9 / 99
無邪気な婚約者と優しい執事
3
しおりを挟む
豪さんの後について、秋彦さんも彼の支度を手伝うために出て行った。私と梢さんだけが、テーブルに残される。
気まずい。何を話したらいいだろうか。少しの沈黙が流れた後、梢さんが溜め息をつきながら口を開いた。
「んー、豪ね、最近ずっと悩んでいるみたいなの」
「……え? 悩み、ですか?」
私と豪さんの関係を怪しまれたのかと、一瞬、ドキリとする。でも、梢さんの表情を見る限りは、単に豪さんを心配しているだけのようだ。
「寧々ちゃん、何か聞いてない?」
「……いえ、全然」
「そっか。私に話せないなら、秋彦さんや寧々ちゃんに話してくれたらいいんだけどな。ずっと一緒にいるんだし」
豪さんが思い詰めているのは、なんとなくだが私も気付いていた。豪さんは精神的に追い込まれると、私の所に通う癖がある。その頻度が、このところ高くなっていた。
でも、肝心なことは何も言わない。ただ、優しく私を抱くだけだ。それで救われるならいいのかもしれないと考えていたけれど、このまま続けるのはやっぱりよくない。婚約者の梢さんにでさえ言えない悩み、そんな爆弾を抱えて辛い思いをしているのは、豪さんなのだから。私が、支えになってあげたい。
「機会があったら、それとなく聞いてみますね」
「うん、ありがとう。ていうか、本当は、籍を入れる話もしたかったんだよねー。だってもう、お互いにいい歳だよ?」
「そ、うですね……」
梢さんは笑っていた。その笑い方も、食事をする所作も名家のお嬢様のように高貴で、私とは格が違う。二十八歳の人気モデルは、私よりもずっと大人でスマートで、豪さんの隣が似合う人。私のことも可愛がってくれている、素敵なお姉さんだ。
敗北感を紛らわすように、ぎこちなく笑ってスムージーを口にした。酸っぱいものかと思っていたら、飲みやすいように少し甘く味付けがしてあった。さすが秋彦さんだ。私の好みをよく理解している。
「寧々様、マネージャーの方が到着されています」
スムージーを飲み干したころ、秋彦さんがダイニングに顔を出した。もうそんな時間か、と慌てて立ち上がる。梢さんに挨拶をして玄関に急いで向かうと、秋彦さんも後をついてきた。これも、いつもの光景。
「秋彦さん、さっきはありがとう。すごく助かった」
「はい。もし現場で気分が優れないときは、無理をなさらないでくださいね」
「大丈夫! 頑張ってくるね!」
靴を履いて振り返り、笑顔を見せる。秋彦さんは微笑みながらも、眉間に皺を寄せた。口元は笑っているのに、苦いものを噛みしめているような表情になっていた。
「どうしたの?」
「こうやって寧々様をお見送りするのも、あと少しだなと思いまして」
「そっか……そうだね」
「あ、暗い気分にさせてしまったのなら、申し訳ありません」
「ううん。確かに、こうやって秋彦さんがお世話してくれるのに甘えられるの、残りわずかなんだね。なんだか寂しいな」
数ヶ月後、ちょうど冬を迎える時期に、私の二十歳の誕生日がやってくる。成人になるお祝いの日。人生の節目。めでたいことのはずなのに、永遠に来ないでほしいと思ってしまう。
豪さんの後見人の役目が終わったら、私はこの屋敷を出て行く。豪さんの両親から取り付けられた約束で、昔から私も了承していたこと。仕方ないことだと分かっている。
「……いつでも遊びにいらしてくださいね。待っています」
「ありがとう。でも、もうちょっと先の話だけどね」
「はは、すみません。さあ、マネージャーさんが外でお待ちですよ」
「うん、行ってきます!」
玄関の扉を開け、近くに停まっている車に乗り込んだ。秋彦さんの言葉は嬉しくて、でも切なくて。私の心に空いた穴を広げるわけでもなければ、埋めることもなかった。涙が滲みそうになるのを振り切るように、私はマネージャーに元気よく挨拶をした。
