26 / 99
揺れる心
4
しおりを挟む
「豪さん?」
「……あ、いや。俺も、次はホットミルクを持って行くよ」
我に返った豪さんが、そう小声で呟いた。精一杯の秋彦さんへの対抗心。それがとんでもなく嬉しくて、頬がかあっと熱くなる。
「蜂蜜入りがいいな」
「蜂蜜、か。ブランデーを足すといいと聞くけど」
「私、未成年だよ?」
「……そうだった。もう充分大人に見えるから、忘れてたよ」
大人に見えるという言葉は、撮影のとき、カメラマンの鷹野さんにも言われた。このまま二十歳を迎えて、正真正銘の大人になれるのだろうか。身体は大人かもしれないけれど、中身はまだまだ成熟した女性とは言い難い。
豪さんに釣り合うような、梢さんみたいな大人の女性になりたい。それにはまだ時間が足りない。やっと追いついた、と言える頃には、豪さんは手の届かないところにいるだろう。いや――最初から手の届かない人なのだけど。
カチャカチャと食器どうしの擦れる音を立てて、秋彦さんが戻ってきた。私と豪さんの会話はここまでだ。秋彦さんが私の分の食事を丁寧にテーブルに並べてくれる。私と豪さんの、静かな昼食。
昨日よりはたくさん食べられたけれど、やはり食欲は戻っていない。少しだけ残してしまった。
「そういえば、寧々様。週末は、どこかにお出掛けになるのですか?」
下げられていく皿を申し訳なく見送っていると、秋彦さんがそう尋ねてきた。彼に提出していたスケジュール表には、『先輩と一緒に食事に出掛ける』と、記していたのを思い出す。
「そうなの。モデルの先輩に、ぜひって誘われて。少し遅くなるかも」
「かしこまりました。帰りが遅くなるようでしたら、お迎えに行きますが」
「秋彦は勤務時間外になるだろう。俺が行くよ」
「いえ、旦那様のお手を煩わせるわけには……」
なんだか大事になってきた。行き先がクラブだなんて、口が裂けても言えない。どうしようと狼狽えた後、「先輩のマネージャーさんが送り迎えしてくれるから」と誤魔化していると、秋彦さんが決定打の一言を放った。
「では、万が一のために、行き先だけでも教えていただけますか。寧々様に何かあったらと、心配なんです」
「あっ……えーっと。先輩に任せているから、どこに行くのか知らないの」
「そうなのですか?」
「その先輩は、梢も知っているの?」
「うん。いつも私の面倒を見てくれて、すごくよくしてくれる人だから、心配しないで」
よくもまあベラベラと、嘘を捲したてられたものだ。信頼している二人に、自分の都合で嘘をつくなんて、本当はしたくなかった。もしも、二人が真実を知った時、怒るに違いない。
豪さんと秋彦さんは顔を見合わせて、再び私の方に視線を移した。信じてくれているような、でも疑っているような、たいそう微妙な顔をしている。私の嘘が、下手過ぎたのかもしれない。
「では、用事が終わったら、連絡だけでもください。俺は起きていますので」
「……うん」
「飲めって言われても、アルコールは絶対に口にしたらだめだよ」
「分かった。ちゃんと断るね」
二人の心配がありがたいのに、心が痛い。バレないように、どうにか週末をやり過ごさなきゃ。そして、次はもう絶対に行かないと、冴木先輩にはっきり言おう。
「……あ、いや。俺も、次はホットミルクを持って行くよ」
我に返った豪さんが、そう小声で呟いた。精一杯の秋彦さんへの対抗心。それがとんでもなく嬉しくて、頬がかあっと熱くなる。
「蜂蜜入りがいいな」
「蜂蜜、か。ブランデーを足すといいと聞くけど」
「私、未成年だよ?」
「……そうだった。もう充分大人に見えるから、忘れてたよ」
大人に見えるという言葉は、撮影のとき、カメラマンの鷹野さんにも言われた。このまま二十歳を迎えて、正真正銘の大人になれるのだろうか。身体は大人かもしれないけれど、中身はまだまだ成熟した女性とは言い難い。
豪さんに釣り合うような、梢さんみたいな大人の女性になりたい。それにはまだ時間が足りない。やっと追いついた、と言える頃には、豪さんは手の届かないところにいるだろう。いや――最初から手の届かない人なのだけど。
カチャカチャと食器どうしの擦れる音を立てて、秋彦さんが戻ってきた。私と豪さんの会話はここまでだ。秋彦さんが私の分の食事を丁寧にテーブルに並べてくれる。私と豪さんの、静かな昼食。
昨日よりはたくさん食べられたけれど、やはり食欲は戻っていない。少しだけ残してしまった。
「そういえば、寧々様。週末は、どこかにお出掛けになるのですか?」
下げられていく皿を申し訳なく見送っていると、秋彦さんがそう尋ねてきた。彼に提出していたスケジュール表には、『先輩と一緒に食事に出掛ける』と、記していたのを思い出す。
「そうなの。モデルの先輩に、ぜひって誘われて。少し遅くなるかも」
「かしこまりました。帰りが遅くなるようでしたら、お迎えに行きますが」
「秋彦は勤務時間外になるだろう。俺が行くよ」
「いえ、旦那様のお手を煩わせるわけには……」
なんだか大事になってきた。行き先がクラブだなんて、口が裂けても言えない。どうしようと狼狽えた後、「先輩のマネージャーさんが送り迎えしてくれるから」と誤魔化していると、秋彦さんが決定打の一言を放った。
「では、万が一のために、行き先だけでも教えていただけますか。寧々様に何かあったらと、心配なんです」
「あっ……えーっと。先輩に任せているから、どこに行くのか知らないの」
「そうなのですか?」
「その先輩は、梢も知っているの?」
「うん。いつも私の面倒を見てくれて、すごくよくしてくれる人だから、心配しないで」
よくもまあベラベラと、嘘を捲したてられたものだ。信頼している二人に、自分の都合で嘘をつくなんて、本当はしたくなかった。もしも、二人が真実を知った時、怒るに違いない。
豪さんと秋彦さんは顔を見合わせて、再び私の方に視線を移した。信じてくれているような、でも疑っているような、たいそう微妙な顔をしている。私の嘘が、下手過ぎたのかもしれない。
「では、用事が終わったら、連絡だけでもください。俺は起きていますので」
「……うん」
「飲めって言われても、アルコールは絶対に口にしたらだめだよ」
「分かった。ちゃんと断るね」
二人の心配がありがたいのに、心が痛い。バレないように、どうにか週末をやり過ごさなきゃ。そして、次はもう絶対に行かないと、冴木先輩にはっきり言おう。
0
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる