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御曹司の甘い嫉妬

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「豪さん? どうしたの?」

 豪さんの手が、私からゆっくりと離れていった。黙って立ち尽くす様子が心配で、私はその手を取って問いかける。

「おかしいな。秋彦には、深夜に俺や寧々の部屋を訪ねないよう、言ってあったのに」
「そう、なの?」
「うん。『職務時間外では、俺たちに関わらなくていい』っていう建前で、伝えたんだけど……」

 恐らくそれは、私たちの行為が秋彦さんに見つからないようにするため。情事の最中、迂闊うかつに近づかれでもしたら、ただならぬ関係だということがすぐに分かってしまうだろう。豪さんはそれを懸念して、わざわざ秋彦さんに言っておいてくれたのだ。

 屋敷の主でもある豪さんとの約束を反故ほごにしてまで、秋彦さんは私の部屋に来てくれた。彼の覚悟は、相当なものだったに違いない。知らなかったこととはいえ、豪さんに告げ口したみたいなかたちになってしまって、申し訳なく思う。

「俺の言いつけを破るくらい、寧々が心配だったってことかな」
「あ、あの。秋彦さんのこと、怒らないであげてね?」
「分かってるよ。そんなことしたら、俺がここに来てることもバレてしまうから」
「よかった……」

 ふっと息を吐いて安堵していると、豪さんの目が細められた。寂しがっている時の表情だ。妙につやがあって、ドキドキする。

「秋彦と、急に親しくなったね。何かきっかけでもあったの?」
「あ……」
けるな」

 あの豪さんが、私と秋彦さんの関係に嫉妬している。驚いたけれど、とてつもなく嬉しくて、もう一度豪さんの身体を抱きしめた。私だって、梢さんに嫉妬してばかり。どんなにあがいたって、私が梢さんになることはできない。

 でも今は、豪さんが妬いてくれるだけで幸せだ。「好き」だという確実な言葉はなくても、嫉妬は好意の上にしか生まれないと知っているから。

「私も、いつも妬いてるよ」
「え?」
「梢さんが、羨ましい。豪さんの隣に堂々といられて」
「……寧々。もしかしたら、勘違いしているかもしれないけど、俺は梢には一切手を出してない」
「えっ? うそ……」
「キスも、抱擁ほうようも、その先も」
「それは、その……」

 大切だからこそ結婚後の初夜までとっている、ということではないのか。そうじゃないのなら、私だけが豪さんに触れてもらえているということだ。途端に、すさまじい優越感が芽生えてくる。いつも罪悪感と敗北感ばかりにさいなまれていた私にとって、豪さんの言葉は希望を与えてくれた。

「俺がこうしたいって思っているのは、寧々だけだよ」

 最強の口説き文句だった。本当に欲しい言葉が、その奥に見え隠れする。手を伸ばせば掴めそうな位置にある。けれど、これで充分だ。豪さんの気持ちは伝わった。ならば、私も伝えられるだけ伝えよう。

「私も、豪さんだけだよ」

 どちらからともなく唇を重ねた。少し背伸びをすると、豪さんが屈んで、私の後頭部に手を添える。それすらも心地いい。ぐいっと抱き寄せられて、キスがどんどん深くなっていった。
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