気まずい。何を話したらいいだろうか。少しの沈黙が流れた後、梢さんが溜め息をつきながら口を開いた。
「んー、豪ね、最近ずっと悩んでいるみたいなの」
「……え? 悩み、ですか?」
私と豪さんの関係を怪しまれたのかと、一瞬、ドキリとする。でも、梢さんの表情を見る限りは、単に豪さんを心配しているだけのようだ。
「寧々ちゃん、何か聞いてない?」
「……いえ、全然」
「そっか。私に話せないなら、秋彦さんや寧々ちゃんに話してくれたらいいんだけどな。ずっと一緒にいるんだし」
豪さんが思い詰めているのは、なんとなくだが私も気付いていた。豪さんは精神的に追い込まれると、私の所に通う癖がある。その頻度が、このところ高くなっていた。
でも、肝心なことは何も言わない。ただ、優しく私を抱くだけだ。それで救われるならいいのかもしれないと考えていたけれど、このまま続けるのはやっぱりよくない。婚約者の梢さんにでさえ言えない悩み、そんな爆弾を抱えて辛い思いをしているのは、豪さんなのだから。私が、支えになってあげたい。
「機会があったら、それとなく聞いてみますね」
「うん、ありがとう。ていうか、本当は、籍を入れる話もしたかったんだよねー。だってもう、お互いにいい歳だよ?」
「そ、うですね……」
梢さんは笑っていた。その笑い方も、食事をする所作も名家のお嬢様のように高貴で、私とは格が違う。二十八歳の人気モデルは、私よりもずっと大人でスマートで、豪さんの隣が似合う人。私のことも可愛がってくれている、素敵なお姉さんだ。
敗北感を紛らわすように、ぎこちなく笑ってスムージーを口にした。酸っぱいものかと思っていたら、飲みやすいように少し甘く味付けがしてあった。さすが秋彦さんだ。私の好みをよく理解している。
「寧々様、マネージャーの方が到着されています」
スムージーを飲み干したころ、秋彦さんがダイニングに顔を出した。もうそんな時間か、と慌てて立ち上がる。梢さんに挨拶をして玄関に急いで向かうと、秋彦さんも後をついてきた。これも、いつもの光景。
「秋彦さん、さっきはありがとう。すごく助かった」
「はい。もし現場で気分が優れないときは、無理をなさらないでくださいね」
「大丈夫! 頑張ってくるね!」
靴を履いて振り返り、笑顔を見せる。秋彦さんは微笑みながらも、眉間に皺を寄せた。口元は笑っているのに、苦いものを噛みしめているような表情になっていた。
「どうしたの?」
「こうやって寧々様をお見送りするのも、あと少しだなと思いまして」
「そっか……そうだね」
「あ、暗い気分にさせてしまったのなら、申し訳ありません」
「ううん。確かに、こうやって秋彦さんがお世話してくれるのに甘えられるの、残りわずかなんだね。なんだか寂しいな」
数ヶ月後、ちょうど冬を迎える時期に、私の二十歳の誕生日がやってくる。成人になるお祝いの日。人生の節目。めでたいことのはずなのに、永遠に来ないでほしいと思ってしまう。
豪さんの後見人の役目が終わったら、私はこの屋敷を出て行く。豪さんの両親から取り付けられた約束で、昔から私も了承していたこと。仕方ないことだと分かっている。
「……いつでも遊びにいらしてくださいね。待っています」
「ありがとう。でも、もうちょっと先の話だけどね」
「はは、すみません。さあ、マネージャーさんが外でお待ちですよ」
「うん、行ってきます!」
玄関の扉を開け、近くに停まっている車に乗り込んだ。秋彦さんの言葉は嬉しくて、でも切なくて。私の心に空いた穴を広げるわけでもなければ、埋めることもなかった。涙が滲みそうになるのを振り切るように、私はマネージャーに元気よく挨拶をした。
0
あなたにおすすめの小説
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる