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揺れる心

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「秋彦に、俺は何も言われなかったし、聞かれなかったよ」
「……え」
「何を考えてるか、顔に出てる」
「えっ、うそ!」

 まるで私の頭の中を読んだかのように、豪さんが小さな声でそう言った。その言葉の通りなら、秋彦さんは全く気付いていない、という可能性もある。私も何も気付いていない、という演技をこのまま続ければ、事態は悪い方向へは向かわないかもしれない。

 では、何も聞かないでおいたほうが無難だ。私は、そう結論づけた。

「じゃあ、黙っておくね」
「……それがいいかもしれない」
「うん。あ、私が起きてきたこと、秋彦さんに伝えてくる」

 厨房へ行こうと席を立った時。豪さんが「待って」と言って、私を呼び止めた。

「どうしたの?」
「こっち」

 豪さんが手招きするので、私は厨房に行くのをやめて、テーブルの反対側にいる豪さんのもとに向かった。いつもは梢さんが座っている椅子を、豪さんが私に差し出してくる。

 気まずいけれど、おずおずとそこに腰掛ける。すぐに豪さんの顔が近付いて、ほんの一瞬だけかすめるようなキスをされた。突然のことに驚いて、私は目を丸くしたまま硬直した。

「ごっ……豪さん!」
「寧々が秋彦のところに行く前に、触れたかった」
「だ、誰かに見られてたらっ」
「大丈夫。今は誰もいないよ」

 婚約者である梢さんにキスをするなら、みんなに見られても違和感がないのに。豪さんは、ここにいない彼女ではなく、私を選んでキスをした。

 優越感と背徳感が、同時に込み上げた。笑っていいのか困っていいのか分からない。曖昧あいまいな表情を浮かべるしかなかった。

「う……嬉しいけど、やっぱりよくないと思う」
「ごめん。こういう場所では、もうしない」
「……うん。私こそ、ごめんね」

 私の顔から複雑な思いを読み取ったであろう豪さんは、頭をぽりぽりと掻いて空気をごまかした。その後すぐ、本に視線を戻してしまったけれど、耳が真っ赤だ。もしかして、さっきのキスは突発的なものだったのだろうか。

「豪さん……」
「寧々、次にこうやって休みの日が被ったときは、どこか遠いところにでも、二人で遊びに行こうか」
「えっ、いいの?」
「うん。最後に旅行に連れて行ってたのは、寧々が中学生の時だったよね。泊まりが厳しいときは、日帰りでもいい?」
「う、嬉しい! 豪さんの休みに合わせて、私も休みをとれるようにするから!」
「ありがとう。じゃあ、また計画を立てよう。でも、休みをもらいたいがために、無理はしないようにね」
「うん! えへへ、楽しみ」

 それは、一体いつだろうか。私が屋敷を出るまでに、豪さんとの予定が合わなければ、もう二度とそんな機会は巡ってこない気がした。

 梢さんと豪さんは、しばらくもしないうちに入籍するだろう。二人が夫婦になれば、豪さんが私を連れて二人で出掛ける、なんてことは、いくら後見人と被後見人の関係だと言っても、不自然に思われるはずだ。

 この約束は、果たされるのか。そう疑ってかかる自分が、情けない。
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