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執事の本気

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 今日の撮影をどうにか乗り切り、屋敷の玄関をくぐる。表紙モデルの件は、私の頭を悩ませていた。喜ぶことに専念できないのは、私の気持ちが固まっていないから。

「ただいま」
「おかえりなさいませ」

 秋彦さんは、変わらず玄関まで迎えに来てくれた。いつもの光景のはずなのに、その顔を直視できない。考える時間がほしいと言った手前、秋彦さんとのことは、真剣に考えなくてはならない。

 「無理に好きにならなくてもいい」と言ってくれたけれど、それは秋彦さんの立場からすると、本当は辛いことなのかもしれない。好きな人が自分を振り向いてくれなくて、その上でいいように利用される。もし私が秋彦さんだったら、耐えられない。

 どういう顔をするべきなのか考えつつ、俯いて靴を脱いだ。

「寧々様?」
「ひゃい!」

 突然、秋彦さんが私の耳元で囁いて、私は思い切り扉のところまで飛びのいた。未だかつて聞いたことのない、低く艶のある声だった。変な声を上げてしまって恥ずかしい。秋彦さんは、私が蹴飛ばした靴を拾い上げ、揃えて並べると、私の方を向いて笑った。

「はは。男として意識して頂けると、嬉しいものですね」
「い、意地悪しないで!」
「申し訳ありません。あまりにも俺の方を見てもらえないものですから」
「う……なんか、変にドキドキしちゃって」
「はい。今日はいろいろと辛かったのに、お仕事もよく頑張りましたね」

 今までにはなかった一言。ねぎらいを伝えられると、それだけで、疲れが飛んでいくようだ。私は頷いて、微笑みを返す。

「それにしても、今、ドキドキしてるんですか?」
「あ……えっと」

 私から上着を受け取り、廊下の方へと歩き出しながら秋彦さんが言った。その隣に並んだ私は、目を泳がせる。確かに、胸の高鳴りは否定できない。秋彦さんのことは、人として大好きだし、心から信頼できる。

 けれど、抱きしめてほしいとか、キスをしたいとか、更にその先とか――そういうことを求めたいとは思わない。じゃあ、このときめきはなんだろうか。私の心を揺らすものの正体が、分からない。

「なんだろう、これ……説明が難しい」
「……寧々様って、本当はものすごく単純ですよね」
「う。すごく言われる……そんな馬鹿にしなくても」
「違います。可愛いってことですよ」

 秋彦さんは立ち止まり、真剣な瞳で私を見つめて言った。朝見たのと同じ、心を射止めるような強い視線。また、私の心臓が跳ねる。

「寧々様、今朝のことなんですが」
「うん」
「俺は、もっと寧々様に自分をアピールする時間がほしいです。俺の気持ちを知ってもらいたい。だから、告白の返事は、寧々様がこの屋敷を出る日に頂けませんか?」
「え……」
「ギリギリまで、考えてもらいたいんです。だから、それよりも早く、返事はしないでほしいんです」
「……」

 どうしよう。秋彦さんが真剣だからこそ、私も正面から向き合いたい。でも、豪さん以外の人を好きになる努力をすることは、過去の自分さえも裏切るようで、気が進まなかった。

 豪さんは、梢さんと結ばれる。天と地がひっくり返っても、私がそこに割り込めることはない。諦めて、他の道を探さなきゃ。頭では分かっている。残るは心の問題だ。

「だめ、ですか」
「……ううん。そうする。最後の日に、返事するね」
「ほ、本当ですか?」

 秋彦さんは、片手で拳を作って、小さくガッツポーズをした。今現在、秋彦さんに恋人がいないことが不思議だ。全力で幸せにしてくれるであろう人を、私は選ぶだろうか。
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