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困難を乗り越える覚悟
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「無理に言葉にしなくていいですよ。もう、分かっていますから」
私が言葉に詰まったのを見て、秋彦さんはそう言った。どこまでも、優しい人だ。
「秋彦さん、本当に……本当にありがとう」
「はい」
私が豪さんを選んだことは、さっきの会話ではっきりしていた。秋彦さんは俯いていたけれど、次の瞬間にはぱっと顔を上げて、笑顔を見せてくれた。
「さ、お仕事に遅刻するといけませんし、早めに支度なさってください」
「そうだった……!」
着替えを取り出して、急いでお風呂場に向かった。熱めのシャワーで目を覚まし、髪を乾かして、肌のケアをしたら、今度はダイニングで朝食だ。秋彦さんが完璧に準備して、待っておいてくれた。
「何から何までごめんなさい……!」
「いいんですよ。ここにいられるのも残りわずかですから、思う存分甘えてください」
朝食をかきこみながら、豪さんは既に仕事へ行ったのだと知った。昨夜、覚悟を決めたから、周囲と話をつけると約束してくれた。本当にうまくいくのか不安はあるけれど、豪さんならきっとやり遂げてくれる。
「あの」
「ん?」
食事を終える頃に、秋彦さんが話し掛けてきた。随分と神妙な顔をしていて、何事かと身構えたけれど、その口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「今日のお仕事には、俺も同伴します」
「えっ、どうして?」
「旦那様から、今日は終日寧々様の近くにいるよう、言いつけられました」
「そうなの? なんでだろう」
「恐らくは……」
秋彦さんが言いかけた時、バタンと大きな音がした。ダイニングの扉が閉まったようだ。二人で入口に目を向けると、梢さんが入ってきた。いつもの笑顔はなく、代わりに苛立ったように眉根を寄せている。
「梢様、いらしていたんですか。おはようございます」
「……おはよう」
「おはようございます……梢さん」
梢さんは私を見つけると、一目散にこちらまで歩いてきた。驚きと恐怖で、私は思わず椅子から立ち上がる。
「寧々ちゃん、ちょっといい?」
「なんでしょう……?」
心臓が激しく跳ねていた。まさか、まさかまさか。
「これ、あなたの?」
「……っ!?」
梢さんの手に握られていたのは、私が落としたイヤリングだ。ついに、気付かれてしまった。
梢さんは、私と豪さんの間に何があったのかを知ってしまったのだ。両脚ががくがくと震える。辛うじて立っているような状態だ。
「ど、どこに……落ちてましたか?」
「知りたい? 豪の部屋のベッド。枕の下にあった」
梢さんが吐き捨てるように言った。昨夜、情事の最中に、落としてしまったんだ。それを梢さんが見つけて、今こうして怒っている。いや、怒るなんて感情は通り越して、私のことが憎くて憎くて仕方ないはずだ。
「どうして、豪のベッドからこれが出てくるの? あなた、豪を寝取ったの?」
「……」
はい、ともいいえ、とも言えない。ただ俯いて、罵りを受けることを覚悟した。秋彦さんが慌てて近づいてくる。直後、梢さんはわざとイヤリングを床に落とした。そのまま、近くにあった花瓶を取って振り上げる。
「やめて!」
壊されると判断した私は、咄嗟にしゃがんでイヤリングを拾った。
私が言葉に詰まったのを見て、秋彦さんはそう言った。どこまでも、優しい人だ。
「秋彦さん、本当に……本当にありがとう」
「はい」
私が豪さんを選んだことは、さっきの会話ではっきりしていた。秋彦さんは俯いていたけれど、次の瞬間にはぱっと顔を上げて、笑顔を見せてくれた。
「さ、お仕事に遅刻するといけませんし、早めに支度なさってください」
「そうだった……!」
着替えを取り出して、急いでお風呂場に向かった。熱めのシャワーで目を覚まし、髪を乾かして、肌のケアをしたら、今度はダイニングで朝食だ。秋彦さんが完璧に準備して、待っておいてくれた。
「何から何までごめんなさい……!」
「いいんですよ。ここにいられるのも残りわずかですから、思う存分甘えてください」
朝食をかきこみながら、豪さんは既に仕事へ行ったのだと知った。昨夜、覚悟を決めたから、周囲と話をつけると約束してくれた。本当にうまくいくのか不安はあるけれど、豪さんならきっとやり遂げてくれる。
「あの」
「ん?」
食事を終える頃に、秋彦さんが話し掛けてきた。随分と神妙な顔をしていて、何事かと身構えたけれど、その口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「今日のお仕事には、俺も同伴します」
「えっ、どうして?」
「旦那様から、今日は終日寧々様の近くにいるよう、言いつけられました」
「そうなの? なんでだろう」
「恐らくは……」
秋彦さんが言いかけた時、バタンと大きな音がした。ダイニングの扉が閉まったようだ。二人で入口に目を向けると、梢さんが入ってきた。いつもの笑顔はなく、代わりに苛立ったように眉根を寄せている。
「梢様、いらしていたんですか。おはようございます」
「……おはよう」
「おはようございます……梢さん」
梢さんは私を見つけると、一目散にこちらまで歩いてきた。驚きと恐怖で、私は思わず椅子から立ち上がる。
「寧々ちゃん、ちょっといい?」
「なんでしょう……?」
心臓が激しく跳ねていた。まさか、まさかまさか。
「これ、あなたの?」
「……っ!?」
梢さんの手に握られていたのは、私が落としたイヤリングだ。ついに、気付かれてしまった。
梢さんは、私と豪さんの間に何があったのかを知ってしまったのだ。両脚ががくがくと震える。辛うじて立っているような状態だ。
「ど、どこに……落ちてましたか?」
「知りたい? 豪の部屋のベッド。枕の下にあった」
梢さんが吐き捨てるように言った。昨夜、情事の最中に、落としてしまったんだ。それを梢さんが見つけて、今こうして怒っている。いや、怒るなんて感情は通り越して、私のことが憎くて憎くて仕方ないはずだ。
「どうして、豪のベッドからこれが出てくるの? あなた、豪を寝取ったの?」
「……」
はい、ともいいえ、とも言えない。ただ俯いて、罵りを受けることを覚悟した。秋彦さんが慌てて近づいてくる。直後、梢さんはわざとイヤリングを床に落とした。そのまま、近くにあった花瓶を取って振り上げる。
「やめて!」
壊されると判断した私は、咄嗟にしゃがんでイヤリングを拾った。
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