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窮地を助けてくれるのは?

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「……先輩の誘い、断りきれなくて。最初は断ろうとしたんだけど、職場の人間関係にひびが入ったら、私を紹介してくれた梢さんにも迷惑を掛けるし……。一回だけならって」
「そういうこと、か」
「ですが、危うく旦那様にもご迷惑が掛かるところでした。一人で悩んで折り合いがつかないのなら、誰かに相談するべきだったのでは?」

 秋彦さんの言うことはもっともだ。未成年のモデルがクラブに出入りしたと、世の中に暴かれ、騒がれでもしたら。桜庭グループが預かっている施設出身の娘だと、私の悪評が出回ることになる。それは、私を引き取って育てた豪さんへの評価にも繋がるわけで。

 ビジネスの世界は、人との信用を築くのにどれだけ骨を折っても、一度崩れたらもう再構築できない。そういう危うい橋を、私は平気で渡ろうとしていた。できるならば、時間を巻き戻したいくらいだ。

「ごめ……ごめんなさい」

 ぽろぽろと涙がこぼれる。堪えていた分、決壊したら、なかなか止まらなかった。

「秋彦、もうそれ以上責めてやるな」
「……申し訳ありません。私も言いすぎました」
「寧々も充分に反省したし、怖い思いをしたんだ。この件は、これで終わりにしよう」

 豪さんは慈しむように優しい目で、私を見つめた。一番怒っていいのは豪さんのはずなのに、微塵もそんな態度は見せない。ここで、私を見限ってくれてもよかったのに。「寧々なんかいらない。屋敷を出て行け」って言ってくれた方が、すっぱり諦めがついたはずだ。どうして、この人はこんなにも懐が深いのだろう。

「ほら、泣き止んで」
「うっ……えっ……」
「あれ、余計にひどくなった」

 私を和ませようと、豪さんは笑いながら頭を撫でてくれた。しばらくそうしているうちに、車は屋敷へと近づき、私の涙も止まり始める。豪さんは、前方に身を乗り出して秋彦さんに声を掛けた。

「それにしても、秋彦の武術はさすがだった。俺は一人しか相手にできなかったのに、三人も気絶させて」
「あれぐらいでしたら、朝飯前です」
「最後の手刀とか、心底驚いたよ。俺も合気道以外に何か習っておくべきだったな。寧々は、秋彦を見てどう思った?」
「……すごくかっこよくて、頼もしかった」
「ほら。羨ましいな」
「……お褒め頂き、光栄です」

 険悪になってしまった私と秋彦さんの仲を、豪さんが取り持とうとしてくれている。それが分からないくらい、私も秋彦さんも鈍感ではない。

 鏡越しに、秋彦さんへと視線を送ると、彼はようやく表情を緩めて頷いてくれた。
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