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無邪気な婚約者と優しい執事
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「寧々様?」
「うっ……ふえっ……」
「と、とりあえず、中に入りましょう」
一度零れ始めた涙は、止めたくても止まらない。秋彦さんに促されるまま、私は部屋の中に戻って椅子に腰掛けた。秋彦さんは私の手からタンブラーを引き抜き、机の上に置くと、私の手をそっと握りながら片膝をつく。
「だいぶ、辛いんですね」
「ごめ、なさい……泣いて」
「いいんですよ。吐き出せる時に、吐き出しておいた方がいいんです」
秋彦さんは、どこまでも優しい。無理に聞き出すことはしないけれど、いつだって自分は味方なのだと、そう示してくれている。
もう、白状して、楽になってしまおうか。でも、どの範囲まで言っていいのだろう。
豪さんが好きだということ、でもその恋は実ることはないこと。モデルの仕事は楽しいけれど、人付き合いも、ずっと仕事を続けていけるかも不安なこと。屋敷を出て、独りで生きていける自信がないこと。
全部言ったって、秋彦さんにできる解決策なんかない。相談されても、困ってしまうだけだ。
「寧々様、違ったら違うとおっしゃってくださいね」
「……なに?」
言うべきか悩んでいると、秋彦さんがそう切り出した。一瞬、心臓が跳ねる。
「旦那様のこと、昔からずっと想っていらっしゃるのではないですか?」
「っ!」
ああ、やっぱりそうか。秋彦さんは気付いていた。悟った上で、私のことを気遣っていてくれたんだ。分かってしまうと、涙の量がどっと増えた。ぼろぼろと溢れていく粒を、秋彦さんがハンカチで拭う。私は肯定することも忘れて、声を上げながら泣いた。それが答えだった。
「俺には、力がありませんから。そのことに関しては、助けになれそうにありません。申し訳ありません」
秋彦さんが歯を食いしばり、悲痛な表情をしていた。謝る必要はない。私が勝手に豪さんを好きになって、諦めるしかない状況になってしまったのだから。私は首を横に振って、秋彦さんの手を握り返した。
「謝らないで」
「今日は、梢様をここにお呼びしてしまい、寧々様への配慮が足りませんでした。以後、気を付けますね」
「……ううん、いいの。変に避けたら、梢さんも豪さんも気にするから。今まで通りにしてくれないかな」
「ですが……」
「だってもう、あと少しで出て行くんだから」
そう自分に言い聞かせて、涙を拭いて気丈に振る舞おうとした。けれど、上手く笑えない。これでモデル業をやっているなんて、聞いて呆れる。
小刻みに震える私の手を、秋彦さんが更に力を入れて包んだ。それは、豪さんとはまた違う、頼れる男の人の手だった。
「俺は……」
秋彦さんの目に、強い光が宿った。何らかの、強い決意をした人の瞳。そう見えて、私は咄嗟に目を逸らす。直感でしかないけれど、その先を聞いてはいけない気がした。
「ありがとう、秋彦さん。私はもう休むから。秋彦さんも、早く休んで」
秋彦さんの勢いを削ぐようにして、続きを遮る。秋彦さんは我に返ったようにはっとして、私の手を離した。
「……はい。明日は休日でしたよね」
「うん」
「ゆっくりして、疲れをとってくださいね。では、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
静かになった部屋の中、涙を拭ってホットミルクに口をつける。少し温くなってしまったけれど、優しい味がした。
「うっ……ふえっ……」
「と、とりあえず、中に入りましょう」
一度零れ始めた涙は、止めたくても止まらない。秋彦さんに促されるまま、私は部屋の中に戻って椅子に腰掛けた。秋彦さんは私の手からタンブラーを引き抜き、机の上に置くと、私の手をそっと握りながら片膝をつく。
「だいぶ、辛いんですね」
「ごめ、なさい……泣いて」
「いいんですよ。吐き出せる時に、吐き出しておいた方がいいんです」
秋彦さんは、どこまでも優しい。無理に聞き出すことはしないけれど、いつだって自分は味方なのだと、そう示してくれている。
もう、白状して、楽になってしまおうか。でも、どの範囲まで言っていいのだろう。
豪さんが好きだということ、でもその恋は実ることはないこと。モデルの仕事は楽しいけれど、人付き合いも、ずっと仕事を続けていけるかも不安なこと。屋敷を出て、独りで生きていける自信がないこと。
全部言ったって、秋彦さんにできる解決策なんかない。相談されても、困ってしまうだけだ。
「寧々様、違ったら違うとおっしゃってくださいね」
「……なに?」
言うべきか悩んでいると、秋彦さんがそう切り出した。一瞬、心臓が跳ねる。
「旦那様のこと、昔からずっと想っていらっしゃるのではないですか?」
「っ!」
ああ、やっぱりそうか。秋彦さんは気付いていた。悟った上で、私のことを気遣っていてくれたんだ。分かってしまうと、涙の量がどっと増えた。ぼろぼろと溢れていく粒を、秋彦さんがハンカチで拭う。私は肯定することも忘れて、声を上げながら泣いた。それが答えだった。
「俺には、力がありませんから。そのことに関しては、助けになれそうにありません。申し訳ありません」
秋彦さんが歯を食いしばり、悲痛な表情をしていた。謝る必要はない。私が勝手に豪さんを好きになって、諦めるしかない状況になってしまったのだから。私は首を横に振って、秋彦さんの手を握り返した。
「謝らないで」
「今日は、梢様をここにお呼びしてしまい、寧々様への配慮が足りませんでした。以後、気を付けますね」
「……ううん、いいの。変に避けたら、梢さんも豪さんも気にするから。今まで通りにしてくれないかな」
「ですが……」
「だってもう、あと少しで出て行くんだから」
そう自分に言い聞かせて、涙を拭いて気丈に振る舞おうとした。けれど、上手く笑えない。これでモデル業をやっているなんて、聞いて呆れる。
小刻みに震える私の手を、秋彦さんが更に力を入れて包んだ。それは、豪さんとはまた違う、頼れる男の人の手だった。
「俺は……」
秋彦さんの目に、強い光が宿った。何らかの、強い決意をした人の瞳。そう見えて、私は咄嗟に目を逸らす。直感でしかないけれど、その先を聞いてはいけない気がした。
「ありがとう、秋彦さん。私はもう休むから。秋彦さんも、早く休んで」
秋彦さんの勢いを削ぐようにして、続きを遮る。秋彦さんは我に返ったようにはっとして、私の手を離した。
「……はい。明日は休日でしたよね」
「うん」
「ゆっくりして、疲れをとってくださいね。では、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
静かになった部屋の中、涙を拭ってホットミルクに口をつける。少し温くなってしまったけれど、優しい味がした。
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