘の処女だ。公爵であった父以外の男性を知らない。身の回りの世話をしてくれた使用人たちは全員女性で、異性とは触れ合う機会など一度もなかった。「いずれ婿として迎える相手に、失礼のないように」という、父親の徹底した配慮によるものだ。

 そのため、公爵家のある街の中でも、六花の姿を知る者はほとんどいなかった。しかし、馬車を襲った賊は、六花の身分をすぐに見抜いたのだ。身にまとう着物が、婚礼用に一着だけ売りに出さずとっておいたものだったからか。

 六花は目隠しをされ捕縛されたまま、賊からこの会場へと引き渡された。そこでも、賊とこの競売の主催者による金銭の取引があったと思われる。その後、手袋をつけた人間の手によって、六花は裸にされ、全身くまなく検査された。

 その際、得体の知れない、冷たい金属の器具を膣口ちつこうに差し込まれるというはずかしめを受けたのだ。六花が悲鳴を上げて痛がると、複数の男性が満足そうに笑う声がした。

「それは、我々が自信を持って保証致します!」

 再び歓声が起こり、六花はまぶたをぎゅっと閉じた。これでは、両親に対価が渡らない。下手すると、「花嫁が逃げ出した」と地主側に勘違いされ、公爵家が責められる可能性だってある。絶望が六花をさいなんだ。

「では、競売を開始します。開始価格は二億はんから!」

 判は世界共通の通貨単位。一億判あれば、一生暮らしていくのに不便はないと言われる程の額だ。予想外の高額に、六花は誰も自分を落札しようとしないのではないかと期待した。

「三億!」
「いきなり三億が出ました! さあ、他にいらっしゃいますか?」

 司会の男は声を張り上げ、会場を煽る。

「三億五千!」
「三億八千!」
「四億だ! 四億出す!」

 六花の淡い期待はすぐに打ち砕かれる。金額はみるみるうちにつり上がり、遂には五億まで到達した。観客に富豪が多すぎるのだ。これではいずれ、六花は誰かに持ち帰られてしまうのだろう。その先でどういう扱いを受けるのか。

「んーーっ!」

 一縷いちるの望みをかけて、六花は声を出した。誰でもいいから、良心のある人が助け出してくれたら。そう願うのに、現実はあまりのも非情だった。紅玉こうぎょくのようにきらめく六花の瞳に、薄い涙のまくが張る。

「五億三千!」
「六億!」
「おおっと、六億! 他にいらっしゃいませんか?」

 競りは、六億で落ち着いた。落札したのは、着物姿の若い男性。短く切りそろえられた茶褐色の髪と、切れ長の目が特徴的だった。容姿は普通の人間のようで、六花ともそれほど年齢は変わらなさそうだ。それだけの資産を、一体どうして彼は六花につぎ込んだのか。

 六花が男に視線を向けると、彼は微笑んだ。それは誇ったようなものではなく、六花を安心させようとしているようだった。どうしてそんな表情をするのか、六花には理解できない。

「では、初めてのご主人となる若旦那様。ぜひ、近くでご対面ください!」
「ああ」

 男は司会者に呼ばれ、二名の警備員らしき者たちに囲まれながら、六花の元へと近づいてきた。琥珀こはく色の瞳が六花にもよく見える位置まで来ると、彼は六花を見据えながら、唇をゆっくりと動かす。

「し・ん・じ・て」
「……!」

 信じて、と言っているように見えた。もしかすると、彼はなんの縁もない六花を、助け出そうとしているのかもしれない。そう思った六花は、一筋の光にすがるように小さく頷いた。
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