寵愛の檻

枳 雨那

文字の大きさ
上 下
15 / 27
調教開始

しおりを挟む
 大学に着いた頃には、参加すべき最初の講義は終わってしまっていた。講義室から出てきた学生たちの中に、千ちゃんを見つけ声を掛ける。

「千ちゃん」
「あっ! 二人ともどうしたの? 大遅刻して」

 いぶかしむような視線を投げかけられて、私は目を逸らした。今朝の私たちの態度に加え、遅刻までしたことで、千ちゃんはかなり不思議に思っているようだ。

「それが、電車の中で寝てしまって……」
「二人して乗り過ごしたんだ」

 私が咄嗟とっさに嘘をつくと、おーちゃんが平然と乗っかった。おーちゃんは、いつも正直で嘘はつかない人だった。それは昨日、本人も私に対しても言ったばかりなのに。

 少し驚きながら、おーちゃんの顔を見る。おーちゃんは、「そんな顔をしてると、嘘だってバレるよ?」と言いたげに、にっこりと笑った。

「乗り過ごし!? あちゃー、どこまで行ったんだよ?」
「えっとね……」

 適当に遠い駅名を挙げると、千ちゃんはすっかり信じきった。罪悪感で、胸が痛い。

「朧もついていながら。胡蝶はいつもどこか抜けてるから、分かるけど」
「えっ!」
「うん、ごめん。僕がしっかりしていないとね」

 絶対に本心ではそう思ってないのに、おーちゃんは千ちゃんに謝っている。それよりも、私はおっちょこちょいだと思われているらしいことに、びっくりした。二人が私の顔を見て、ニヤニヤしている。

「本人は、気付いていないみたいですけどねぇ?」
「天然な人ほど、自分のことをしっかり者だと思っていたりするから」
「ひ、ひどい!」
「はは。まぁ、事故とかじゃなくて、安心したよ」

 千ちゃんは息を吐いて、私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。慈しむような目と優しくて大きな手。突然のことにドキドキする。

「心配かけてごめんね、千ちゃん」
「うん。反省しているならいいんだ」

 せっかく整えてきた髪が、千ちゃんの手で乱れていく。好きな人にそうされるのは、全然嫌じゃない。

 今はもう、気持ちを伝えることはできなくなってしまったけれど、私の心はまだ、千ちゃんにらわれたままだ。

 千ちゃんの手が離れてから、はっとする。おーちゃんはどう思っただろうか。「千里に触らせないで」って怒るかもしれない。

 冷や冷やしながら、おーちゃんの顔を見上げた。その目は千ちゃんの方をじっと見ているだけで、特に変化はない。杞憂きゆうに終わったと、胸を撫で下ろした。


「二人に、さっきの講義のノートのコピーをあげるから、また昼に合流しよう」
「ありがとう」
「助かるよ、千里」
「じゃあ、後でな」

 千ちゃんが先に行ってしまった。次の講義は、三人ともバラバラだ。専攻の関係上、共通のものもあれば、それぞれ選択科目でとっているものもある。ということは、一度ここで、おーちゃんから離れられる。心が休まる気分だった。

「胡蝶、じゃあ僕も行くけど、約束はちゃんと守ってね?」
「分かってる、守るよ」
「今日の講義が全部終わったら、また一緒に帰ろう?」
「……うん。そのことは、千ちゃんに何て説明するの?」
「僕から言うよ」

 おーちゃんのことだから、千ちゃんが納得できるよう、上手に説明するのだろう。私に説明をさせないのは、余計な発言を防ぎたいから。おーちゃんに任せきりだと、変な誤解を招きそうで、とても怖い。

「胡蝶は、僕に任せてくれればいいから」

 そう言って、おーちゃんは微笑みながら、私の頭をぽんぽんと撫でた。髪を乱さない、千ちゃんよりも少し優しい触れ方。不覚にも、胸がときめく。

 もしかしなくても、ほだされかけているのだろうか。いや、信じたくない。

「さっきの、上書き。胡蝶、顔真っ赤だよ?」
「からかわないで……」
「早く移動しないと、次の講義も遅れちゃうね」
「あ、ほんとだ」

 おーちゃんに手を振って別れ、目的の講義室に向けて歩き始める。友達数人とすれ違い、その度に挨拶を交わしていると、いつもの日常に戻ってきた気分になった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...