育てて、壊して、甘く愛して。

枳 雨那

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無邪気な婚約者と優しい執事

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 豪さんの後について、秋彦さんも彼の支度を手伝うために出て行った。私と梢さんだけが、テーブルに残される。

 気まずい。何を話したらいいだろうか。少しの沈黙が流れた後、梢さんが溜め息をつきながら口を開いた。

「んー、豪ね、最近ずっと悩んでいるみたいなの」
「……え? 悩み、ですか?」

 私と豪さんの関係を怪しまれたのかと、一瞬、ドキリとする。でも、梢さんの表情を見る限りは、単に豪さんを心配しているだけのようだ。


「寧々ちゃん、何か聞いてない?」
「……いえ、全然」
「そっか。私に話せないなら、秋彦さんや寧々ちゃんに話してくれたらいいんだけどな。ずっと一緒にいるんだし」

 豪さんが思い詰めているのは、なんとなくだが私も気付いていた。豪さんは精神的に追い込まれると、私の所に通う癖がある。その頻度が、このところ高くなっていた。

 でも、肝心なことは何も言わない。ただ、優しく私を抱くだけだ。それで救われるならいいのかもしれないと考えていたけれど、このまま続けるのはやっぱりよくない。婚約者の梢さんにでさえ言えない悩み、そんな爆弾を抱えて辛い思いをしているのは、豪さんなのだから。私が、支えになってあげたい。

「機会があったら、それとなく聞いてみますね」
「うん、ありがとう。ていうか、本当は、籍を入れる話もしたかったんだよねー。だってもう、お互いにいい歳だよ?」
「そ、うですね……」

 梢さんは笑っていた。その笑い方も、食事をする所作も名家のお嬢様のように高貴で、私とは格が違う。二十八歳の人気モデルは、私よりもずっと大人でスマートで、豪さんの隣が似合う人。私のことも可愛がってくれている、素敵なお姉さんだ。

 敗北感を紛らわすように、ぎこちなく笑ってスムージーを口にした。酸っぱいものかと思っていたら、飲みやすいように少し甘く味付けがしてあった。さすが秋彦さんだ。私の好みをよく理解している。

「寧々様、マネージャーの方が到着されています」

 スムージーを飲み干したころ、秋彦さんがダイニングに顔を出した。もうそんな時間か、と慌てて立ち上がる。梢さんに挨拶をして玄関に急いで向かうと、秋彦さんも後をついてきた。これも、いつもの光景。

「秋彦さん、さっきはありがとう。すごく助かった」
「はい。もし現場で気分が優れないときは、無理をなさらないでくださいね」
「大丈夫! 頑張ってくるね!」

 靴を履いて振り返り、笑顔を見せる。秋彦さんは微笑みながらも、眉間に皺を寄せた。口元は笑っているのに、苦いものを噛みしめているような表情になっていた。

「どうしたの?」
「こうやって寧々様をお見送りするのも、あと少しだなと思いまして」
「そっか……そうだね」
「あ、暗い気分にさせてしまったのなら、申し訳ありません」
「ううん。確かに、こうやって秋彦さんがお世話してくれるのに甘えられるの、残りわずかなんだね。なんだか寂しいな」

 数ヶ月後、ちょうど冬を迎える時期に、私の二十歳の誕生日がやってくる。成人になるお祝いの日。人生の節目。めでたいことのはずなのに、永遠に来ないでほしいと思ってしまう。

 豪さんの後見人の役目が終わったら、私はこの屋敷を出て行く。豪さんの両親から取り付けられた約束で、昔から私も了承していたこと。仕方ないことだと分かっている。

「……いつでも遊びにいらしてくださいね。待っています」
「ありがとう。でも、もうちょっと先の話だけどね」
「はは、すみません。さあ、マネージャーさんが外でお待ちですよ」
「うん、行ってきます!」

 玄関の扉を開け、近くに停まっている車に乗り込んだ。秋彦さんの言葉は嬉しくて、でも切なくて。私の心に空いた穴を広げるわけでもなければ、埋めることもなかった。涙がにじみそうになるのを振り切るように、私はマネージャーに元気よく挨拶をした。
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